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私的風景の電脳記録
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カテゴリ:アート( 46 )

羽毛の地平

a0091712_234941100.jpg半年ほど前から関わっていたエンターテインメントコンピューティング2007という学会がついに今日始まった。
僕は運営委員及び会場デザイナー兼アーティストという複雑な立場で関わり今日までやってきた。普段大学の催しもので使用されるホールで行われているのだが、昨日の会場セッティングでその様相をがらりと変え、別の場所のようになった。
a0091712_23501369.jpg400㎡に何十キロの羽毛を敷き詰めるなんてことはおそらくこれから先の人生でもないだろう。それに訪れる人も、設営に携わる人も、ホールの人も僕も誰もかれも、こんな風景は後にも先にもこの3日間の一度きりなのだ。きっとアーティストの役割はそこにある。人生に一度しか見る事の出来ないような風景を用意すること。そこに今回僕の課せられた使命があるのだ。
a0091712_23504060.jpg今日の舞台挨拶では、言葉ではない方法で行われるコミュニケーションについて話した。
「場を読む、空気を知る」という言葉がこの学会のコンセプトとしてみんなで紡ぎ出したものだが、それを僕は言葉ではない方法、それこそ空気感で伝えたかった。
言葉は色んな意味やコミュニケーションを生み出す。でも反対に意味やコミュニケーションを限定してしまうこともあるのだ。
言葉では汲み尽くせない感触を表現することに、イメージの力があるのだと思う。
明日は平田オリザ氏の講演があり、明後日はぜんじろう氏の講演があるが一般公開ではないので、なかなか来るのは難しいのではないかと思う。それでもこの羽毛の地平が開く風景を見たいという人は勇気を振り絞って吹田キャンパスコンベンションセンターまできてもらえればと思う。
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by innerscape | 2007-10-01 23:56 | アート

場を読む 空気を知る

a0091712_4531021.jpgこんなタイトルで学会が開かれる。
エンターテインメントコンピューティング2007という学会だ。
当センターの平田オリザ氏や芸人のぜんじろう氏などを招いた講演もある。
僕はここで実行委員および会場デザイナー兼アーティストとして関わっているのだが、なぜだかいつも連日徹夜続きになってしまうのだ...。
だが、今回も結構面白いことをしますよ。
なんせ400平米のホールの会場全体に羽毛を敷き詰めるというインスタレーションですから(笑)。
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10月1日から3日までの3日間、大阪大学吹田キャンパスのコンベンションセンターで行われてますが、学会参加なのでなかなか一般の方は来れないかもです。
せめてコンセプト文と実験時の写真だけでも載せておきます。
またのご報告をお楽しみに...。
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「場を読む 空気を知る」

目には見えにくいが僕たちの命を支えている大きなものが二つある。
それは大地と大気だ。
どちらが無くても人は生きる事が出来ない。
大地と大気は地球上をくまなく覆いつくし、国家や人種や人間が定めるつまらない規則を超えてずっと繋がっている。そのスケールは大きすぎて感覚的に捉える事が難しいだけなのだ。小さな人間である僕たちがかろうじて知覚出来る大きさにすると、大地は“場”へ、大気は“空気”へとスケールダウンした言葉になるだろう。

