複雑系のデザイン


CSCD科学技術チームと一緒に「現象デザイン研究会」を立ち上げました。
第1回目のトークイベントPhenomene Talk vol.001をアトリエ♭で行います。
もしご興味を持たれた方は是非お越し下さい。(入場に限りがありますので要予約です。)

現象デザイン研究会
Phenomena Talk vol.001
「複雑系のデザイン」

日時:11 月 26 日(木)19:00~21:00
定員:30 名(要予約)
入場:無料(終了後の交流バーは実費)
場所:アトリエ♭(フラット)

ゲスト 菊池誠さん
聞き手 花村周寛


現象デザイン研究会は、自然現象を「デザイン する」という観点から考える研究会です。古来 の知恵や様々な科学研究に潜む知識をひもとき、 気象から微生物まで密接に関係しあう様々な自 然現象を表現という角度から見つめなおします。 現象をランドスケープ(風景)として具体的に デザインする方法について考えるためにゲスト をお呼びして現象の可能性について話す “Phenomena Talk” を開催しております。

第一回目にあたる今回は、包括的に現象デザインを捉えるということも含めて複雑系のデザインという話題でお話をしたいと思います。
新しい科学として注目を集める複雑系は経済や 交通などの人間社会から、天候や生命や宇宙に 至るまであらゆる現象に見られます。今回はゲストとして菊池誠さんをお迎えし て、現象をデザインする解析の視点を示唆する であろう複雑系について理解を深め、複雑な自 然現象を表現へと結びつけるために、どのよう なアプローチがあるのかという可能性について 一緒に語り合いたいと思います。

菊池誠
きくちまこと/大阪大学サイバーメディアセンター教授。専門は統計物理学。テルミン奏者としても 「and_more..」というユニットでライブ活動を行って いる。ニセ科学問題でも専門家としての積極的な発言 を続けており、著書に『信じぬ者は救われる』(香山リカと共著)がある。また、SF の翻訳なども手がける。

花村周寛
はなむらちかひろ/ランドスケープデザイナー。建築 学や造園学をベースにした環境デザインのほか、インスタレーションなどのアー ティスト活動も行うかたわら、映画や舞台などで役者 もつとめる。大阪大学コミュニケーションデザイン・ センター特任教員。2008 年に実験アトリエ “♭”(フ ラット)を立ち上げ幅広い情報発信を目指す。
# by innerscape | 2009-11-26 19:06 | 現象デザイン | Trackback | Comments(0)
フリーペーパー撮影

6月頃にフラットで島田角栄監督の新作映画の撮影をしたことがある。
ザ・スターリンという伝説のバンドがあるのだが、そのバンドの遠藤ミチロウというアーティストが来て、大掛かりなブルーバックをつり下げてその前でCG撮影などをした。
その時に撮影スタッフが大挙して来られていたのだが、その中の一人の方から連絡があった。
関西発で映像支援型フリーマガジン「RECIPROT」という冊子を発行している団体を主催されている方らしく、その撮影に是非うちのアトリエ♭を使用させてほしいということだった。

どうやら表紙に使うようで、当日はモデルの役者、スタイリスト、メイクに加えてRECIPROの3名が照明機材を持ち来んでこられて撮影が始められた。
面白かったのは、この空間をバックに着物を来た女性カラフルな風船の中、積み重ねられた本を持っているというイメージで、3時間ほどの撮影だったが、映画の話なんかもしながら楽しい時間をすごせた。
1月にそのフリーマガジンは発行されるがこういう活動の一つの場所として取り上げられるのは非常に喜ばしい事だと思う。
こんなように撮影のスタジオ貸しなども行っているのでご興味を持たれた方は是非。

# by innerscape | 2009-11-19 23:51 | フラット | Trackback | Comments(0)
子供も悪くないな
自分はずっと子供が苦手だと思っていたし、周りからもそう言われていた。
僕には子供が居ないが、居たとしても眼もくれず、自分の好きな事、やるべき事だけを見つめて走るだろうと思っていたし、実際そうだったように思える。
自分よりも柔軟で柔和な弟の方が子供の面倒をよく見られるのではないかと自他ともに認めていた。
しかし、最近どうやらそうではないらしいことが分かって来た。

どうやら子供や赤ちゃんと向き合って耐えられる時間が僕の場合、他の人よりも長いらしいのだ。
それが分かったのは、姉の二人の子供をあやしていた時だった。
姉には4歳の娘ともうすぐ1歳の息子が居るのだが、その二人の子供を随分と長い間相手に出来るるらしい。
自分には自覚は無かったのだが、そう言われてみれば長い時間一緒にいても全く苦痛ではないし、むしろ大人を相手にしている時よりもずっと落ち着くのだ。
母親から「あなたがねぇ...」驚かれることも度々だ。

自分が子供だからか、そうではなく別の要因があるのか...。

その理由はちっとも分からないが、5歳以下の子供を見ていると僕よりもよく物事を知っているんじゃないかと感じる事がよくある。なぜか100歳を超える老人や樹齢数千年の大木を前にしているような尊敬に念に駆られることもある。

「子供は純粋だ」とか言うつもりは全く無いし、勝手な願いを込めた大人たちと同じような眼差しで見つめるのも性に合わない。
しかし、彼らを見ているとまるで自分の心の動きを読まれているような気がして不思議で仕方がない。
小さい頃にペットを飼っていたことがあるが、その頃の記憶はあまりないので、はっきりとは言えないが、子供と接していると犬やネコに接しているような感じに近いと言うと人非人かと言われるだろうか。
確かに子供は動物と近いなどともよく言われるが、ただそれは近いだけで何とも言いがたいのだが情感が違うのだ。
ペットを飼ってみるとその違いが分かるのか。
それとも自分に子供が出来ればもっと変わるのか。
気がつけば子供が居てもおかしくない年齢にはなっていたのだが、子供が欲しいとはこれまで一度も思わなかった。
しかし最近では悪くないなと思い始めたのは少しは大人になったのだろうか。
# by innerscape | 2009-11-11 01:38 | 未来の自分との対話 | Trackback | Comments(0)
職業は演技される
市大病院にて継続して行われているアートプロジェクトで、何度かアーティストとして起用されてインスタレーション作品を作って来たが、今年度も呼ばれて作品を作る事になりそうだ。
病院には大きく分けて「外来」と「入院」があり、その中でも僕らが対象としているのは「入院」患者の方だ。
入院生活は長い人で4ヶ月以上も送る事があり、その間の楽しみはほとんど無い。
そんな入院患者が気晴らしに訪れる6階の中庭で前回は「風のおみく詩」という作品を作った。
だが、作品に出会うために6階まで下りて行く必要があり、情報が無いと期間中に訪れる事もなく終了してしまう。
だから今回はより多くの患者が自然にアクセス出来る場所がいい。
色々見て回った結果、やっぱり全ての病棟を貫いている吹き抜けの空間が一番ふさわしいのではないかと可能性を考え始めている。



前2作に関しては指定された場所で制作を行ったが、今度はより病院の中を詳しく知りたいと思い、無理行って病院の見学をさせてもらうことにした。
朝から看護士長さんに連れられて病棟をうろうろとフィールドワークするのだが、そのままの格好では不審者と間違われる事があるというので、医者の服装に着替える事にした。
役者としていくつかの職業を演じた事はあるが、「医者」の役は初めてだったので興味津々に着替えて参与観察してみる(かつて患者役のオファーは来たことがあったが...)。
医者の立ち居振る舞いや休憩の仕方、歩き方などを観察しながらそれらしく振る舞ってみると、どうやら溶け込んでいるらしい。




白衣をまとうと
# by innerscape | 2009-11-07 22:24 | 日常 | Trackback | Comments(0)
活版印刷機の可能性

は元印刷工場を改装した場所なのだが、実は1階の角には活版印刷屋さんのブースがあり、まだ現役で仕事されている。
主流がオフセット印刷の業界の最中、まだ活版印刷が現役で存在しているということがまずは驚きなのだが、最近ではその価値が見直されているという。
「版を押しあてて刷った」風合いはなかなかオフセットでは出ないという。

