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私的風景の電脳記録
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カテゴリ:アート( 46 )

大阪赤十字病院での「霧はれて光きたる春」の報道

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おおさかカンヴァス事業に助成してもらい、大阪赤十字病院で行いました「霧はれて光きたる春」が新聞2社に報道されました。

日経新聞 3月6日
神戸新聞 3月31日


テレビメディアの報道はありませんが、先日オープンしました江之子島芸術文化創造センターで本年度のおおさかカンヴァス事業の募集イベントにて、少しだけトークに出ました。
その様子が関西ウォーカーTVでご覧頂けます。

http://www.ustream.tv/recorded/21827050

開始52分頃から10分ぐらい話しています。
ご興味ある方は是非ご覧下さい。

ちなみに隣は、久しぶりに再開したベルリン在住のアーティスト西野達さん。
夜の大阪を二人して闊歩していたのが懐かしい。
このイベント終了後に、僕のアトリエへ一緒に行って色々と今後の話を練ったりした。

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by innerscape | 2012-04-15 19:38 | アート

「おおさかカンヴァス」でのインタビュー

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2月24日に大阪赤十字病院にて終了した拙作「霧はれて光きたる春」のインタビュー映像が「おおさか
カンヴァス」のウェブサイトのアップされています。

以下リンクです。


ハナムラチカヒロインタビュー映像


作品の制作途中の裏話や葛藤などを赤裸々に語っておりますので、是非ご覧下さい。
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by innerscape | 2012-02-27 15:54 | アート

「霧はれて光きたる春」をバリアフリーラボで話しました

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現在実施中の拙作インスタレーション「霧はれて光きたる春」について、ソーシャルネットワーク大阪の「バリアフリーラボ」で話してきました。
実施中に自作について語るという希有な体験をいただき本当に感謝。
やはりやっている最中なので、語りに熱が入ってしまった。

普段は聞くことが出来ない裏話などもしてますので、ご興味在る方は是非。
http://www.ustream.tv/recorded/20619385

本日は雨模様だったが、また奇跡が起こった。
開始15分前まで降っていた雨が、開始時間にはピタリと止んで、滞り無く実施することができたのだが、その話は今日は語っていないのでまた別の機会で。

「独白する不純物」のことや風景異化のことなども話してます。

詳しくはこちらで。

バリアフリーラボ

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by innerscape | 2012-02-22 23:51 | アート

霧はれて光きたる春の制作後の覚書

途中様々な課題があったが、「霧はれて光きたる春」をひとまず終える。多くの患者さん達がたった30分間だけだが、希望に満ちた表情に変わるのを見ていると、涙が出そうになる。僕自身とてこの風景の前で特権的な立場ではなく、それを享受し希望に満ちた表情に変わる一人なのだと言うことを知る。

演出に対していくつか意見をいただいたが、そもそも「演出された何か」というまなざしでこの風景を見つめること自体が間違っていると途中で気づいた。もちろん仕組んではいるのだが、誰かに仕組まれ、楽しまされるのを享受するという枠組み自体が不毛で、わざと過剰な演出を止めている。

演出がどうこうという視線で人はすぐに評論をしたがる。そこで起こっている現象をただ「感じる」というまなざしを忘れて、すぐに解釈したがるのだ。特にこの作品について何らかのイメージを最初から持っている人はこれを記号として受け止める。そうしたまなざしでは何ら発見も異化もないだろう。

記号化された段階で、おそらくこの取り組みは異化の賞味期限を失う。そうなれば、ひょっとすると次はもう無いのかもしれない。風景とは一期一会である。これが起こることを期待するようになれば、それは奇跡ではなくただのエンターテインメントになってしまう。

パラドックスがあるのだが、多くの人がこの取り組みを知れば知るほど、そして社会的に評価されればされるほど、この取り組みを継続して行くことは力を失うのではないかと思っている。まだしばらくは必要だろう。それにまだまだ社会にこの視座が足りていないことは間違いないのだから。

結果や形にすぐに人は何かを求めたがる。しかしまたその形を再現しようとすることでその本質的な問いを忘れてしまうことがあるのではないかと、今回も再認識させられた。そのことに気づけたのが、今回の僕にとっての最大の収穫だ。もちろん患者さんや病院の職員さんたちの笑顔の収穫とは別として。

今回の「おおさかカンヴァス」に選出されたアーティストの中で僕の作品だけが非公開だ。それは実はとても重要な意味を持っているように思える。この作品は見たいと思っている人たちに届ける作品ではなく、そんなことを考えもしなかった人々と一緒に僕が見たかった風景なのだ。

