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私的風景の電脳記録
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カテゴリ:景観( 8 )

洞窟の中で

a0091712_16292177.jpg東洋最大の鍾乳洞があると聞いていたので、気になって二人で朝から原田さんの車に乗せてもらい秋吉台へ向かう。秋吉台の地下100mの場所にある鍾乳洞である「秋芳洞」は総延長が8790mもあるらしいが観光用に一般公開されているのはわずか1500mほどである。
原田さんに礼を言って別れた後、二人でブラブラと洞窟の入口まで歩いて行く。
朝早いせいかどこも閉まっているおみあげ屋通りを抜けて、杉林に辿り着いた
今朝は小雨が降っていたので、周りの杉林に生えた苔が元気そうだなどと言いながら歩いていると、いきなり目の前にそれは現れた。

中は
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by innerscape | 2007-03-29 16:14 | 景観

果ての風景

a0091712_1303469.jpg以前、エジンバラ大学からフューチャーアカデミーという一行がセンターへ来た事がある。その時に知り合ったアーティストでもあるアラン・ジョンストン教授から紹介されたランドスケープアーキテクトが大阪へ来た。
ロス・マクリーンというランドスケープアーキテクトで、GROSS.MAXのエルコの生徒だったようである。こちらで色々とアテンドをしていたのだが、諸々の仕事の合間を縫って一緒に山口県へ行ってきた。
エジンバラ大学のジョンストン教授は山口大学の美学の奥津教授、地理学の貞方教授と交流が深いようで、秋吉台国際芸術村にも今度フューチャーアカデミーがアート・イン・レジデンスの一環で訪れるようなので、今回は二人でそこにも立ち寄った。
実は山口に訪れるのは初めての経験だった。
頭の中の地図からは抜け落ちていて、イメージ出来ず何となく広島に近いイメージしか無かったのだが、あの強烈な風景を見て一気に風景イメージが刻印されてしまった。それは秋吉台のランドスケープだった。

秋吉台のランドスケープ
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by innerscape | 2007-03-28 01:28 | 景観

王様のまなざし

a0091712_0231038.jpg今日は朝から新潟へ飛ぶ。
僕は飛行機が好きだ。
空港に来ると“旅が始まるのだな”といつもワクワクする。
そしてシートに腰をうずめ、いよいよ空へ駆け上がって行く瞬間には何とも言えない高揚感を味わうのだ。
空から見下ろした街には地上で感じる匂いが無い。
全て同じテクスチュアに変わってしまった道路や住宅や超高層ビル。
地上の風景に入り込んだときに感じるあの空気感は飛行機の窓ガラス越しからは伝わってくる事はない。
むしろいつも都市計画をする時に向き合う地図から得る感覚と同じで現実からどこか遊離した感じがする。普段僕たちがしている都市計画の眼差しはこんなに現実感に乏しいのかと改めて感じる。
でも一方でその浮遊感が人が生きている街の匂いや温度の中に浸かっているだけでは決して辿り着けない問いを浮かび上がらせる事も多い。「高さ」という垂直方向への変化が、人間の認識に大きな影響与える事を再認識した。
a0091712_023446.jpg古くから権力者が街を見下ろす高台を好むのは、市井の風景の中に入り込んでいては些末なことに目が行き過ぎてしまい、街を統べる事など到底出来ないからなのだと思う。そう考えると高くから見下ろすというのはある種権力者に与えられた「権利」であり、だからこそ街の全体を考えるという「責任」が生じていたのだと思う。
でも今の世の中ではこうして簡単に飛行機に乗ることが出来て、飛行機に乗らずとも誰でもグーグルアースで世界中の街を見下ろせるようになってしまい、昔の王様と同じような権利を得てしまった。さてその時に、僕たちの中に権力者と同じような街への責任感をどれだけ持てているのだろうか。そんな事を考えているうちに足下の街は次第に雲に包まれていき、もっと完全に抽象化してしまった雲の上の世界へたどり着いてしまった。
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by innerscape | 2007-02-17 23:22 | 景観