機械の構造自体も非常にアナログで面白い。
低圧電力で動くのだが、歯車とチェーンが回転し、けたたましい音を立てながら紙が刷られて行く様子を見ていると発明者グーテンベルクの偉大さがよくわかるものだ。



日本語の活版は特に大変で、鉛の活字の数が英文と比較して膨大に必要になる。
それを一つづつ拾って、組版して印刷機にかけていく作業工程を踏まなくてはならない。
最近ではさすがに活版自体も減り、手軽な樹脂板で刷る事が多くなったらしいが、それにしても今ではそれを総合的に出来る職人さんが居らず、活版印刷そのものも減っていくと職人さんは語る。
そんな時代に逆行するようにアナログなものの価値にこだわりたい。

だから♭でイベントを行う時には活版印刷で刷ったチラシで告知宣伝をしようと企んでいる。
現役の職人が居る間は、まだまだ活版にも可能性が残されていると思うし、そのポテンシャルを活かすことを考えたいと思うからだ。

もしそんな観点で活版印刷機にご興味を持たれた方はご一報いただければと思う。

# by innerscape | 2009-11-02 18:51 | 装置と風景 | Trackback | Comments(0)
観光とランドスケープ
夏前からとある研究会に参加している。
ニューツーリズム産業研究会という怪しげな名前の研究会で、橋爪紳也氏が取りまとめている研究会だ。
ひょんなことから参加する事になったが、ツーリズムという言葉がいまいちよく分かっていなかったのであまりいい印象を持っていなかったが、だんだん分かって来た。

いろんな方々が参加されていて、食文化から観光を見直すフードツーリズムやスポーツツーリズムなどの方、またゆるキャラなどのキャラクタービジネスから観光にアプローチする方、豪華客船クルージングビジネスのお話など、毎回入れ替わりたち代わりで色んな先生方がプレゼンテーションする。

それで今日は僕の晩だった。

どこに接点を見いだされるか分からなかったので、とりあえず自分の仕事を全部話してみる。
ランドスケープデザインはもともと観光と関連の深いデザインだと思うが、僕のしていることはランドスケープでもかなり異端な方だと思っているので、もうちょっとオフィス時代にやったシンガポールの話や中国のレジャーランド開発の話などを入れれば良かったと思いつつも、「風景を見る視点のデザインの話」ばかりしてみた。
教育/ワークショップ/デザイン/インスタレーション/アート/芝居/映画/スペース運営など。
どこに観光やツーリズムとの接点があるんだろうとプレゼンしている本人が半信半疑だったが、結果の反応は意外や意外。

皆さんから随分とお褒めいただいた。
普段はアート系のところで話をすることが多いのだが、同じプレゼンをしてもまちづくり系は食いつく場所が違うのが面白い。
調子に乗っていつもの持論である、「デザインとアートの違い」や「コミュニケーションをデザインしてはならない」、「空間デザインとコミュニケーション」の話、「価値創造と価値破壊」、「現象デザイン」などを若造が独りで話しまくってしまった。

ツーリズムや観光という枠組自体がシフトして来ているんだろう。
旅行業界や観光業界がしてきたマスツーリズムという考え方がもう強うしなくなっているのはJAL再建を見ても分かる。
21世紀は都市の時代だと言われ、最近やたらとクリエイティブシティという言葉が言われているが、概念だけが走ってそれが一体どういうものなのかの答えが見いだせないでいるのだと思う。

フランスのナントやスペインのバルセロナがよく例に挙げられるが、実はそれをそのまま輸入したところで何にもならないのだと思う。
大学でランドスケープデザインはその場所の土地自然とその上で展開される人間活動が織りなして出来上がると学んだ。
だから土地自然が変われば人間活動も違ってくるのはあたりまえの話だ。
答えは常に個別解で、具体的な中に見えてくる。
それを丁寧に掘り起こし組み立てていくことがクリエイティブということなのだと思う。

この5年、大学とそれ以外でも比較的自由にさせてもらえたおかげ色んな個別解は作る事が出来た。今度はそこから次の個別解をどうクリエイトするのか。

ひょっとするとそれはデザインでもアートでも映画でも教育でもなく、それら全てを含むものなのかもしれない。
新しい価値観には新しい言葉が必要だ。
まだ今はそれが何か見つけられていない。
# by innerscape | 2009-10-28 23:21 | ランドスケープデザイン | Trackback | Comments(0)
パーフェクションストーブ

もうすぐ11月。
フラットに来てから早くも2回目の冬がやってこようとしている。

木造2階建てのフラットは戦後すぐに建物なので、断熱材などまったくなく冬の寒さは半端ないのは昨年経験済みだ。だから今年は何とか暖をとる方法を模索しなければと秋口から思っていたが、もう冬がそこまで来てしまった。

それで、昨年壊れてしまったストーブを週末に修理してみた。
写真のストーブはパーフェクションストーブ750デラックスという1970年頃に作られたもので、うちの母が日本にやってきた時から使っているものだそうだ。



ストーブは...
# by innerscape | 2009-10-27 21:30 | フラット | Trackback | Comments(0)
オレンジショップのデザイン


7月にCSCDのワークショップルームの「オレンジショップ」が移転した。
前回同様インテリアデザインを担当したのだが、イベントのステージを入れて簡易な作りにしていた前回と比べて、今度はバックヤードとワークショップルームを仕切るパーティションなどを含めてかっちりと作る事にした。
先日やっと撮影の時間が持てたので、今更ながら載せてみようと思う。

旧オレンジショップの時に、一連の家具をデザインしていたのだが、今度はその家具に合わせて空間を作る事で一体感を出そうと考えた。

あまり意識されない事かもしれないが、コミュニケーションの雰囲気は実はどういう身体の配置や空間でコミュニケーションが行われるのかということにかなりの部分影響されているのではないかというのが僕の持論だ。
ここで求められているのは、従来の教師と生徒という関係ではなく、一個人として対話や会話に参加出来るようなコミュニケーションの形式なので、出来るだけ従来の教室のような権威的な関係性になるような空間は避けるべきだと考えた。



プロダクトのデザインは...
# by innerscape | 2009-10-24 11:09 | プロダクトデザイン | Trackback | Comments(0)
子供たちの演劇

この土曜日からの1階に子供たちが集まることになった。
集まった子供たちは20名ほど。
東成こども演劇クラブ「劇団ガチャガチャマシーン」という団体で2年ほど活動しているようだ。
次の2月に公演があり、そのために目下稽古場を探していたと伺った。

以前より1階部分は自分が芝居する時の稽古場として利用していたのだが、工事を進めようと平台などを跳ね上げていたが、この度もう一度敷き直して稽古が出来るようにする。

すぐ近くにあった演劇のメッカとして機能していた森ノ宮青少年会館(とプラネット)が閉鎖になり、困っている演劇人もたくさんいるのではないかと稽古場貸しもするようにしていたのだが、まさか地元の方々が来られるとは思っていなかった。



発端は先日行った住開アートプロジェクトが「comvo」というフリーペーパーで特集されたのを地域の方がご覧になられたらしく、飛び込みで頼みに来られた。
やはりこういう情報誌のチカラというのは大きい。
地域とどのように繋がろうかと思案していたのがこんな形で解決するとは思っても見なかった。

それにしても子供が20人もいるとにぎやかで楽しい。
こうして週末ごとに集まってくると何だが元気をもらうようだ。




自己責任という言葉は...
# by innerscape | 2009-10-17 12:08 | 映画と演劇 | Trackback | Comments(0)
陰謀の善し悪し
たちの良い陰謀は、陰謀を企てている当人達によって、それが陰謀であることがはっきりと認識されているけれど、たちの悪い陰謀は、これを企てている当人達がすばらしい計画であると信じているところが、何ともやっかいである。
(「科学は錯覚である」池田清彦)
# by innerscape | 2009-10-15 23:57 | 覚書 | Trackback | Comments(0)
妹島和世さんWSの講評会