この風景を目撃した人は限られているかもしれない。しかしきっと記憶に残って行くだろう。いつか忘れたり薄れたりするかもしれないが、こういう風景を見たことがあるというのは、生きて行く上で何かとても大切なことのような気がする。何か刺激を与えられ消費されてしまうようなものではないと思う。

刺激を演出し、記号化し、消費出来る構造に乗せればそれはビジネスになる。しかし、それはすぐに新しい刺激に上書かれてしまいきっと人の記憶には残って行きにくいだろう。演出するということはその危険性がつきまとう。初日と二日目の反応で僕が気づいたのはそのことだ。危うく囚われるところだった。

この取り組みにおいて僕はマスとして人を扱うエンターテインメントをしたかったわけではない。患者さんはそれぞれ病状も違えば悩みも違うのだ。何かを届けるのではなく、一人一人が何かをつかみに行くような風景のあり方が重要であり、それはこちらから何かを与えるという不遜な態度ではダメだと思う。
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by innerscape | 2012-01-27 00:21 | アート

作品制作途中で悩んだことの覚書

抽象的なことがらを理解出来ないとすぐにしてしまう態度が嫌い。そんなにすぐに理解せねばならないのかと思うし、理解出来ないことを許容出来ない感性の方が貧困だと思う。時に理解するよりも感じてみようとすることの方が重要なこともある。

意義が感じられないのは自分の感性に問題がないかどうか疑ってみる態度を持ちたいし、誰かが命をかけて取り組んでいることを、意義が感じられないと簡単に片付けてしまうような浅はかな態度を僕ならば取りたくはないのだが。まさに想像力の欠如がもたらしている罠だな。

一晩熟考したら、だんだんと原因がわかって来た。技術的な問題ではなくマインドセットの問題だな。何として見るのかという構えを問題にせねばならないのだな。風景異化とか研究しているのに何たる落とし穴。まだまだ修業が足りない。

何かエンターテイメントのようなものを期待しているマインドを切り崩さねばならない。これはとても本質的なところだ。

戦いと争いは似て非なるものだ。誰とも争わずに戦う方法はあるはずだと思う。本当の戦いとは「争い」に対して向けられるべきである。

全て終わってからの総括が必要だが、いくつかのコメントから察するに、今回の取り組みも、既に何かの記号に回収されかけていることに危機感を覚える。記号を解体するはずの取り組みが記号として回収されるとは何とも情けない話しかもしれない。

一方でその記号を破壊するためにはある種の力が必要だ。現代において共有されている力とは資本の事であり、資本の大きさに応じて力の大きさが決まる。ここに矛盾があるのが、記号を解体するための力を得るためには記号化されねばならない。記号化したフリをして解体するという本質を思い出さねば。

そうでなければ「戦う」ために「争う」という構図にまた陥ってしまう。争いを通過せねば戦えないという理屈は20世紀で終わりにするべきである。

我々が戦うべき相手とは誰か他の人ではないのだ。他者と戦うマインドを持つので争いが生まれるのだと思う。争うことに対して仕向けられる様々な誘惑と戦うことが本当の戦いかもしれない。

我々のマインドは簡単に書き換えられてしまう。その書き換えられたマインドが風景の見え方を変化させるのだ。我々が信じるに足るべきものを失い、長年に渡って書き換えられ、今もそれが持続するように上書かれているマインドをどうずらしていくのか。異化の戦いとはそういうものかもしれない。
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by innerscape | 2012-01-25 00:26 | アート

表現とアイデンティティについての覚書

昨夜の「独白する不純物」の打ち合わせは昼間のインスタレーションの影響もあり、少し掘り下げれた気がする。音の調整やりながらだったから集中は出来なかったが、伝書鳩での僕のプレゼン聞いてもらったので狙いを共有出来たことが随分と大きい。

しかし伝書鳩での自分のプレゼンの出来は「公演」としてはいまいちだった。やっぱり時間がネックだな。前の人達の時間が延びたので、気になってパフォーマンスが落ちた。内容的には薄くなるが20分ぐらいでコンパクトに話せるようなものも必要かとは思うがテーマがシャープならそれも可能だな。

社会の中で何かの表現に取り組むというのは色んな批判の眼にさらされることになる。特にそこに利益や害悪が絡むと余計にシビアな意見が飛んでくることは覚悟せねばならないし、一度自分を突き放さねば成長出来ないことも多い。ある枠組みにあぐらをかいていては見えない成長があるように思える。

年齢によらずアイデンティティと自己肯定感の問題は常につきまとっている。しかし自分の成長と成熟のためには一度それを突き放してセルフイメージを更新する必要がある。更新しても更新しても消えない部分に本当のアイデンティティと業が見え隠れしているのだと思う。