語られなかった物語

a0091712_191771.jpg今日は被災地である塩谷集落へ入った。
震災から丁度2年を迎える今日。
村はのどかに見えるが、どこか空気が張りつめていた。
この村、この地域には同じ名前の人が多い。
「星野さん」と「関さん」。

a0091712_110312.jpg午前に訪れた木沢集落で、僕らにお茶をすすめてくれたおじいさんも「星野さん」という名前。
そして午後に訪れたこの塩谷集落でも「星野さん」と「関さん」が現場へ案内してくれた。
遠くから眺めた地震による崩落現場は想像以上にすさまじい爪痕を残している。
山と山をつなぐ稜線がえぐりとられている。

a0091712_111119.jpg大きな手が山の途中をもぎ取ってしまったかのようだ。
そして地層が剥き出た壁が出来た。
僕たちは下へおり現場を歩き回る。
星野さんと関さんの話に寄ると、この場所自体はわざわざ朝日の写真を撮りにくる人がいるぐらい絶景な場所で、かつては池をつくり鯉を飼っていたそうである。

a0091712_112515.jpg崩れてしまった後のこの大きな場所をどうしたら良いか分からずに困っている。
僕の中では何となく答えが出ているが、この場所の様子、村の空気をもう少し見てからプランを練り始めたいと思った。
夕刻になると、丁度地震があった時刻に亡くなった方に捧げる黙祷の準備が始まった。
ロウソクで描かれた「絆」の文字。
この集落では3人の子供の命が失われている。
吹きすさぶ風に消されないようにロウソクの周りに人壁を作り、炎をまもる。

黙祷___。


a0091712_1131884.jpg1分間の沈黙の後、村人は集会所へ向かった。
僕たちは村人とともに集会所へ向いそこでもてなし受ける。
地酒とともにメディアには決して語られる事の無かった災害直後の物語を聴く事が出来た。
2年が過ぎたこの場所は、まだまだ癒えることは無いだろう。
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by innerscape | 2006-10-23 01:16 | 景観

空間の重さ

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来年度非常勤講師として大阪大学の建築学科で特別講義を行うということで建築学科から直々に新年会に招待された。
会場は大阪市中央区にある綿業会館という場所で行われたのが、これが建築学科らしいチョイスである。
綿業会館は昭和6年(1931年)に日本綿業倶楽部の建物として竣工したのだが、設計は渡辺節、ヘッドドラフトマンに村野藤吾という顔ぶれの建物だけあって、ディテールがとても極細やかだった。レッドカーペットの敷かれた会談、豪華なシャンデリア、大きな暖炉に細かい模様が刻まれた壁のタイルなど豪華絢爛そのもの。映画監督が見れば涙を流して喜びそうな演劇的空間である。
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当時はリットン卿らの率いる英・米・仏などからなる国際連盟満州事変調査団が来館したこともあり、各国の要人たちの国際会議の場としてよく利用されていたようである。
会議室へも行ってみたが、長いテーブルに白いクロスが広げられ、ずらりと椅子が並べられている。こんな場所で会議すると間違ったことを言うと銃殺されそうな勢いだ。
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バチカンの大聖堂などにも通じるが、ディテールや作りこみの密度がここまで高いと空間は軽薄さを消し、異様に重々しい静謐な空気が流れ始めるようだ。
美術館のホワイトキューブのように極限にシンプルにしていくことで出来る抽象的空間の静謐さがある一方で、作りこみの密度を高めていくことで出来る重々しいリアルな静謐さがあることをしばらく忘れていた気がする。
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最近流行のガラスやルーバーで構成される軽い空間性の建築も嫌いではない。
もちろん時代背景に伴って素材の選択などが反映されるのであるが、きっと建ててから100年先まで残っていく建築はある種の「重さ」がそこに必要かもしれないと改めて気づかされた夜だった。
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by innerscape | 2006-01-06 23:57 | 景観