今日は非常勤で教えに行っている阪大建築学科のお招きを受けて、妹島和世さんの設計ワークショップの講評会にコメンテーターとして参加してきた。
課題テーマは「集落におけるアート・プロジェクト(美術館)」ということで妹島さんが関わられている瀬戸内海の犬島を対象に美術館を設計するという内容のものだ。
会場には鷲田総長も来られていて、ふたりで講評会の雰囲気が阪大らしくないねと盛り上がってしまった。

最終22人がプレゼンテーションをし、いずれも力作ぞろいの提案が並んだが、改めてこういう場所に美術館を作る事はすごく難しいと感じた。
民家が建ち並ぶ昔ながらの島の風景を残した場所に現代の抽象的でシャープな建物を入れる事の危うさが浮き彫りになってしまうからだ。

それは妹島さん自身が最後にその危うさを語られ、悩みの吐露として出てきた言葉と僕が指摘した長い時間スパンで見た時のデザインの賞味期限を引用してくれたことからも、形を模索することに誠実に取り組んでおられるということがよく伺えた。
形やイメージだけが先行しそうな印象を妹島さんの作品からは持たれがちだが、実際はかなりしなやかで誠実に街の文脈や風景の文脈を考えてデザインされているのだということを学生がどこまで理解しているかは心配になる。
デザインは形を当てはめる行為ではなく、形を模索して行くことであり、自分の出した形を守る事に頑になることで本質が見えなくなる事があるからだ。
今回の学生のプレセンテーションではその頑さがとても目立ったような気がする。



今回の講評会は3年前のドミニク・ペロー氏を招聘教授としてお呼びした時とは違って、実際のWSの指導にあたった元SANAAの福屋さんと現SANAAの片桐さん以外のコメンテーターとしては鷲田さんが中座されたために妹島さんと僕だけだったので、学生たちへのアドバイスのコメントとして、出来るだけ妹島さんが指摘した事を翻訳する事と、妹島さんの視点とは違う角度からコメントする事に努めたが、後で交流会の時に来てくれた学生には評判が良かったので胸をなで下ろした。

いくつか気になったことがある一つは、純粋な建物の提案が少なかったことだ。
要因は二つあると思う。
一つは犬島の環境自体が建物という内を作らずとも集落として内を形成しているのではないかということ。
もう一つは建築自体の表現によらずに何かが達成出来てしまう風潮が建築業界に起こっているのではないかということ。
後者については単純にアンビルドが流行っているという以上に、プログラムを実現するのにシェルターとしての建物が必要なのかということが問われているのではないかと思う。

もう一つ気になった事は学生達の自然の読み方が甘いという事だ。
都市環境とは違って、周囲に海があり、島には山や斜面があるような土地ではデザインの手がかりとして敷地図面を眺めているだけでは得られない自然の要素がたくさんある。
太陽や風、水、湿度、土質、植生など、もっと具体的に迫ってくる生の自然。
それらを設計の要素に取り込んでいるものはほとんど見当たらなかったのは残念だ。
しかし翻って見ると、毎年講評会へ行かせてもらう大阪府立大学のランドスケープ演習でも同じように自然への感受性が鈍っているのではないだろうかと危機感を覚える。
その観点からいくつかしたコメントでも、妹島さんも頷いておられたので、きっと思い当たる所があったのではないかと感じた。

いずれにしても、「ではランドスケープデザイナーであれば何が提案出来るのですか」と問われた時にどんな答えが用意出来るのか。
それは常に考えておかなくてはいけない課題ではないかと思う。

# by innerscape | 2009-10-09 23:06 | ランドスケープデザイン | Trackback | Comments(0)
台風のデザイン

今回の台風18号は過去10年で最大級のようだ。
それが1959年に襲来した伊勢湾台風を同じコースで今日本列島に上陸しようとしている。
いっとき、日本へやってくる台風を太平洋上で散らしてしまうために空中にドライアイスを打ち込むという計画が立てられたようだが、それに反対を唱えたのは奇しくも日本だったそうだ。
というのは台風は被害をもたらすが、同時に日本へ水を運んでくるという役割もあるからだ。
大学で大気環境科学などを学んだ農学部出身の現象デザイナーであれば台風がどうすれば発生するのかということをデザインできねばならないと不謹慎にもこんな時に考えてしまっている。

台風の発生のメカニズムは以外と単純だ。
海面温度が26°以上で、水平温度が一定であること。
そして地球の自転の影響で働くコリオリ力だ。

暖かい海域で海の水はその一帯の熱エネルギーを吸収し、水蒸気となり上昇気流を発生させる。
上昇気流が勢いを増して行き、大きくなると発生する積乱雲の中で水蒸気は凝結し、その時に潜熱を放出するのだが、それに伴い雲の中心部で温度が上がる事で気圧が低くなる。
これが一般的な低気圧の発生なのだが、そこで周囲から吹き込む風が渦を作り出し、北半球では反時計周りに渦巻いて行くと台風の赤ちゃんが誕生するのだ。
熱帯性低気圧と呼ばれる台風の赤ちゃんがすくすくと育ち、ついに中心部分の風速が17.2メートル/秒を超えた時にそれが台風と呼ばれる。
こうして発生した台風は、北半球では北へと移動してくるのにはいくつかの要因が有り、一つには先ほど述べた地球の自転によるコリオリ力(見かけ上の力)と、偏西風。
もう一つは赤道と極の温度差がもたらす力。
それと、高気圧から噴き出す風でその高気圧の縁に沿って北へと移動していくのだ。

こうして人間には災害と恐れられる自然現象が猛威を振るう。
その破壊力たる凄いものであることは今回の台風を見ればよく分かるのではないか。
台風をデザインするということは実は笑い事ではなく、昔、米空軍とペンタゴンが真剣に開発していたという経緯があるぐらいなのだ。

自然現象をデザインするというのはランドスケープデザイナーのなすべき仕事の一つかもしれないと考え始めているが、それが微気象という範囲を超えて、大きな気象まで操れるようになると、自然兵器として軍によって利用される恐れがあることも考えなくてはならない。
自然現象をコントロールするという事は、旧約聖書に描かれた海を割ったモーゼのようにある意味、神の力を利用するということでもあるのかもしれない。
# by innerscape | 2009-10-08 02:15 | 現象デザイン | Trackback | Comments(0)
楽園について

クラナッハによるエデンの園


●パラダイスの語源
paradiseは『楽園』と訳される。もともと古代イラン語のpaeridaesaあるいはpairidaeza。
この語はpairi- (周囲)、「周りを巡るもの、まわりに土を持盛った閉鎖的な塀、壁」あるいは、paeri=”まわり”peri(Gk),pari(Skt),daesa=”土を盛り上げたもの”という意味と、 diz (壁を築く)との合成で、意味の上で区切るなら確かに「パラ+ダイス」ということになる。これが宮廷内に狩猟用に獣類を集めておいた古代オリエントの人口の猟園から来たとされている。これがオリエント風の庭園、偕楽園という意味でギリシャ語に取り入れられ、ギリシャ語のエデンの園を指すparadeisosとなり、ラテン語からフランス語を経て英語のparadiseになっている。

●天国と楽園は異なる
天国はHeaven、楽園はParadiseと訳される。
キリスト教では人が天に召されて行く所が天国。アダムとイブが最初住んでいて、追い出されてしまった場所が楽園(エデンの園)。

『創世記』の記述によればエデンの園は「東の方」 (2:8) にあり、アダムとイヴはそれを管理するためにそこにおかれ、そして、食用果実の木が、園の中央には生命の樹と知恵の樹が植えられた。
また、エデンから流れ出た1つの川は、4つの川(良質の金とブドラフと縞メノウがあったハビラ全土を流れるピション川、クシュの全土を流れるギホン川、アシュルの東を流れるヒデケル川、ユーフラテス川)に分かれていた。
ヤハウェ・エロヒム(=エールの複数形 主なる神と訳される)はアダムとイヴが禁じられていた知恵の木の実を食べたことから「人はわれわれのひとりのようになり」、その後、生命の樹の実をも食べ永遠に生きることをおそれ、エデンの園を追放する(失楽園)。生命の樹を守るため、ヤハウェ・エロヒムはエデンの東にケルビムときらめく炎の剣をおいた。(ウィキペディアより創世記)

