flw moon innerscape


私的風景の電脳記録
by innerscape
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

いのちとかたち

a0091712_21183.jpg


自分では節操もなく様々な表現に首を突っ込むが、一貫して“いのち”に関心があるように思える。
アートをするのもいのちが何かを知りたいと思うからだ。
役者をするのも、人のいのちのあり方を内側から知りたいという想いが強いからだ。
ストーリーを書いた防災絵本のタイトルも「いのちをまもる知恵」だ。
いのちそのものにも、いのちの集合した自然や社会にも僕の興味は尽きない。


人は「いのち」を見分けられるのか。
そんな問いが自分の中で立ったことがある。

生命科学の出自でランドスケープデザインをしていたこともあり、植物を含めたいのちに触れることが多かったせいもあるだろう。

本物の花と造花には何の違いがあるのかと疑問に思ったことが、先日行われた森のコモンズというイベントで「ニテヒナルthe fourth nature」という作品を作るきっかけの一つになった。

もし造花で人間の心が本当に満たされるのであれば、それで十分なのだと本気で思う。
水やりなどの余計なメンテナンスは必要ないし、長持ちもする。
いつも一番奇麗な状態で迎えてくれる造花の方がよほど合理的だと思う。

しかし、僕は人が植物に求めるのはそこではないのだと思う。
つまり“かたち”ではないということだ。
造花は“かたち”しかない。
当たり前のことだがそこに“いのち”はないのだ。
どれほど“かたち”が精巧に作られていてもそれは似て非なるものなのだ。

人はいのちを求めていて、いのちにまみれる中でしか生きる事は出来ない。
毎日いのちを口にして自分のいのちを長らえ、同じいのちである人間や動物に触れる事で自分の心を保っている。

だから人が植物に求めるものは“かたち”ではなく“いのち”なのだと思う。
植物のかたちを作ることは、いのちが最もスパークしている瞬間をとどめておきたいという自然への渇望の表れだと思う。
そんな自然への渇望から生まれたいのちを模したかたちを僕は第4の自然と呼ぶ事にした。

なぜ第4の自然かというと、第1から第3までは既に語られているからだ。

第1の自然は人間が手を付けずとも勝手に存在している原生自然。つまり字のごとく自ら然るべきものだ。
第2の自然は人間が飼いならした自然。つまり農業に見られるように人間の目的に応じて選択され栽培飼育された自然。コントロールされる自然の事で西洋で生まれた科学がそれを目的にして今の近代文明が出来ていると言っても良い。
第3の自然は人間が文明の中で作った環境基盤に侵入してくる自然。アスファルトから生える雑草や廃墟を蝕む植物などもそうかも知れない。建築物や土木構造物などの人工物が生み出す環境にニッチ(生態的地位)を見出し、そこへ侵入してくる自然である(宮城俊作氏の論考に詳しく書かれている)。

そのどれでもない自然の事をとりあえず僕は第4の自然と呼んでいる。
その内の一つが、造花のように自然を模した自然ではないようなもの。
それは第1から第3で述べられているような自然とは言えないのかもしれない。
でも人間そのものが自然であり、その営為は全て自然だと言うのならば、自然というものを意識した人間の表現行為そのものを自然という事も出来る。
展望台の上から街を見下ろした時に、その街のありように自然を感じる。
いのちの表現がそこにあるからだ。
工場の配管を眺める時にもそこにエコロジカルな表現を感じるのも同じだ。

また自然のウィークポイントをテクノロジーで補う人間の営為も第4の自然に今のところカウントしている。
例えば義手や義足のように身体という自然の機能をサポートする技術。
また、近年のエコロジー技術や埋め立てのような土木工事の一部には自然をテクノロジーでうまく促すサイボーグ的なものを感じる。
第2の自然と似ているのだが、少し違うように僕は捉えている。

a0091712_215429.jpg


少し話がそれたが、そういう第4の“いのち”である造花やフェイクプランツを実際の自然の中に挿入してみたのが「ニテヒナル the fourth nature」という作品だ。

そして森のコモンズの来場者のレスポンスから結果僕が感じたのは、人はやはりいのちを見分けることが出来るという感覚だ。
この森のコモンズの時にはそれ以外にいくつかの目的があったのだが、ここではそれには触れない。
ただ、“いのち”と“かたち”の違いについて人間はまだ見分ける能力を失っていない事に胸を撫で下ろしたい。
もしいのちを見分けることが出来なくなれば、人間は危ないと思う。
そして僕にはその日がすぐ目の前に来ているように思えて仕方ないのだ。


a0091712_223426.jpg


撮影:kutowns studio
[PR]
by innerscape | 2008-07-10 01:54 | 自然について

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

フォロー中のブログ

最新のトラックバック

cat play cen..
from cat play centres
farmers insu..
from farmers insura..
dirtrunnr.com
from dirtrunnr.com
canada goose..
from canada goose o..
http://www.a..
from http://www.air..
air max 1
from air max 1
nike air max..
from nike air max 95
air max 2013
from air max 2013
air jordan xx9
from air jordan xx9
mincir-intel..
from mincir-intelli..

ライフログ

検索

ファン

ブログジャンル

画像一覧