場も空気も、世界中どこであろうと常に僕たちを取り巻き、その生活を支えている。
最近でこそ、「意識せず、いつでも、どこでも、だれでも」が恩恵を受ける事が出来るインターフェイスを目指したユビキタス社会などと言われるが、場と空気は僕たちが生まれるはるか昔から文字通り「偏在」したきた究極のユビキタスである。
だが場と空気はあまりにも人間の生存条件と一致しているため、普段の生活の中で忘れさられていることが多い。特に視覚中心に過ごしている僕たちの生活の中では、こうした見えないものはことさら意識にのぼりにくい。しかし確実に僕たちの生命に影響を及ぼしていることは間違いないのだ。どこであろうと場を失うと人は生きて行けないし、呼吸困難に陥った時には空気のありがたさを知るだろう。
場と空気は僕たちが生きて行く上で欠かせない要素なのだが、そうした生物学的な意味を外したとしても、人と人とのコミュニケーションの局面でも実は欠かせない要素なのだと思う。
それは物理的な場と空気ではなく目には見えないが、人が寄り集ることでその間に形なき場が生まれ、コミュニケーションを図ることでその間で共有される空気が生まれる。コミュニケーションの質は場と空気へ影響を及ぼし、逆に場と空気の質がそこでのコミュニケーションの質へ影響を及ぼすのだ。それはテクノロジーがいくら進化しようとも、人が居る以上変わらないものなのだと思う。
いつの時代も場とは見るものではなくその関係性の中で読まれるものだし、空気は見るものではなく、息づかいや肌触りを通じてその存在を知るものなのだ。
そして決まった形があるわけではない場や空気の存在は、いつも「現象」として呼び起こされることで発見されてきたのだ。
だから場を読み、空気を知るための現象を呼び起こすインターフェイスとして僕はここに発泡スチロールと気泡シートとフェザーを挿入した。
空気を膨らませて成形した発泡スチロールと空気を内包した気泡シートを会場全体に偏在させ、空気をそこに固体化させ場を生むこと。そして微妙な空気の流れに応じてフェザーが舞うことは確実にそこにある空気の存在を僕たちに伝えてくれるだろう。
僕たちの身体の動きに応じて、フェザーはひとところにとどまらず右へ左へと移ろっていき、正反対に流動せずにじっととどまる空気としての発泡スチロールのキューブが織りなす風景は読まれる場の形を豊かにすると思う。こうした現象の狭間に立つことで僕たちは場を読み、空気を知るのだ。そしてそこで呼び起こされる現象は大地と大気へと通じているのである。

大地は長い歴史の中で人々によって奪い合う対象として眺められて来た。そして大気も今や地球規模の大気汚染や二酸化炭素の排出権などの形も含めて奪い合う対象となりつつある。
そのような時代だからこそ、もう一度大地へつながる場を読み、大気へつながる空気を知ることが僕たちには大切なことなのだ。

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by innerscape | 2007-09-23 04:54 | アート

タングラムランドスケープやってます

a0091712_23385170.jpg大阪市立大学の病院でインスタレーションをした。
正確に言うと「している」。
というのは今回は「ワークインプログレスタイプ」の作品を考えているからだ。
a0091712_23391936.jpg題して「タングラム・ランドスケープ」。
これは市大病院の小児科医でもあり、船場アートカフェで僕と同じくディレクターを務める山口悦子医師から頼まれたプロジェクトである。
市大病院の小児科外来で工事中の仮設の壁が診察室の前に出来たのでそこに何かをして欲しいと頼まれた。

a0091712_23411786.jpg病院というのは結構待ち時間を持て余すものだ。
特に小児科は子供が大半なので(あたりまえなのだが)、気の多い子供にとっては時には2時間を超すような待ち時間が苦痛でたまらないのだろうと思う。
僕がそこで考えたのは、子供達が待ち時間を使って関われるアート。
しかもそれは図工やお絵描きが得意でなくても簡単にかかわれて、なおかつ全体としてもバランスを失わないようなものを考えた。

a0091712_23414715.jpg「タングラム」という7つのピースからなる図形パズルがある。
もともとは中国で生まれたパズルでタンという青年が瓦を落としてしまって割れた破片から考案した図形パズルなのだが、後々図形を表す「グラム」という言葉がついて「タングラム」という名前になったようである。「不思議の国のアリス」の原作者ルイス・キャロルやフランス皇帝のナポレオンなんかも夢中になったようである。
そのタングラムを使ってみんなで作る風景を考えた。

a0091712_23422398.jpgまずは大きく僕の方で壁一面に空と大地と海を描く。
それにカッティングシートのタングラムを使って登場する人物や動物やモノなどを貼り込んで風景を作って行くのだ。
色は全部で10色を用意して、その中から7つのピースをくみ上げて描いていくのだが、これが結構ハマってしまう。

今日から1ヶ月やっていて、毎日記録が取られるのだが、どうなっていくか楽しみである。
ご興味を持たれた方は一度覗いてみては(というより参加されては)いかがでしょうか。
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by innerscape | 2007-01-22 23:15 | アート

「何を」から「いかに」

僕の単なる妄想かもしれない。
しかしだんだんと現代アートは主題よりも手法に重きが置かれるようになってきたのような気がする。いや現代アートのみならずメディアでも政治でも同じで、たくさんの情報があふれている中では、新しく取り上げる(何を)ということは結構難しくなってきて、その取り上げ方(いかに)の新しさに焦点が移行している感じを受ける。