●極楽とは
極楽(ごくらく、Skt:sukhaavatii)とは、阿弥陀仏の浄土であり、サンスクリット語「スクヮーヴァティー」は「スクヮー」(sukhaa)に「ヴァト」(vat)を加えたもので「幸福のあるところ」「幸福にみちみちてあるところ」の意味。須呵摩提(しゅかまだい)、蘇珂嚩帝(そかばってい)、須摩提(しゅまだい)、須摩題などと音表され、安楽、極楽、妙楽などと訳出された。
『阿弥陀経』には「衆苦あることなく、ただ諸楽を受くるが故に極楽と名づく」というが、梵蔵文では、衆苦を身心の諸々の苦といい、諸楽を楽の材料というから、極楽とは身心が共に苦を離れていて、幸福の材料だけがあるところの意味。(ウィキペディアより極楽)

●桃源郷とは
桃源郷(とうげんきょう)とは、中国における理想郷。俗世間から離れ、山水の中で仙境に遊んだり素朴な農耕をしたりできる世界である。また転じて、仙人がいる・あるいはそこにいけば仙人同様になれる聖地ともされる。武陵桃源(ぶりょうとうげん)ともいう。なお、桃源郷をサンスクリット語読みしたものが、中央アジアの理想郷伝説「シャングリ・ラ」である。


ふむふむ。
古来より楽園は、自然と人間が対立する場ではなく、そこで互いに生を謳歌しながら共存するというイメージが持たれてきているようだな。いわば自然からネガティブな要素が全て虚勢された場所ということか。
# by innerscape | 2009-10-05 00:37 | 覚書 | Trackback | Comments(0)
斜めの効用


最近はランドスケープデザインよりもインテリアや家具デザインをすることが多くなってきたが、個人邸の家具デザインをした。
本棚、ドレッサー、TVボード、収納ボード、コーヒーテーブル、ベッドというラインナップで、独立したプロダクトというよりも部屋のランドスケープとしてどうデザイン出来るかを考えた。
特に今回注意したのは圧迫感を消しながら存在感だけを残すのはどうすればいいかということだ。
そのために様々なスタディは行ったが、結果として床がそのまま立ち上がったような存在感を取ることと、斜めというボキャブラリーだ。




本棚は5つのユニットを組み合わせるようになっている。
それぞれは側面が跳び箱のように斜めに傾けられていると同時に、前後方向にも傾斜をつけていて、部屋の狭さに対して圧迫感を与えないように配慮した。
斜めの線は森の木々を抽象化したカタチをイメージしたのと、クライアントの希望で下から順番にサイズを小さくして行くことで本を収納した時に丈夫に隙間が出来ないように配慮した。



ドレッサーとTVボードと収納ボードは3つで1つのボードになるようにデザインし、部屋への導線を考えて、天板も部屋の入り具陳向かって台形を取るように斜めにカットした。
それとセットとなるコーヒーテーブルも同じ角度の台形の天板と横板も傾斜をつけることで、4方向のどこでもテーブルに向かって座れるようにした。
傾斜がボードと一緒なので、組み合わせるとテーブルを拡張する事も出来る。





ベッドについては4方向に角度をつけることで、存在感がほとんど消すことを考えた。
もともと部屋のサイズに対してクイーンサイズのベッドを入れたので、出来るだけベッドを消してマットレスだけが部屋に浮いているようにしたかったのと、斜めをつけることで足を打ちそうなベッドサイドを出来るだけすっきりさせたかった。

この存在感が使いこなされることでどのように部屋になじんでいくのかが楽しみだ。

デザイン:花村周寛
制作:藤本木工所
写真:花村周寛
# by innerscape | 2009-09-28 23:20 | プロダクトデザイン | Trackback(1) | Comments(0)
住開シンポジウムをしてみました

8月2日に住開シンポジウムを僕のアトリエで開催した。
昨年の10月から場所を借りて極秘で改装していたのだが、それが初めてパブリックに解放ということになったのは喜ばしい限りだ。
訪れた方々はスタッフも含めて約40名。
♭は木造トラスの建物で、その2階を今回は会場にしたので、床が抜けないか心配だったが、結果として全然大丈夫だった。



スピーカーは僕を入れて3名。
スカイビルのふもとの普通の一軒家で「太陽」というカフェをずっと運営していた社会学者の渡辺太さん。
元ダムタイプのメンバーで現代美術家の小山田徹さんは、ウィークエンドカフェなど人々が関わりながら作るコミュニティカフェをあちこちで作ってきたアーティストだ。自身を「風景収集狂者」と呼ぶ所もランドスケープとアートに携わる僕がシンパシーを感じるところでもある。

詳しくは地下鉄の駅など大阪のあちこちで配られている「comvo」というフリーペーパーに取材されているが、人の居場所やライフスタイルということについて考える時間が持てたと思う。



シンポ終了後の交流会では、ケータリングも10品目60皿全て売れ残り無くはけて、嬉しい限りだ。




住開という言葉は...
# by innerscape | 2009-09-20 19:56 | フラット | Trackback | Comments(0)
千場生態街へようこそ


第1回「船場まつり」が14日から開催されました。
船場センタービルでは大売り出しとともに、様々なイベントが行われてますが、船場アートカフェもその一つ「船場センタービルミュージアム」というイベント行われてます。僕は船場センタービル全体を使って「千場生態街」というインスタレーションを行いました。

仕込みも順調に終了し、店舗の人々が興味津々に読んでいるいる様がなかなか楽しい。
是非みなさまにも足をお運びいただければと思います。
19日には怪しげなツアーも致しますので、より楽しみたい方はそちらへどうぞ。
下の画像が地図とチラシになってますので、そちらを参考にお楽しみください。






# by innerscape | 2009-09-19 14:03 | アート | Trackback | Comments(0)
ガンダム講談
先日お知り合いになった講談師 旭堂南半球さんのイベントのお知らせです。
講談をお聞きになったことのない方もこれを機に是非。
(ちなみに僕はガンダムを見た事がありませんが、楽しめました。)

【旭堂南半球の第二次ガンダム講談一年戦争〜宇宙(大阪)攻撃軍〜ジャブロー
とア・バオア・クーに散る!の章】

日時:9月18日(金) 18:00開場/18:30開演

場所:ワッハ上方5F 『ワッハホール』
(大阪市中央区難波千日前12−7 YES・NAMBAビル4F(なんばグラ
ンド花月の向かい。ジュンク堂ビルの4F)

料金:予約 2700円 http://form1.fc2.com/form/?id=454155 
    当日 3000円

演目:『スパイ107号の死』『ジャブローの城攻め』『オッゴの奮戦』他
ゲスト:トニーたけざき 田中菜穂(MSイグルーの歌、歌ってる人)旭堂南陽、アカハナ岩橋、∀若林

特報:ドダイYS高座が出ます。乗れます。
# by innerscape | 2009-09-18 11:38 | インフォメーション | Trackback(1) | Comments(0)
今度は船場センタービルでやります

9月14日から9月21日まで船場センタービルにて「第一回船場まつり」というのが開催されます。
それに伴い、船場アートカフェのイベントとして、「船場センタービルミュージアム」を行います。
僕はそこで船場センタービル全域を使ったインスタレーションをしますので、是非お越しください。詳しくは上の画像がチラシになっておりますので、そちらをご覧ください。

2009年9月14日(月)~21日(月・祝)
 展示時間:10:00~19:00
□会場:船場センタービル5号館2階
 (大阪市中央区船場中央2丁目)
□主催:船場アートカフェ(大阪市立大学都市研究プラザ)
□プロデューサー:嘉名光市、高岡伸一
□共催:船場まつり実行委員会
□協力:船場センタービル区分所有者会、株式会社 大阪市開発公社、
    大阪市立大学 嘉名研究室

