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私的風景の電脳記録
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カテゴリ:日常( 34 )

テヘラン

テヘランの風景。
日本とは全く違う論理で街が動いている。
きっと信じているものが違うからだ。

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by innerscape | 2007-05-13 00:06 | 日常

跳躍からの日常

a0091712_5481367.jpg横浜トリエンナーレに行ってきた。
アーティストであり、このイベントの総合ディレクターでもある川俣正氏に案内していただいて会場を回ることが出来たのはとても幸運な事に違いない。
以前、川俣氏が大阪へ来られた折に当大学の鷲田清一氏とカフェトークというイベントで対談したのだが、その後の飲み会でイベントの案内をしていただけるというありがたい申し出が実現したのは一重にCSCDの木ノ下氏の力によるところが大きい。
会場の入り口にあたる山下公園には既にルック・デルー氏のコンテナのゲートがあり、いかにもという感じがしてきた。
鷲田氏や中岡氏、本間氏などの哲学者と共に、ダニエルビュランの三角旗の下をくぐりながら会場に向かって歩き始めるのは何とも不思議な感覚だった。

a0091712_5484190.jpg第2回目となる今回のイベントは『アートサーカス~日常からの跳躍~』というタイトルで行われている。
川俣氏自身が一連の『フィールドワーク』と呼ばれる作品などで日常風景とそこへの埋没する作品を扱っているように、集められた作家も日常への再発見を促すような視点で取り組んでいる人が多いのではないかと期待を持っていた。
いくつか面白い作品があった。
街路樹に水をやったり、壊れたベンチを修繕したり、はげた横断歩道を塗りなおしたりする姿を写真に収めた『ニーズ』というディディエ・クールボの一連の作品は僕たちがマゾヒスティック・ランドスケープの中で試みている都市の介入の仕方に非常に近くて共感を覚える。
岩井成昭氏の『ミリオンママ』も面白かった。立ち並ぶ公衆電話ボックスに入るとが急に電話が鳴り出し、受話器を取ると聞こえてくる誰かの母親の声はどこかでデジャビュを覚えるともに、ギョッとする体験でもある。

a0091712_5491571.jpgミハイル・サイルストルファーの『タイム・イズ・ノット・ア・ハイウェイ』も面白かった作品の一つだ。会場へ歩いてくるまでの間に自動車のタイヤが山積みされた風景を見かけたのだが、彼の作品の前にもたくさんのタイヤが山積みにされており、タイヤの一つが壁こすりつけられながら回転している。最初見たときに意味が分からなかったが、少し引いて再び見たときに急に意味が理解できた。それは工場の中でよく見かけるような風景なのだが、タイヤが壁にこすりつけられるのには何の意味も無いという事が逆に、工場の中には意味や機能のある装置しかないはずだということに気づかされる。
他にもいくつか面白い作品があったのだが、さすがに世界30ヶ国、86名のアーティストが居ると、一貫したテーマで全体を進めていくのは難しいのだろう。
読み取りの仕方にもよるのだが、ちゃんと“日常”に根を下ろして跳躍していると感じる作品は個人的感想としては半分ぐらいだったような感じがする。

その大きな原因としては、まずは場所の設定自体がやはり非日常な(ある人々にとっては日常的であるが・・・)埠頭の先端だったというところにあるような気が個人的にはしてならない。そういう点で見ると西野達郎氏の行った『ヴィラ會芳亭』だけが中華街のど真ん中での作品だったので、周辺の方々にとって跳躍する体験だったに違いない。

a0091712_549441.jpgアートが提示する視点は、確かに日常からの跳躍である。僕たちが普段生活する中で毎日に見る風景を捉える視点がマンネリ化して新しさや面白さが見出せなくなってしまった時に、アートが提示する視点は日常を違った角度から再び発見させてくれる。
しかしそれが日常に溢れればいいと勘違いしてはいけない。そして日常を生きる人々がみんなそうした非日常のアートの視点に対してリテラシーを持っていると思ってはいけない。こうした会場へ足を運び、それを楽しむことの出来る人々はほんの一握りなのだ。
だからこそアートが提示する跳躍した視点を再び日常へのベクトルへ翻訳し、しっかりと日常空間を作っていくのがランドスケープデザインが背負っている使命ではないかと思う。
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by innerscape | 2005-10-25 05:45 | 日常

ドラスティックな日常

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深夜、作業をしていると突然ハードディスクが動かなくなってしまった。3時間みっちりとやった作業は全てあの世へ行ってしまったのは言うまでもなく、たくさん保存していた大事なデータを全て失うはめになった。