20世紀のアートの発達を眺めると印象派の絵画の手法も、時間を2次元に塗り込めたキュビズムの手法も、マルセル・デュシャンが既製品の便器を選んできて「泉」というタイトルをつけたことも、アンディ・ウォーホールが行った一連の表現も、描かれているものよりもその描き方が問題にされていて、モノを描く技術よりもモノを見つめる眼差しの方にクリエイティビティが置かれている。これはアートの中でも写真の世界が「何を撮るか」から「いかに撮るか」の問題へ移行して来たことと無関係ではないだろう。

情報過多の中で僕たちは色んな物事を既に知っているが、僕たちが知り得ている物事には様々な側面があって、それを切り出し方によってあらためて発見することの面白さは様々な分野を横断してみられる傾向だ。しかしそこに危機があるとすれば「いかに」切り出すかという事が結果としてもつインパクトが「何を」や「なぜ」といった本質を翻弄してしまわないかと言う事だろうか。
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by innerscape | 2006-12-18 02:08 | アート

大地の芸術祭へ

a0091712_1535063.jpgCSCDの減災チームのお誘いで、震災から2年目を迎える中越へ訪れる事になった。
減災チームは神戸の震災以降、地震を中心に災害ボランティアのネットワークやその後の街の復興などにおけるおけるコミュニケーションデザインに取り組んでいて、中越地震についても災害直後からずっとその経過を追いかけている。
今回僕が呼ばれたのは、被災した村の中に震災で崩落した山がありどうにも扱えないような
a0091712_1542938.jpg土地2haほど出来たらしく、そこのランドスケープを何とかして欲しいという事からだ。
最近、インスタレーションやイベント会場のデザインなど一瞬にして消えてしまうような空間デザインばかりしていたので、こうして大きな大地をと大きな時間を扱える仕事は実に久しぶりである。
そんな事で冬前の雪国へ出かける事になったのであるが、その前に行っておきたい場所があった。それは越後妻有。

a0091712_1551451.jpgこの夏、越後妻有では3回目のトリエンナーレ「大地の芸術祭」が行われていたのだが、結局タイムオーバーで行けずじまいだったので、これ幸いということでそちらへ立ち寄ってから中越へ向かう事にした。
個人的には、この芸術祭2003年に完成した「森の学校」のコンペにE-DESIGNと一緒に応募していた経緯もあり一際思い入れがあったりするのだ。
a0091712_1562725.jpg結局コンペでは手塚さんのチームが出した「キョロロ」に負けてしまったので、それを見に行きたいという想いもある。それで最初にキョロロへ行く事にした。
キョロロは外壁がコールテン鋼で出来ている展示施設で、周辺の風景にいい感じでなじみつつ違和感があって、たたずまいとしてはとても面白い。

a0091712_1555862.jpg中には周辺地域に息づく生物がそのまま展示してあったり、木材を使って工作が出来る場所などもありよく出来ている。個人的には大きく撮影された昆虫の写真がインパクトもあり面白いと想った。我々のプランでは屋外空間をかなり使える空間にしていたのだが、ここでは駐車場にほとんどその面積を取られているのが残念である。
次に松代の駅前にオランダの建築ユニットMVRDVの能舞台を見に行く。

a0091712_157673.jpg手のひらを伏せて中央を持ち上げたような形をしているこの建物は冬場には下のオープンスペースが全て隠れてしまうぐらいの量の雪が積もるらしい。
周辺には他のアート展示がたくさんあった。
施設の中も何人かのアーティストの作品がそれぞれ展示されていて、きっと地元の人はいきなりこんな施設が出来て面食らっただろうなと想う。
アートは力を持っている。それは時として暴力にもなり、また場合に寄っては何かを突き動かす力にもなる。
この大地の芸術祭がどちらへ動いたかは分からないが、とにかく何かが動いた事は間違いなさそうである。
僕も今度中越で大地に芸術を施すかもしれない。それは何かの力を持つのだろうか。それとも何の力も持たないままなのだろうか。
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by innerscape | 2006-10-22 01:35 | アート