「船場ウォーク」
研究者やアーティストによるガイドを聞きながら、街や建物をいっしょに歩いてみませんか?
五感+αをテーマにした街の散歩。いつもより少しだけ感度を上げてみれば、
普段の街がいつもと違う表情をみせてくれます!
■2009年9月14日(月)~19日(土) 15:00~17:00
■定員:各回15名(事前申込制・参加無料)
 ※「Course 3 味覚 foodscape」のみ、食事代として実費2,000円が必要。
■集合場所:船場センタービル5号館2階「船場センタービルミュージアム」

■course 6 第6覚
parallelscape“千場生態街”
9月19日(土)15:00~17:00
ガイド:花村周寛(アーティスト、ランドスケープデザイナー)
詳細は当日のお楽しみ。多彩な活動で注目を集める花村周寛が、街に埋め込んだ架空の物語。独自の世界観で6つ目の風景を切り開きます。
協力 バンタムクラスステージ

■申込み方法
E-mail若しくはFAXにてお申し込み下さい。追って詳しいご案内をお知らせします。
申込みは先着順受付、定員になり次第締切とさせていただきます。
FAX:06-4308-4900 E-mail:art-cafe@ur-plaza.osaka-cu.ac.jp
(船場アートカフェ事務局:高岡宛)
申込みの際に、住所、氏名、年齢、電話番号、参加希望コース(複数でも可)、参加希望人数をお知らせ下さい。
※コースや内容は当日の天候、その他の事情によって変更になる場合があります。


今回は船場センタービル全体に言葉による物語をかぶせることで、違った風景を浮かび上がらせる事を狙います。
14日から21日まで船場センタービル内の100カ所以上に言葉を散りばめてますので、期間中であれば自由にご覧頂けますが、19日にツアーを兼ねたパフォーマンスを行いますので、そちらにお越し頂く方がより深い世界観を楽しめると思います。
(お子様は怖くて泣き出すかもしれませんが...。)

今回は「ルルドの森」などでおなじみの、バンタムクラスステージさんとコラボレーションという形で、サイコスリラーの要素を少しだけ取り入れましたので、その手が好きな人も是非。


# by innerscape | 2009-09-14 00:55 | インフォメーション | Trackback | Comments(0)
SATISFACTION劇場公開はじまりました


9月5日(土)から劇場公開始まりました「SATISFACTION」。
土曜日は舞台挨拶をしてきましたが、満員で皆さん上映後のトークにも暖かい応援のメッセージを頂きました。

11日(金)まで毎日夕方から2回上映いたします。
上映期間中の日替わりトークショーでは、監督やスタッフが制作の裏側を、スクリーンの中のキャストが、撮影の想い出を語ってくれます。
殺伐としたアクションのエンタメ映画なのですが、ご興味を持たれた方は是非足をお運びください。

SATISFACTION:ヤリタイキモチ

2009年 ソロモンプレスムービーズ
細川博司監督作品
カラー 94分 DVCAM

2009/9/5(土)~11(金) 
上映期間中毎日 18:30 / 20:30

劇場:シネ・ヌーヴォX
(阪神西九条駅・地下鉄九条駅から徒歩2~5分)
大阪市西区九条1-20-24 TEL 06-6582-1416

上映後、スタッフ・キャストによる日替わりトークショーあり。
料金:前売り特別鑑賞券¥1000(当日・一般¥1200)
チケット販売方法:劇場規定のプレイガイド&手売り。


●CAST

一明一人 
hime 
ハナムラチカヒロ

内藤和也 湯浅温子 板としあき
上舞康彦 上田直哉 松村孝志 永松勝也 十一十三
木下MAX真吉 小園竜一 蛭子 真
●STAFF

音楽 関 琢也 今井大々的
アクションコーディネーター 小松義之 with 一盛百円軍団
ガンエフェクトコーディネーター 富永音夢
スチール 堀川高志 森 達行
宣伝美術・タイトルロゴ 二朗松田
制作協力 flw.
原案 浦狩和成
原作・脚本・監督・撮影・編集
細川博司
製作 ソロモン・プレス・ムービーズ
2007-2009

# by innerscape | 2009-09-07 01:45 | インフォメーション | Trackback | Comments(2)
SATISFACTION上映
第一回田辺弁慶映画祭の出品作品がリメイクされて劇場公開上映されます。
9月5日(土)から11日(金)まで毎日夕方から2回上映いたします。
上映期間中の日替わりトークショーでは、監督やスタッフが制作の裏側を、スクリーンの中のキャストが、撮影の想い出を語ってくれます。
殺伐としたアクションの様相の映画ですがご興味を持たれた方は是非足をお運びください。

SATISFACTION:ヤリタイキモチ

2009年 ソロモンプレスムービーズ
細川博司監督作品
カラー 94分 DVCAM

2009/9/5(土)~11(金) 
上映期間中毎日 18:30 / 20:30

劇場:シネ・ヌーヴォX
(阪神西九条駅・地下鉄九条駅から徒歩2~5分)
大阪市西区九条1-20-24 TEL 06-6582-1416

上映後、スタッフ・キャストによる日替わりトークショーあり。
料金:前売り特別鑑賞券¥1000(当日・一般¥1200)
チケット販売方法:劇場規定のプレイガイド&手売り。


●CAST

一明一人 
hime 
ハナムラチカヒロ
内藤和也 湯浅温子 板としあき
上舞康彦 上田直哉 松村孝志 永松勝也 十一十三
木下MAX真吉 小園竜一 蛭子 真
●STAFF

音楽 関 琢也 今井大々的
アクションコーディネーター 小松義之 with 一盛百円軍団
ガンエフェクトコーディネーター 富永音夢
スチール 堀川高志 森 達行
宣伝美術・タイトルロゴ 二朗松田
制作協力 flw.
原案 浦狩和成
原作・脚本・監督・撮影・編集
細川博司
製作 ソロモン・プレス・ムービーズ
2007-2009

# by innerscape | 2009-09-05 14:19 | インフォメーション | Trackback | Comments(0)
里帰り


久しぶりにお盆休みを頂いて里帰りへ。
里といっても、僕の場合はソウルなのでいわゆる「田舎」という感じはしない。
数年ぶりに来たソウルは開発が進んでいて、全く違う街になっている。
僕が小さいときはもっと野暮ったくて汚い街だったのだが。

今回は実は母の歯の治療をしようと連れてやってきたので、ランドスケープや都市開発などを見て回る余裕はないかもしれない。
でも母の母校である梨花女子大学にドミニク・ペローが手がけた建築があるので、それだけは観に行こうと思う。

実は今やソウルに住んでいる従兄弟達はあまりいなくて、ほとんどアメリカへ渡ってしまっている。
僕と同じ年の従兄弟もアメリカへ2日前に戻ってしまった。
久しぶりの休暇なので少しソウルで羽を伸ばしながら、自分のルーツと来年以降のプランについてじっくり考えてみようと思う。
もちろんその中にはソウルという舞台も入っていることだし。
# by innerscape | 2009-08-22 23:59 | 日常 | Trackback | Comments(0)
都市の居方と出来事の風景
次回ランドスケープカフェのご案内です。
最近都市でゲリラ的に繰り広げられるイベントや出来事に焦点を当てて、そうした人の振る舞いが生み出す状況やその風景についてお話をします。
ご興味を持たれた方は是非お越しください。

ランドスケープカフェ「都市の居方と出来事の風景」

日時 8月18日[火] 19:00−21:00
定員 40名(当日先着順・入退場自由)
場所 京阪中之島線 なにわ橋駅 アートエリアB1
入場無料

今回は建築学をベースに都市での人の居方の研究をしておられる鈴木毅さんをお呼びして、人の振る舞いや祝祭などの出来事が開く都市風景、あるいは近年起こりつつある人々の新しい社会運動などから見える風景についてレクチャーしてもらい、状況をデザインする可能性について皆さんとお話しします。


ゲスト 鈴木毅(大阪大学大学院工学研究科准教授)
# by innerscape | 2009-08-18 14:14 | インフォメーション | Trackback | Comments(0)
アトリエでシンポジウムします