僕たちは手に取ったり、見えるモノに囲まれて生きているので、それがなくなったり壊れたりすると、そのことが分かるのだが、データは見えないし手に取れないので、完全に失われてしまったのかそうでないのかが不明である。
バックアップを普段から取っていればよかったのであるが、そうしたリスクマネージメントの重要性は事が起こってから意識されることが多い。
非常時への想像力は日常的には意識しにくいのである。

結局、夜が明けてからも色々と手を尽くしたがハードディスクのデータは復旧せず、そのまま夕刻が来たのでランドスケープエクスプローラーで進めている「アーキフォーラム」の準備へ向かう。
ハードディスクの故障の話もあり、少し遅れて行ったのだが、会場も非日常な状態が起こっていた。
プロジェクターからパソコンの画面が投影されないのである。
色々と手を尽くすが原因は不明なままフォーラムの開始時間が過ぎてもうまく映し出されず、ゲストスピーカーの遠藤周平氏にご迷惑をおかけしてしまった。
結局コネクターを単純に変えることで解決したのだが、どの部分がどう作用しているかということが複雑で、我々が把握しにくい状況になっていることにも問題があるような気がする。

僕たちは視覚に圧倒的に依存して生きているが、目に見えない部分でコントロールが聞かない状況が起きるとパニックになる。
さっきまで幸せに流れていた日常が、突然不安と焦燥が入り混じる非日常へと変化する。

現代社会で過ごす僕たちがコントロールできるものなんて実はそれほどなく、その多くは誰かが把握している科学技術によって支えられている。
しかしそれは実は非常に不安定な状態で、一歩間違えば非日常な状況に陥ってしまう。

毎日乗っているJR西日本で起きた事故や毎日食べている食品の安全性の問題、毎日生活を支えている電気を生み出す原子力発電の問題など、僕たちが過ごしている日常はコントロールできないことで埋め尽くされている。
CSCDでも科学技術コミュニケーターやコンセンサス会議を始め試みられているが、そうしたリスクを誰がどうマネージメントしていくのかという事はとても大切なように思える。

実はこうした非日常な状態が常にあって、その間をすれすれに生きている今の状況を僕たちは日常と呼んでいるとするならば、日常こそが最もドラスティックなことなのかもしれない。
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by innerscape | 2005-05-27 21:33 | 日常

最終回

今日でオフィスを去ることになった。
僕とこのオフィスの物語は今日で最終回を迎えたことになる。
これを機に1つの区切りをつけたいと、前のブログからこちらへ移ってきた。

この3年間のオフィスでの経験を思い返せば、業務内容がとても個性的だったため普通ではない様々な経験をしたと思う。
広大な荒地のごとき埋立地を大地へとリノベーションするために走り回ったこともある。
北京のシンガポール大使館で寝泊りしながらパーティガーデンの岩組みもした。
マンションの前庭の設計のため何度も現場を訪れて空間スケールの把握もした。
ヤンゴンの中心部のカンドジレイクパークのスタディのため作った大きな模型。
舗装の目地割で四苦八苦した経験もある・・・。

理不尽な事も、そしてその反対に充実した気持ちも味わったオフィスでの様々な思い出を胸にして去っていくのは複雑な気分だ。
次の職場はこの4月に新しく開設される大阪大学コミュニケーションデザインセンターといって、今までの僕がしてきたランドスケープのハードの設計とは違って、ワークショップなどのソフトデザインを実践する場である。
これからの5年ほどは『風景』というキーワードを中心に据えて、今までのものづくりによって場所を作る方法とは異なった視点で、場所をどう使っていくのか、そして風景をどう発見していくのかということを考えることができればと思う。

ところで巷では最終回がブームだそうだ。
ドラマや連載でも最終回ばかりを集めた本が売れるほど、人々は最終回に飢えているらしい。
このブームの裏側には、『終わりなき日常』なんて言われる淡々と流れる日々に、ある区切りをつけたいという現代人の欲求から生み出されているという見方も出来る。
今日は僕にとって1つの最終回を迎えるわけだが、しかしそれがいまひとつ実感がわいてこない。
おそらく僕達のようにプロジェクトをこなしていく職業は、プロジェクトごとに数多くの最終回を迎えているからかもしれない。

今回はとても大きな最終回なので実感が無いのは困ったところであるが、しかし最終回というのは案外そんなものなのかも知れない。

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by innerscape | 2005-03-25 23:43 | 日常

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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