フシミコードの最後の作業


a0091712_1105611.jpg船場建築祭でお世話になった伏見ビルの配管塗装に行って来た。
ビルそのものがかなり年月を経て痛んでいるので、インスタレーションをした時に随分と塗装をはいでしまったので、それの修繕をするまでが作品の一環なのではないかと想い、午後からペンキ塗りをする。

a0091712_113034.jpg塗り終えてみると元の状態よりも良い感じに仕上がり、インスタレーションの際に1日だけ与えられた命は、何事もなかったかのように静かにたたずんでいる。
こうして白いペンキを塗りながら想うのは、色んな手が加わりながらこのビルの歴史は進んで行くのだなと言う事である。人の手がその場所を汚す事もあれば、人の手が新たに加えられる事で次のステージへと進んで行くこともある。街も建物も同じなんだな。
船場建築祭当日のインスタレーションの様子を写真家の八久保さんが撮ってくれたので、遅ればせながら公開します。

graf服部氏とのコラボレーション→
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撮影:八久保敬弘
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by innerscape | 2006-10-21 01:01 | アート

軽く深い人

a0091712_3175963.jpgラボカフェプロジェクトのトークプログラムのためにドイツから西野達さんを御呼びしたのだが、結構気があってしまった。ラボカフェの会場も結構気に入ってくれたようで、何か一緒に出来ればという話も少しし始めている。今日はCSCDと大阪府現代美術センターが共同で発行しているフリーペーパー「plug」で先日行われたラボカフェを取り上げるということで編集会議をしたが、それが終わった直後に西野さんから電話があって、二人で夜の心斎橋で飲み歩くことになった。

a0091712_3172725.jpg西野さんは世界的に有名なアーティストで,ドイツ、スイス、イギリスなどで様々なプロジェクトをしていて、この間の横浜トリエンナーレや、銀座のメゾンエルメスの屋上などで作品を作っている。
外部にあるオブジェクトを見事に内部に持ち込まれたオブジェクトへ変換してしまう手法などは、これこそ世界の見方を変えるアーティストの本当の仕事だと思ってしまう。
そういう意味で前々から西野さんの作品には注目していていて、かなり感性も近いと思っていたのだが、そうしたアーティストとしての西野達以上に人間としてこの人はいい人だなと感じる。

純粋で屈託がなく、世界的に有名なのにとても謙虚だ。そして何よりも軽い(笑)。でもその背後には深く考える態度が見え隠れしている。
自分のロールモデルにするには少々リスキーだが、純粋に話していて生き方に共通点や共感できる部分が多い。来年から今のドイツ生活を離れLAへ行ってしまうが、また何か一緒に出来れば楽しいだろうな。
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by innerscape | 2006-10-19 03:01 | アート

与えられた儚い命

船場建築祭が終了した。
4つの近代建築とシンポジウム会場の合計5つの場所で行われたが、話を聞いていると結果はひとまず成功と言えるのではないかと思う。
僕が今回インスタレーションさせていただいた会場の伏見ビルでも1日だけで240人の来場者を超すような大盛況だった。
結局たった1日限りで作品は撤去したが、多くの方に何かを感じていただけたということで充実感を感じている。グラフの服部氏がされた詩のインスタレーションも僕のものと合わさり場のイメージアビリティを高めていたと思う。
今回は、登録文化財である近代建築でインスタレーションさせていただいた船場アートカフェに感謝するとともに、制作を支えてくれた多くのボランティアスタッフに感謝したい。そして何よりも46年間もこの場所を守り続けてきたオーナーの上村さんの存在無しでは作品そのものが成立することは無かったと思う。
本当に感謝するあまりである。

作品の記録については写真家の八久保さんにお願いしてずっと撮ってあるので追って公開しようと思うが、ひとまずは朝日新聞の取材で来られたフリーカメラマンの山崎さんから写真をいただいたのでアップしたいと思う。
以下は会場で配られたコンセプトペーパー。