住開アートプロジェクトというのに参加しております。
昨年に緑橋で密かに立ち上げたアトリエ♭で行いますが、まだまだ工事途中のプロセスを楽しんでいる中での公式なお披露目の機会ということになります。
冷房設備がまだまだ脆弱ですが、風の吹き抜ける気持ちの良い場所になっていますので、暑い中ですが足をお運び頂けますとありがたいです。

※イベント自体は無料になっておりますが、ケータリングの都合上予約が必要です。



その1「The 住み開きシンポジウム!vol.1 ~プライベートな空間をパブリックに開くことの楽しさと気苦労~」

「住み開き」について真剣に語り合うシンポジウム(とは言え参加者も一緒に喋れる気軽な場です)第一弾は、ランドスケイプデザイナー 花村周寛さんの住み開きスペース「♭(フラット)」にて開催。ここは演劇の稽古場として、映画の撮影場として、クリエイターのシェアオフィスとして、またアーティストの滞在施設として、様々な可能性を持った実験的なスペースです。この日はゲストに、美術家として様々な地域で色々な人が集まれる共有空間の開発に取り組む小山田徹さん、そして社会学者として数年前に大阪市北区にて自宅兼カフェ「大淀南借家太陽2」を実験的に運営していた渡邊太さんをお招きし、住み開きについてのハード面(改修 / 補修など)に関する知識やスキル、ソフト面のアイデア出し、そしてこのアクションの楽しさと知られざる気苦労について語り合います。是非、今後少しでも住み開こうと考えている方、実際住み開くかは別としてそういうアクションに興味がある方、ドシドシお越しくださいませ。

日時:2009年8月2日(日) 15時~18時(終了後 交流バーあり)
参加費:無料(※交流バー飲食は要実費)
定員:25名(※要予約。詳しくは築港ARCまで)

会場住所:
♭(フラット)
大阪市東成区中本3-10-2
地下鉄中央線緑橋駅3番出口から南へ進み、ソフトバンクショップの筋を右へ。
100m先の左手に見える古い工場。1Fに印刷会社あり。

予約E-mail :arc@outenin.com

ゲスト:
花村周寛(ランドスケープアーティスト / 役者)
風景というテーマで領域横断的な表現活動に取り組む。建築や造園などの環境デザインをベースにインスタレーションなどの美術作品やプロダクトの製作などを行うかたわら、映画や舞台での演技を通して、人間の眼差しやコミュニケーションが生む風景の表現にアプローチする。2008年には実験スペース“♭”を緑橋に立ち上げ、そこを拠点に今後も活動を続ける予定。大阪大学コミュニケーションデザインセンター特任教員。

小山田徹(美術家、風景収集狂者 / Land Scape Maniac)
1984年、大学在学中に友人たちとパフォーマンスグループ「ダムタイプ」を結成し、おもに企画構成、舞台美術を担当した。現在は個人的に休業中。1990年から、コミュニティセンター「アートスケープ」や「ウィークエンドカフェ」などの企画をおこなうほか、コミュニティカフェ「Bazaar Cafe」の立ち上げに参加。さまざまな共有空間の開発をおこなっている。

渡邊太(社会学者 / International NEET Union)
2000年代半ば、梅田スカイビル付近の借家で自宅カフェを運営。その後、公園カフェ、河川敷フリーコンサート、草むしり、ビラ作りなど迷走をつづけ、最近は摂津富田のカフェコモンズで毎週金曜日に「太陽+コモンズ大学」を開講している。著書『末期資本主義の精神(仮)』(近刊)。大阪大学、NPO
recip所属。

# by innerscape | 2009-08-02 01:31 | インフォメーション | Trackback | Comments(0)
次回ランドスケープカフェ
次回ランドスケープカフェの情報です。

ランドスケープカフェ「映画とランドスケープ」

日時: 6月12日[金] 19:00−21:00
定員 :50名(当日先着順・入退場自由)
場所:アートエリアB1
入場無料

今回は映画監督の藤原敏史さんをお呼びして、社会と人間の風景を映画というメディアがどのように見せているのかについてレクチャーしてもらい、映画とランドスケープの可能性について皆さんとお話します。

ゲスト 藤原敏史(映画監督)
横浜生まれ、東京とパリで育ち、早稲田大学文学部、南カリフォルニア大学映画テレビジョン学部で映画史、映画製作を学ぶ。1994年から映画批評を執筆。共編著に『“社会派シネマ”の戦い方』、『アモス・ギタイ イスラエル/映像/ディアスポラ』(ともにフィルムアート社)。訳書に『「市民ケーン」、すべて真実』『バスター・キートン自伝』(ともに筑摩書房)など。2002年、悪友の “イスラエルの山賊” ことアモス・ギタイにそそのかされ、映画『ケドマ』の撮影現場をもののはずみで撮らされたドキュメンタリー『Independence: around the film Kedma a film by Amos Gitai』で監督デビュー。行きがかり上撮らざるを得なくなった『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』(2006-2007)、元は神奈川県逗子市の池子米軍基地問題を扱ったPR映画企画の注文仕事が肥大化した『フェンス』(2008)と、なんとなくなりゆきで独創的なドキュメンタリー演出を続ける一方で、大胆というか無謀と言われそうな即興演出を駆使した初の劇映画『ぼくらはもう帰れない』を2006年ベルリン国際映画祭フォーラム部門で上映、世界的な注目を集める。本人の性格は至っていいかげんななりゆきまかせで、主な趣味はなりゆきまかせでぶらぶらと散歩すること?
# by innerscape | 2009-06-12 16:35 | インフォメーション | Trackback | Comments(0)
「半身反義」大阪上陸


田辺弁慶映画祭で上映され、第37回ロッテルダム国際映画祭の長編部門でも上映された竹藤佳世監督の作品「半身反義」が大阪で上映されます。
「東京オリンピック」(1965年・監督部)、「日本万国博」(1971年・監督)などの演出家・山岸達児を追ったドキュメンタリーという形から始まるこの映画は観るうちに山岸の記憶のイメージに迫って行くスタイルを取る異色の映画です。
ご興味を持たれた方は是非、劇場に足をお運びください。


大阪・第七藝術劇場
6月6日(土)〜12(金)モーニング、
6月13日(土)〜19(金)レイト
# by innerscape | 2009-06-06 03:27 | インフォメーション | Trackback | Comments(0)
「コミュニティデザイナーの道具箱、拝見。」で話します
上町台地100人のチカラというイベントの第81回目のゲストに選ばれてしまい、6月2日に應典院でお話しします。
このブログでも紹介してますが、今までの僕の活動や作品を通じて考えて来た事をトーク形式でお話ししようと思うので、ご興味を持たれた方は是非起こしください。

以下イベント詳細です。


上町台地100人のチカラ! 81
<カウントダウン20スペシャル>
「コミュニティデザイナーの道具箱、拝見。」


人と場、その関係性のデザインに取り組む若きコミュニティ・デザイナー。
地域の「これまで」と「これから」をいかに接続するか、現場の知恵を紐解くトークサロン。

2009年4月に創元社から刊行された『地域を活かすつながりのデザイン:大阪・上町台地の現場から』。この本は、特に2003年5月の上町台地からまちを考える会発足以来、実践家と研究者が織りなしてきた取り組みの集大成でもあります。
この本では、悠久の歴史を持つ上町台地界隈で生き交う人々が紡ぐ都心居住の文化は、資本優先の「都市再生」ではなく、まち優先の「コミュニティ・デザイン」の発想に基づくものであるとされています。そこで、今回、今後の上町台地の有り様を展望していく上で、まさに文字通り「コミュニティ・デザイナー」としても活躍されている花村周寛さんをゲストにお招きし、よりよいまちをつくっていくための道具と、
その知恵に接近します。
なお、会場では、上記『地域を活かすつながりのデザイン:大阪・上町台地の現場から』の優待販売も行います。執筆者も多数来場する予定ですので、どうぞ、ふるってご参加くださいませ。

日時:2009年6月2日 19:00〜21:00
場所:應典院本堂ホール

参加費:500円

主催:上町台地からまちを考える会
共催:大阪ガス(株)エネルギー・文化研究所、同志社大学大学院総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーション研究コース(予定)
協力:からほり倶楽部、コリアNGOセンター、西代官山クラブ、應典院寺町倶楽部、應典院