自分を否定するのはとっても難しいことだが、それが出来ないようになれば考えが深まることはないのだと思う。人に否定してもらってもよいが、下手なやり方だと壊れてしまうか防衛本能が働いてしまうので、出来れば自分で出来た方が良い。否定しても否定しきれない自分の良さが分かれば強くなれる。
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by innerscape | 2012-01-23 00:46 | アート

「へそで茶を沸かす」実践中

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♭で11月5日を皮切りに行われる日韓合同企画Project HOUSE。
イダンが♭にレジデンスし始めてから2週間ばかり経つが、面白いことになってきている。

11月5日には♭のオープニングも兼ねた盛大なパーティを企画中だが、11月は関連イベントも続々と決まり、緑橋周辺が面白くなりそうだ。

アーティストのイダンは隣の廃屋でインスタレーション作品を作るのだが、それ以外に現在ソウルにのカウンターパートのギャラリーに居る奥中さんと毎日、日韓のことわざを交換してそれを互いが実践するというミッションプロジェクトを展開中。
フラットから半径100m以内の場所で、イダンが様々なパフォーマンスを繰り広げている。

日本のことわざの意味を彼女は知らない。だからそれを実践するのだが、周辺からは奇異な目や好奇心で見られる事が多々ある。
凝り固まってしまったコミュティに異星人のようなアーティストが入る事で風向きが変わる。

それをとりあえず一つ一つ実践していこうと思う。

プロジェクトの様子はこちら。

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by innerscape | 2010-10-09 17:46 | アート

アートは廃屋の可能性を開くか

日韓合同アートプロジェクトのためにイダンが♭へ来て5日経った。
今日から本格的に素材を見つけに行ったり、表現を考えている。

韓国のギャラリー「テレビジョン12」の方では既に奥中さんが今日から訪れているはずで、向こうは向こうでこれから本格化するだろう。
木曜日に僕が行った時には向こうでインスタレーションを展開する予定だった家が取り壊されていたのだが、一体どこで作品を制作するのだろうかと心配している。

さて、うちの♭の横には古い打ち捨てられた日本家屋がある。
便宜上♭♭(ダブルフラット)と呼んでいる場所だ。

ここを使ってイダンは作品を作ろうとしているが、この日韓プロジェクトには2つの大きなくくりがある。

一つはミッションプロジェクトと呼んでいるもので、互いのアーティストがそれぞれミッションを相手に出し、それをクリアするというもの。
どうやら日本と韓国の風習の違いやことわざなどに起因するミッションになるようで、規範として何を共有しているのかを浮き彫りにしようとしている。

もう一つは場所に根ざしたスペースワーク。
こちらはそれぞれの「家屋」に作品をインストールしていく。

彼女とは2日間ほどみっちりとディスカッションしたが、シャープな感性の持ち主だということがすぐに伝わる。日常生活というところにインスピレーションを得ながら作品を制作する作家で、手法は毎回異なる。
自分もそのタイプの作家だと思うが、一つの表現で一つの問いを発し続けることにある種の疑問を抱いている。彼女もそのタイプだ。

今回のこのプロジェクトにおける僕の意図の一つは、打ち捨てられた場所で、別の可能性をアーティストの表現が開くのかどうかということだ。
フラットでは自分が表現者としてそれを実践してきた。
倉庫にしか使い道の無かった場所にデザインを施し、様々な出来事を投げ込む事で2年経った今、場所にはある一定の価値を想像出来たのではないかと思っている。

次はそれをデザインという形ではなくよりパーソナルな表現としてのアートで開いてみるのが次のフェーズだ。
経済活動と結びつきにくいアートはなかなか位置付きにくいと思うが、それを一度限りの展覧で終了するのではなく、ストックとして場所に集積させることが重要ではないかと感じている。

果たしてアートはこの廃屋で可能性を開くのだろうか。
それを是非11月に確かめに来て欲しい。
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by innerscape | 2010-10-03 14:56 | アート

霧はれて光きたる春

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3月8日から12日までの5日間、大阪市立大学附属病院でアートインスタレーションとして作品を作った。
タイトルは「霧はれて光きたる春」。
かつて埋立地のデザインなどしたことはあったが、これまで自分がアート作品として作った中では最大規模かもしれない。

市大附属病院は3年ほど前からアーティストとして関わらせてもらっていて、小児科外来の壁に作ったワークインプログレスの作品「タングラムランドスケープ」や、6階の中庭で詩人の上田假奈代さんと一緒にした「風のおみく詩」などがあるが、今回はどうしようかと正直悩んだ。