____________________________________

インスタレーションと呼ばれる行為の意味を今でもずっと考えている。
何かをその場所に“挿入する(インストール)”ということを意味する言葉だが、単に作品を設置するという意味ではなく挿入されたものを通してその空間で発見される“何か”が大事なのだと思う・・・。
もともとホテルとして建てられたこのビルを現在のオーナーの上村さんが手に入れてから半世紀近く時を経ている。その間ずっと竣工当時の空間性を出来るだけ維持しようとして色々と手を尽くされたそうで、今でもこの伏見ビルが柔らかい空気感を保っているのは上村さんのそうした努力の積み重ねの他ならないと思う。
この場所に身を置いてそのことを僕がもっともリアルに感じたのは、白く滑らかな壁面でも当時から維持されている特徴的な外壁でもなく、実は壁を縫うようにして這う設備配管だった。
通常はこうしたインフラは建物の表面や内部を飾るにはふさわしくないモノとして排除されがちである。あるいは視界には入っていても無いものとして眺められている。でも特にインフラが整えられる以前の近代建築には後から付け足されて行くパイプやコードの這いずり回る様相は僕に生きる事へのリアリティを感じさせる。
もちろん雨風を防ぐシェルターとしての建物が文化的な美しさを持つ事が重要なのは当然であるのだが、それ以上に今の僕たちの現代生活は都市と直結した配管を通じてやってくるガスや水道、電気などのエネルギーや情報インフラに依存して営まれている。そのことはこの建物を美しく維持するという理由以上に生きていく上で切実な要求がある。だからこそ苦労しながらも上村さんが受け入れてきた配管には嘘や捏造がなくリアルに映るのだ。
それは人に例えると皮膚や顔の表面よりもその下に薄く見えている血管の方に生命を支えているリアリティを感じるのと似ているかも知れない。あるいはこの伏見ビルの隣に建つ青山ビルの壁面を伝うナツヅタのように、建物の意匠の一部になっていることとは無関係に光を求めて成長していく自然のリアリティと同じなのかもしれない。
そんな想いで、普段は無視され僕たちの意識から外れがちな存在であるこうしたパイプやコードたちに僕は今日一日だけこっそりと命を与えてみた。
さて、その命を通してあなたはここで何を発見するのだろうか・・・。

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(c)山崎虎之介
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by innerscape | 2006-10-08 01:22 | アート

アメアメフレフレ

最近雨模様ですな。
普段だったら嫌な感じなのに、今はちょっとでも湿度が上がって欲しいのです。
その理由は、今週末に伏見ビルで行うインスタレーションと関係が・・・。

しかし来週末の新北浜駅工事現場でのイベントは野外なので、決して雨に降ってもらっちゃ困る。

従って僕にとってベストな天候は、今日から金曜日まで雨。
土曜日以降は10日間ほど晴れという状況です。

屋外でしかも生き物を扱うランドスケープデザイナーにとって気象はデザインに左右する重要なファクターなのです。
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by innerscape | 2006-10-05 00:05 | アート

アートの功罪

あまりにアートの力を信じすぎるのはいかがなものかと思う。
確かにアートは閉塞した社会の可能性を開くかのように見える。しかしそれは今の時代認識の中でもてはやされているだけであって、あたかもアーティストが万能なように捉えられるのは少々お門違いではなかろうか。
デザインとアートの違いについてはあちこちで話をしているが、今一度整理してみると、やはりデザインは問題を解決する行為でアートは問題を提起する行為だと思う。
別の言い方をすると、デザインには社会的なクライアントが居て、明確な目的があるのに対して、アートは個人のモチベーションから出発していて明確な目的が無い事が多い。
だからアートはデザインと違って個人の価値観に大きく依存するあまりに何の共有感も生み出さないこともよくある。個人の感覚を共有できる形へと導くのがアーティストの役割であるのに、それが出来ないアーティストは世にどれだけ多い事か。
アートは個人の鋭い感性で社会の可能性を開くものであって欲しい。しかし一方で「面白い」という理由だけで末梢神経の刺激のごとく消費されていくアートは見ていて虚しい。
アートの連中を見ていて宿命だと感じるのは、少数派の意見の方に着目しがちなことだ。
大多数の人が共有している事実を疑ってかかり、相対化するのは確かに昔から個人性を重要視してきたアートの役割ではあるが、それが逆に目を曇らせてしまっている事も多い。
目の前で起こっている事、共有されている事に目が向けれず、いつまでも本当の理由探しをする姿勢はアンチを唱える事でしか位置づけられないような態度に見えるときがある。
何事でもそうであるが、その例に漏れずアートにもメリットとデメリットがある。それを分かった上で戦略的にアートを唱えるのは良いが、アート至上主義に陥る事だけは避けたいものだ。
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by innerscape | 2006-09-07 18:35 | アート

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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