ゲスト:花村周寛(はなむら・ちかひろ)さん
1976年大阪生まれ。環境と人々が結ぶ「風景」というテーマで人々のコミュニケーションのデザインに取り組む。建築やランドスケープといった環境デザインをベースにしながら、インスタレーションやプロダクトのデザインも領域横断的に行うかたわら、風景を眺める人のまなざしへのアプローチとして、映画や舞台などで役者もつとめる。
2005年より大阪大学コミュニケーションデザインセンター特任教員。2006年度より船場アートカフェのディレクター及び大阪府公園協会発行の雑誌「OSOTO」編集委員。『地域を活かすつながりのデザイン』では、新潟県中越地震の復興の際に現地で用いた「フッコウスゴロク」(http://innerscape.exblog.jp/5184820/)や、大阪大学に関するデータをあの手この手で変換して表現してきた「DATA HANDAI」
(http://datahandai.jp)の素材を提供。

聞き手:山口洋典(やまぐち・ひろのり)
1975年静岡県磐田市生まれ。阪神・淡路大震災でのボランティア活動を経験し、COP3(地球温暖化防止京都会議)での情報発信プロジェクトや、滋賀県草津市での地域通貨「おうみ」の展開、また大学コンソーシアム京都の教育・人材育成事業「NPOスクール」のコーディネーター、そして「きょうとNPOセンター」や「京都三条ラジオカフェ」の設立にあたる。
2004年より上町台地からまちを考える会事務局長。2006年には4月に應典院主幹・應典院寺町倶楽部事務局長に、10月に同志社大学大学院総合政策科学研究科任期付教員に、それぞれ着任。『地域を活かすつながりのデザイン』では、編集幹事を務め、第5章補論「現代におけるコモンズとしての宗教施設の可能性」及び第6章「ネットワーク型まちづくりでつながる・まとまる・ひろがる」、そして「おわりに」を執筆。

<お申し込みは以下のURLから>
http://uemachi.cotocoto.jp/event/30408

<お問い合わせ>
上町台地からまちを考える会(担当:山口)
TEL 090-3161-8467 FAX 06-6770-3147(應典院気付)
E-mail uemachidaichi@yahoogroups.jp

# by innerscape | 2009-06-02 00:39 | インフォメーション | Trackback | Comments(0)
自己肯定
幼い頃に読んだはずだったサン=テグジュペリの「星の王子さま」を再び読み返してみると、長いこと自分が忘れてしまっていた気持ちをもう一度見つけることが出来たような気がした。特に王子とキツネとの会話の中には自分の存在価値について大切なことが書かれていた。
どうして自分はそれを忘れていたのだろうか。

敬虔なクリスチャンだった母に幼い頃から神の教えを聞かされ、それほど回数は多くなかったが時折訪れた教会でも「汝の隣人を愛せよ」、「神に常に感謝せよ」、「右のほほをぶたれたら左のほほを差し出せ」といった“愛と許しと犠牲的精神”が語られるにも関わらず、それを懸命に唱える信者同士の間でなぜ争いやいがみあいが起こるのかが理解出来ずに居たことを覚えている。そんな宗教に対して過剰な信頼感や不信感を持っている訳ではなくわりと冷静に見つめていたつもりだが、繰り返し触れてしまったことが無意識の領域で自分の精神形成に影響を及ぼしていたことは否めない。何よりもその教えは、人に親切にすること、誰にでも愛を持って接すること、人から受けた仕打ちを恨まず許す事、他人のために自分を犠牲にすることなど身をもって実践してきた母の思想でもあり、それにそぐわぬ生き方をする「息子」を夫を失った彼女に突きつけるには酷だという想いもあったのだろう。元来その教えは節度さえ見誤らなければ人としてより良く生きる方法ではあることは間違いないのだから、ものの考えかたや世界の捉え方に至るまでも母の思想とその元になる神の教えの重力下に置かれるのはある意味では自然な流れだったのかもしれない。それに平行してどれほど意識的だったかは分からないが民族的マイノリティに起因するであろう上昇志向、それも上昇を他人が認めやすい記号を獲得することによって評価されねばならないという強迫観念も必要以上の影響力を持っていたのかもしれない。これらによって得られたものが少なからず今の自分の人生を形成しているのは言うまでもないが、こうした精神が引き起こす行動のネガティブな側面だけを見つめると、自己肯定感を自らで生み出せず他人からの肯定を得ることに犠牲的精神が向けられるということである。他人から肯定の眼差しを得るために親切に心が傾けられ、心身穏やかならぬことに対しても事なかれで済ませるというスタンスが、かえって鑑識眼を持った人間からの肯定を遠ざけるというのは往々にして起こりうることであることは容易に洞察出来る事である。しかしさらに掘り下げた場所へと洞察の眼差しを向けてみると、そこは父の死の原因を己に求めたことも自己否定感の根本の形成に大きな役割を果たしており、自分の精神の奥底に存在否定と悲しみを横たえてしまったことが行動原理の基本を成している可能性も否めない。それと同時に理解されがたいことかもしれないが、常にとどまることを知らない世界、一瞬にして未来が今を通り過ぎて過去へと変わってしまうはかない世界、悲しみ色に包まれた世界、そんな世界に対して自分が関わる態度として今この瞬間に優しさを持って接することを大切にしたいというポジティブな想いも見つける事も出来る。この想いを偽善や虚飾の表現して受け取ることも可能ではあるが、ともあれ自分の行動が常に“他者への優しさ“へ向けられていることの理由がネガティブ、ポジティブのどちらに起因するかという白黒判定が重要なのではなく、またその優しさをことさら傲慢に強調する事も卑屈さを持って否定することも必要ない態度であると感じる。今の自分に大切なのは、自己肯定感を自ら生み出すことを獲得するために一度他者の眼差しを拒否して、一人で自分を見つめなおす時間が必要であり、ましてやいたずら半分で放たれる否定的な言葉に耳を傾ける必要も余裕も無いことを自覚すべきである。

「うん、そうだとも。おれの目から見ると、あんたは、まだ、いまじゃ、ほかの十万もの男の子と、べつに変わりない男の子なのさ。だから、おれは、あんたがいなくたっていいんだ。あんたもやっぱり、おれがいなくたっていいんだ。あんたの目から見ると、おれは十万ものキツネとおんなじなんだ。だけど、あんたが、おれを飼いならすと、おれたちは、もう、おたがいに、はなれちゃいられなくなるよ。あんたは、おれにとって、この世でたったひとりのひとになるし、おれは、あんたにとって、かけがえのないものになるんだよ...」とキツネがいいました。
(サン=テグジュペリ「星の王子さま」)

自分を肯定するための最もシンプルな答えがここにある。
# by innerscape | 2009-05-17 03:16 | 私的詩 | Trackback | Comments(0)
ニテヒナルの検証イベントします
One Year After "THE FORTH NATURE"/「ニテヒナル、その後」

日時 2009年5月16日(土)14時~17時
場所 スペース天周辺
参加費無料・予約不要
詳しくはマルガサリのウェブサイトで。


2008年5月4日~11日にスペース天周辺で開催された「森のコモンズ」から1年。
インスタレーション作品「ニテヒナル/THE FORTH NATURE」の1年後を検証するイベントです。
土曜の午後、「スペース天」に集合し、いっしょに作品のその後を観に行きます。そのあとに天でお茶を飲みながら、1年前に撮影された作品の写真を観ましょう。

森の中で偽植物(FAKE PLANTS)を差し込んでから一年が経過します。
一年前のイベント「森のコモンズ」でさせていただいた時は、偽植物をあちこちに差し込むこで、そこにあるものがいのちかどうかを見分けながら森の中を歩き、自然をよく観察してもらうという狙いがありました。
イベント終了後、第二段階として森の中に偽植物がそのまま設置された状態で、どのような経過を辿ったのかを観察出来ればと考えております。
周りの自然がそのカタチを変化させて行くのを横目に、偽植物はそのまま同じ姿でたたずみ続けるのか、それとも朽ち果てて行くのか、あるいは周囲の自然が偽植物をも取り込み変化して行くか。
春夏秋冬を一度経る程度では結果は分からないかもしれませんが、その様子を皆さんと一緒に確かめたいと思います。


# by innerscape | 2009-05-16 15:34 | インフォメーション | Trackback | Comments(0)
次回「世界のテクノスケープ」

5月15日に京阪なにわ橋駅アートエリアB1にてランドスケープカフェを行います。
第3回目となる次回は、岡田昌彰さんをお呼びして「世界のテクノスケープ」のお話をしてもらいます。
近年、アートや観光方面からも熱い眼差しを受ける工業風景や産業遺産そして廃墟...。
そんなテクノスケープの国際比較を試みてみようというトークイベントです。
金曜の晩に少し寄り道して産業が生み出した風景の世界に触れてみませんか?