一つにはまず“どの場所を使ってもいい”ということだった。
前回までは「ここでして下さい」と場所を指定された中でのインスタレーションだったので、可能性が限定されることもあるが、その分出来る事も決まりやすかった。
しかし今回は「どこでやりますか?」と言われた。
これは作家としてはとても嬉しい。
信頼されている事の証でもあるからだ。
しかし、その分プレッシャーものしかかってくるのは間違いない。
特に病院という施設は人の生死に関わることが毎日起こる場所で、社会の中でも最も厳しい施設とも言える。
そこで何か一つでも間違いがあって事故でも起こればそれは即座に芸術表現と社会との接点を持つ可能性を閉ざす事につながるのだ。
だからまず、この場所が持つ可能性を探ることから始めた。
アーティストが出来る事はそれぐらいしかないし、それが重要なのだと思った。
誰も想像しなかった扉を開くこと。
一度開かれてしまえば、コロンブスの卵と同じで後は誰かが引き継ぐ事が出来る。
その扉を開くまでがアーティストの本当の役割なのだと思う。

さてよくよく考えてみれば入院経験が無い自分は病院のことをあまりにも知らなさすぎるということに気づき、11月頃から院内のリサーチを始めた。

市大病院は18階建てなのだが、5階までは外来病棟で、6階から上は全て入院病棟になっている。
そして6階から18階までの入院病棟は階ごとにそれぞれの病棟が分かれていて、階が違えば全くコミュニティが違い、普段は会話やコミュニケーションをすることはない。

しかし、一つだけ可能性のある場所があった。
それが6階から18階までの全ての病棟をつなぐ明り取りの吹き抜けだ。
この吹き抜けは人が出る事の出来る場所ではなく、光を取り入れる以外の機能を全く持っていない場所で、普段は誰も見向きもしない空間だ。
しかし、全病棟が面していて、しかも4周ガラス張りになっているので見ようと思えば上下左右の病棟を見渡す事が出来る場所だ。

ここに出来事を起こす事できっと人々が視線を交わしコミュニケーションを図り始めるのではないかと考えた。
しかもここで起こる出来事はきっと圧倒的な出来事でなければならないのだと感じた。
それは圧倒的な風景を目の前にした時に、きっと人は自分が今置かれている立場や利害や役割を忘れて一人の個人へ立ち戻る事が出来ると感じているからだ。

だから、ここに二つの現象をおこした。
それが下から立ち上る濃い霧と、上から降り注ぐ光としてのシャボン玉だった。

結果は、思惑通りだった。
800人が入院するこの病院の人々が医師や看護士や患者という立場を一度忘れて空を見上げ、降り注ぐ光を眺める光景は、作品として自分で意図的に引き起こしておきながら、それは胸を打つ風景になった。
初めて見るはずなのに、どこかで見た事のある風景。
僕らは空から何かが降ってくる風景をどこかで体験した事があるはずなのだ。
今回は音楽もプロデュースし、全館放送で流したのだが、そこでもどこかで聞いた事のあるような記憶に訴えかける音作りを目指した。
入院病棟という閉じた空間でのたった30分の現象だが、そんな時間を持つ事はきっと闘病生活に何かの意味をもたらすはずだと信じている。
病と闘うといいうことは決して身体を治療するだけではないのだと思う。
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治療中の入院病棟で行われているということとで、告知も出来ず多くの皆さんにはお見せ出来ない風景だったが、幸いなことに3月9日付けの毎日新聞夕刊の一面と、4月1日付けの読売新聞の文化面に掲載してもらう事が出来た。
たった5日間の小さな成功事例かもしれないが、人は精神生活をいかに送るのかということは芸術の考えるべき大切なことだし、それは美術館の中だけで閉じこもるべき問題ではないのだと思う。
そのことをまた一つ確信したように思える。

霧はれて光きたる春

病は霧の中を進むように
不安で前が見えず
足下もおぼつかない中
ただじっとしているよりほかないが
降りやまない雨がないように
昇らない陽がないように
霧もいつかははれるだろう
霧がはれた空からは
無数の光が降りそそぎ
その向こうにはたくさんの笑顔がみえるだろう
いつかその日が来ることを信じながら
春が来ることを待つ



このプロジェクトに関わった全ての人々に感謝を込めて
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写真:禁無断転載
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by innerscape | 2010-03-12 23:33 | アート

「霧はれて光きたる春」の速報

「霧はれて光きたる春」という壮大なインスタレーションを行っています。
本日の毎日新聞の夕刊トップに写真が掲載されましたが、霧とシャボン玉を使ったインスタレーションです。

毎日新聞トップ
シャボン玉アート:入院患者楽しませる 大阪市立大病院で


音楽はかなり苦労して制作しましたが、眼前の現象と合わせて、初めて見るけどどこか懐かしい風景を表現しました。
入院患者向けの作品なので、特別な場合を除きご覧いただけませんが、詳細はまたこのブログにてご報告致します。
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写真:小川昌宏(毎日新聞)
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by innerscape | 2010-03-09 13:05 | アート

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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