街への愛/愛への街

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CSCDの共催イベント、「芸術と福祉」国際フォーラムに参加するため倉敷まで出かけた。
倉敷の中心地は江戸時代、幕府直轄地である「天領」として栄えた倉敷、その中心である倉敷川畔で、ここら一体は倉敷美観地区となっている。
僕は大学院の時に、橿原市の今井町という伝統的建築物保存地区へ行ったのだが、行ったときの天気が悪かったせいもあり、伝建地区にはあまりいい思い出を持っていない。
風流な細い路地を歩いている小学生や、きれいに揃った軒並みの二階で洗濯物を取り込んでいるおばさんたちを見て、何だか不自由な生活をさせられているなぁと感じたのだ。
今井町の事を僕は良く知らないので、ひょっとすると案外そんなことはなく、みんな楽しんで暮らしているのかもしれないが。

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by innerscape | 2005-07-28 01:46 | 景観

風景の問題

確かに風景は一つの場所の問題ではなく、スケールを広げて見ないといけない。

土地を持っている人が自分の好き勝手で建物を建てて開発を進めていくことで、隣の建物や後ろの山並みと違和感を持ったものになってしまうことは問題なのかもしれない。
そうした積みあがる開発が生み出す風景の問題に対して何か手を打たないといけないということは以前より命題としてあったのだが、この6月上旬に成立する予定の景観緑三法はその解決策と成り得るのだろうか。

14日に東京大学で開催中の造園学会ではこの景観緑三法についてのシンポジウムが行われた。
対象地としては滋賀県を取り上げていたが、近江八幡市の取り組み、滋賀県の取り組み、国土交通省の景観法に向けた取り組み、文化庁の取り組みがそれぞれ紹介される。
滋賀県のような場所は琵琶湖を介した対岸の風景まで視野に入ってくるため、市レベルの取り組みと県レベルの取り組みが結びついてうまく機能していないと、ちぐはぐな風景になってしまうこともよく理解できる。

話を聞いていると、景観法は景観保全のための基本法として政府が提出した景観法案と景観法施行関係整備法案、都市緑地保全法等改正案の「景観緑三法案」から成り立っているようだ。

景観行政団体になりますという意思表示をした地方自治体は、一定区域内で建築物の色彩やデザインを規制する権限を付与すると同時に、大規模開発の際には敷地面積の25%を上限に緑化を義務づけるということになっている。

今までの景観規制は自主的な条例等で、ある程度コントロールを図ろうとする取り組みが主に行われ、強制力は無かったため有効に機能していなかったのが現状である。しかし今回の法律化では違反者に罰則や着工が認められないなどの強制力があり、そうした観点でもうまく景観を育てていけるのではないかという期待が寄せられているようだ。

もう一つの特色に、政省令の制定に当たって地方自治体の自主的な取り組みを阻害しないように配慮することになっていて、地方自治体は景観法を条例レベルでカスタマイズすることが出来るということらしい。
さらに実際にそこに住んでいる人々の意見が適切に反映されるように、住民やNPOから「こんな街にしたい」と提案された計画に対して法律がバックアップできるように機能させるようである。
と、話を聞いているだけだと良いところばかりのように聞こえるが、本当に有効に機能するかどうかは疑問な所もたくさんある。

文化性や景観的にはそれほど優れていなくても、住民が大事にしているような場所を守っていける仕組みが有効に機能するのか。今まで登録文化財等に指定されるには、造られてから50年以上を経ないと申請できなかったが、昨日できたような新しい景観は文化的景観に含まれないのか。景観法が単なるノスタルジアに作用しないか。電線のある風景を共同溝に入れてしまうべき「悪い風景」としているが、本当にその価値観だけでいいのか。こうした住民同士の価値観のコンセンサスは取れるのか。そもそも行政内部で各省庁のコンセンサスが図れるのか。