ランドスケープカフェ「世界のテクノスケープ」

場所 京阪なにわ橋駅アートエリアB1
日時 5月15日[金]19:00−21:00
定員 40名(当日先着順・入退場自由)

ランドスケープカフェは様々な風景について語り合うカフェです。今回は岡田昌彰さんを招いて世界の工業風景をご紹介いただき、アートほか観光などでも近年注目を集めるテクノスケープの魅力について皆さんと語り合います。

ゲスト 岡田昌彰(近畿大学理工学部社会環境工学科准教授)
カフェマスター 花村周寛(大阪大学CSCD教員)
# by innerscape | 2009-05-15 21:50 | インフォメーション | Trackback | Comments(0)
なぜヒーローは覆面をするのか?
映画「ウォッチメン」を観た。
この作品は旅に出ていた3月に香港や上海でやたらと宣伝を目にした作品だったので気にはなっていたのだが。

正直な感想を述べよう。
良くわからなかった。
というよりもその場で即判断できなかった作品だった。
ということは、僕の今までの事例に当てはめるとおそらく良い作品なのだろう。

この作品を解釈する時に原作の持っている性質と、それを映画にした時の性質との二つに整理して考えた方が良さそうだからだ。
まず原作からして非常に特殊な作品なのだろう。
いわゆるアメリカンヒーローが活躍する世界観というくくりでは捉えられない世界観をこの作品は持っている。これは映画にして云々という話ではなく原作がそういうビジョンを持って描かれている事を映像化したことによる制約が大きい。そこを正確に見極めなければ、この作品の正確な批評にはならないのだと思う。

もしスーパーヒーローが現実に存在していて、それが歴史上の史実に関与していたならばというのが、この作品のデフォルトとなる認識だ。
その設定を与えた時点で物語は勝手にドライブしそうな側面があるのだが、この作品はそれにさらに違うファクターをかぶせるところが非凡なところだと思う。
それは絶対者であるDrマンハッタンの存在がその一つにあると言える。

誰もが認め、逆らう事が出来ない定点となる存在としての彼はある種スーパーヒーローの中でも特異点として位置づいていて、他のヒーロとは一線を画する。
その定点があるからこそ、他のヒーローが持つ俗っぽい日常生活や人間性が際立つような気がする。
作品中の暴力描写や、性的描写がリアルなところを突いていて、うならされるところがあった反面、「おやっ」と思ったところは、やはり作品での人物の心情の描き方である。
全体的には善なる行為が善として描かれず、悪なる行為も悪として描かれないという事が記号的なものの見方に対して警鐘を鳴らしているようで好きなのだが、その反面いくつかのシーンでベタな心情の描き方をしているところがとても目についた。特に最後のオシマンディアスとロールシャッハそしてその後のロールシャッハとDrマンハッタンとのやりとりなどは紋切り型のヒーローものの定石のような気がしていて、観ている方としてはどういう視点で楽しめばいいのかが少し混乱したのが正直な感想だ。
これは原作によるところなのか、それとも映像化がそれを失敗しているのかは、僕が原作のコミックを読んでいないので何とも分からないが、これほどまでにある種マニアックな設定に立っている作品なのに、細かいところで違和感を覚えたのは事実だ。

とここまで述べておきながら以上の事とは全く違う観点で僕が興味を持ってしまったのは、覆面ということがもたらす意味だ。
なぜヒーローは覆面をするのか。
バットマンしかり、スパイダーマンしかり、日本の仮面ライダーしかり。
ヒーローはなぜ覆面をするのだろうか。
そのことをついつい考えてしまう。

劇中でもヒーローは「覆面の自警団」だと語られている。
公的に(この言い方に語弊があるならば、行政的に)位置づけられた警察や軍隊は覆面をせずに正義と呼ばれるような事を遂行する。
それはきっと個人の成果ではなく、組織的な力によって成果が求められているからである。そこに個人性というのは必要ない。
しかしヒーローというのは個人の力による正義の遂行であり、誰がその正義を全うするのかという事が非常に意味を持ってくる。
正義というのは相対的なもので、ある人に取っては正義である事も、立場を変えればそれは悪である事など過去の歴史をひもといてみればすぐに分かることである。
だからそれを遂行する人間は、少なくとも社会生活を営むという事を前提にすれば匿名性を帯びざるを得ない。社会というのは(特に民主主義社会)とても多様で様々な意見を持つ人々が居て、全うに生活を送ろうとすれば、その正義を遂行する人間が、日常生活を営む自分とは違う存在だと言い張らないと社会の仲間には入れないからだ。
だから覆面をしてある種ニセの記号に代理させることで正義を遂行しようとするのである。
正体がばれると二つの方向性でとんでもないことになる。
ポジティブな方向では、それこそマスコミが殺到し、取材が入りプライベートが暴かれ、秘密裏に正義を遂行することなど出来なくなってしまう。
ネガティブな方向では、正義を遂行された側からの報復や妬みそしりが横行し、それこそ振りかかる火の粉だらけの中で暮らさねばならないだろう。
劇中では前者がオシマンディアスで後者がロールシャッハなのだが。

だから覆面をして別のアイデンティティを獲得するのだ。
覆面されたヒーローという存在は誰でもない抽象的な記号なのである。
覆面そのもののデザインや見栄えに意味があるのではなく、覆面という行為に意味があるのだ。
だからみなヒーロは覆面をするのである。それが人智を超えた天誅や正義とでも言わんばかりに。

それでこのウォッチメンが面白いのは、やはりDrマンハッタンの存在である。
彼は正体を暴露して巨万の富と社会的地位を得たオシマンディアス以外で、唯一覆面をしていないキャラクターである。
皆がその存在を知っていて、メディアにもそのまま登場している。
それもそのはずである。
彼は覆面をする必要がないからである。
なぜなら、彼は人間を超えてしまって、社会生活も営む必要がないからだ。
正体を隠してまで社会に潜み適合する必要もない彼は、僕が考えるにヒーロではなく、得体の知れないもっと別の存在だ。
だから人間の考える正義など彼にはどうでも良く、さらに言うと人間という存在ですら永劫の宇宙の摂理の中でたまたま生じた現象に過ぎず、取るに足らないのだ。
つまり人間目線で正義を捉えていないのである。

ヒーローのヒーローたる所以は、あくまで人間目線から捉えた善悪の基準を遂行することだ。
皆が正しいと思っている事が行われなかった時に、それを代弁してくれるのがヒーローなのだが、その基準が人間目線でなくなったときにそれはヒーローではない何かなのかもしれない。
そういう意味では、ウォッチメンに出てくる他のヒーロー達は、十分人間臭く、ヒーローをしている。その生活観や苦悩、そしてコメディアンに見られるような欲望などは普通に人間目線から捉えられるもので、やはり日常感覚の延長上にしかヒーローはいないのだと思う。
日常と接点を断ってしまってはヒーローは位置づくことはない。
だからヒーローは、普通の人のフリをしながら覆面をして正義を遂行するのである。つまり覆面の中身がヒーローなのではなく、覆面そのものがヒーローなのだ。
# by innerscape | 2009-04-19 23:46 | 映画と演劇 | Trackback | Comments(0)
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