景観は法律を作ったからといって、1年や2年で帰ってくるものではなく、最低でも10年から20年を経てその効果が分かるものだと思うので是非を問うことはまだできないのだが、具体的な内容や方策が見えてこない中で法律化だけが進むことに少し不安を抱いている。

こうした法律を受けて、実際の現場に携わる僕達は考えないといけない。どうすればその土地に住む人々が自分達の環境や景観に関心を持つのか。またその価値観や未来のイメージをどうすり合わせていくのか。誰がその景観を守り育てていくのか、また誰が改変していいと言えるのか。

景観法が成立するとはいえ、依然として景観・風景の問題は大きい。
そしてランドスケープに携わる職業が、以前よりも風景とどう向き合うのかはより突きつけられることになるだろう。
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by innerscape | 2005-05-14 21:47 | 景観

13日の金曜日の都市計画話

午前中は、CSCDで環境アセスのスコーピングについての打ち合わせに出る。

環境省とNTTデータがここ2年ばかり行っていたのだが、今年はCSCDの協力も交えて進めていくことになった。地元千里のNPOの方も来られて話し合いをした。

環境アセスは開発の後押しのために行われることが多く、地域の意思がどこまで反映されるのかというところがいつも問われる。

こうした取り組みは開発があって始めて行うのではなく、常に地域の人々が自分の住む環境の事を意識して、それを何らかの形で表現しておく努力が必要だろう。

それをポテンシャルマップとして表現する方法をこれを機に考えればと思う。

会議後、伊丹空港より羽田へ飛び、東大で行われている造園学会へ出向く。
造園学会も80周年ということで、「ランドスケープの開発と保全」と銘打って開かれたシンポジウムには、日本の風土研究で有名なオギュスタン・ベルクも来ていた。
さすがに和辻哲郎などを研究するだけあって、日本語はとても堪能だった。

シンポジウム自体は、最後の1時間しか出席することが出来ず、内容はほとんど分からなかったが、会の終了後、3年ほど前に大阪の町を案内したことのあるMITの教授アン・スパーン女史を見つけたので、挨拶して少し話をした。

その後、シアトルから戻ってきていたランドスケープアーキテクトの小林氏を見つけたので、二人で市浦都市開発の事務所へ向かう。
市浦建築都市開発は市浦ハウジング&プランニングという名前に変更したようだが、個人的には変更前の固い名前の方が気に入っていたのだが。

事務所を後にして、本郷三丁目の交差点を歩いていると、以前中国の都市計画の仕事を一緒にしたことがある建築家・都市計画家の内藤氏に偶然出くわした。
どうやら内藤氏は大阪府立大学の加我先生と待ち合わせしていたようなので、そのままご一緒することにした。

その後、仕事を終えた市浦の方々が続々と合流してきて、都市計画話で大いに盛り上がる変な夜になった。
前々から聞いてみたかった彩都の開発や京阪奈の開発の是非について聞いてみた。

開発の計画を立てた当初ではリアリティのあったこれらの開発も、今の時代の必然性から言うとなかなか難しい事情があるようで、実務について開発を進めている彼らの中でも開発の是非については複雑な思いがあることを共有できた。
確かに、京阪奈で掲げられているように、日本の科学技術の発展のためには技術についての研究機関や企業、大学などの知が集積する必要があることに異論はない。
しかし、時代に応じた適正な規模があるのではないかと思う。
人口が減少の方向へ向かおうとする中、赤字を抱える財政の中、開発による環境破壊が叫ばれる中、コンパクトシティが唱えられる中、科学技術の集積という目的のために莫大な土地をさらに開発することに僕自身はそこまでリアリティが持てない。

環境アセスについて議論した朝から、大規模郊外開発の是非について議論した夜半まで13日の金曜日の都市計画話に程よく疲れながら過ごした一日だった。
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by innerscape | 2005-05-13 21:50 | 景観

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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