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私的風景の電脳記録
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知恵とは何か

今日はCSCDの減災チームと進めている「知恵のひろば」のミーティングだった。
これは防災にまつわる古今東西の知恵を集めて何らかの形で情報発信して行こうというプロジェクトで、災害時のみならず生活の中で常日頃から意識しておくべきことや、実際の災害から得た教訓のようなものを全国から集めている。
その中でも議論されたが“知恵”とは一体何だろうか?

ある側面から見るととても知恵とは思えないような情報も、また別の側面から見るととても役立つ知恵になるかもしれない。情報としては何も変化していなくても、あるコンテクストの中にその情報が置かれ、それが何かの目的を果たす時に情報は知恵へと変化するのではないだろうか。そうすると、今はさほど知恵とは言えないような情報でもストックしておく事でいつか知恵へと変換されるかもしれない。

考えてみると昔から言われている教訓やことわざや言い伝えなんかはその理由が分からないまま何となく日常的に覚えているが、それがある瞬間にグッとリアルに感じることがある。それは自分がその教訓やことわざが指すコンテクストに陥った時であり、その時まで情報は知恵とは意識されない。
案外知恵とは普段は意識されないものなのかも知れない。
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by innerscape | 2006-09-27 23:34 | 情報デザインと風景

正しさと正しさ

大勢の人が正しいと言うことが
正しいとされ
偉い人が良いと唱えることが
良いとされてしまう

僕だけが正しいと思うことは
正しさになりえるのだろうか

正しさとあやまちがぶつかる時に
いさかいが生まれるのではなく
正しさと正しさがぶつかる時に
争いが生まれるのだ

僕の正しさは
あなたの正しさではないのかもしれない
あなたのあやまちは
僕のあやまちではないのかもしれない

それでもあなたは僕のそばに居ることができるのだろうか
それでも僕らは共に生きることができるのだろうか
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by innerscape | 2006-09-26 18:30 | 私的詩

プロデュースされる風景

本日はCSCDの全体会議の日。今年度末にCSCDから発行される予定のペーパーでコミュニケーションデザインセンターが問おうとしている事を特集しようとしているのだが、そのための討論会が持たれた。
その中で理系と文系の考え方の違いが話題に上った。
目的や解決すべき問題がある工学と個人のモチベーションから出発している人文系では同じ研究という言葉でも認識にズレは当然あり、それが研究科風土にまで影響を与えているという話が出てきた。しかし実は現象を解き明かしたいとする理学や純粋科学も個人のモチベーションからスタートしている意味では人文系や芸術系によく似た気風を持っている。ではそうした純粋科学や人文系の存在意義とは一体なんだろうか。
それは眼前の問題解決や役に立つことを目指して行う研究と、1000年後に役に立つことを目指して行う研究の違いでもあるという指摘があった。コストパフォーマンス面で言うと1000年後などというのは気の長い話なのだが、実はそれは企業で研究する事と大学で研究する事の決定的な違いでもある。
逆に言うと大学の研究者はそのコストパフォーマンスも悪く気の長いような研究をする意義について、ちゃんと説明できるコミュニケーション能力を持たないといけない時代に入っているのだと思う。
学者と芸術家の類似性については僕も前々から考えていた事であるが、今日の平田オリザさんの話の中で面白い指摘があった。
芸術家であれ純粋科学の研究者であれ、基本的に個人のモチベーションで活動しているため即今日の問題解決につながるなんて事はまずない。しかし稀にその中にはその時代の要請に答えることの出来るものがある。もし芸術家が時代認識を持ち合わせ自らの活動の社会的意味をすくいあげながら問題解決に向けそれを社会化していく能力が備わっていればいいのだが、そうでない場合が大半である。そこでそうした価値を発掘して社会化していくのがプロデューサーの存在ではないかという。それはそっくりそのまま科学技術にも当てはまる構造で、CSCD自体は科学や医療においてそういう価値を見いだし社会化して行くプロデューサーを養成して行く役割もあるのではないかという。
その話で行くと将来は科学技術プロデューサーや医療プロデューサーなどの職業が出てくる可能性があるということである。要するに研究プロデューサーである。もともとのCSCDの初動のモチベーションとしてはそのあたりの狙いもあってコーディネーターのためのコミュニケーション能力を高める使命があるということである。
僕は自分自身のスタンスとして、研究者であれ芸術家であれ社会化をプロデュースすることまでを射程範囲に入れた能力を備えるべきだと考えているので個人的にはプロデューサーは必要ないと考えている。コンテンツをもたないプロデューサーに対してクリエイトするのではなく流通させるだけの職能のように感じてしまうので、そういう役割をする局面でも自分としてはコンテンツをしっかりと持っておきたいと考えている。しかし今の社会の現状を眺めているとコンテンツを作る職業とそれを社会化して行く職業はこれからどんどん分化していくだろうし、プロデューサー的職能が必要だろうと感じる。これは企業における技術と営業と企画の分化と同じである。

そんな状況を自分の分野に引きつけて考えてみると、ランドスケープの職能が少し見えてくる。
建築と造園、あるいは建物と庭の構図は工学と人文系の構図と重なるような気がする。
人は建物がなければ死んでしまうが、庭が無くても死なない。でも庭は1000年後に繋がる文化を育てる。すぐに役に立つ建築に対して10年後、100年後、1000年後にひょっとしたら役に立つかもしれない造園。明確な目的や機能がある建築に対して、目的が無い造園。
いま一本の樹を植える事は目の前の問題解決には役立たないが、ずっと植え続けていれば1000年後には問題解決になるのかも知れない。
ランドスケープデザインと呼ばれている職能は、ひょっとすれば「造園」という役に立たないが連綿と続けられてきた技術体系を時代の要請が出てきたためそれを社会化する宿命を背負ったプロデューサーなのではないだろうか。あるいは地域でずっと続けられてきた営みに焦点を当ててそれを風景としてプロデュースしていく職能なのではないか。あるいは人と人、人と場所の関係性を「風景」としてプロデュースする職能なのではないかと思う。
空間はデザインされるべきである。しかしランドスケープつまり「風景」はひょっとするとデザインされるものではなく、プロデュースされるものではないかと思う。
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by innerscape | 2006-09-20 18:31 | ランドスケープデザイン

与えられている面白さ

CSCD提供の授業でワークショップの指導をしている。
アートイベント企画ワークショップ(以下WS)というもので、新しくできる駅をテーマにアートのイベントを学生がグループワークで企画するという内容である。
9月の頭にアートプロジェクトについての集中講義を行い、11日の現地見学からスタートしたWSの中間発表を本日行った。
新しい駅への提案ということで学生に色々と考えてもらったのだが、学生はとても頭が固い。
特に偏差値の高い学校ほど、常識や社会通念や『正しいと言われている事』への意識が高く、その価値観を覆すような可能性のある提案が出てきにくい。
僕が学生の時分を思い返してみてもそうだったのかも知れない。しかしその頃よりも情報過多が進んだせいもあり、今の学生は頭が常識でガチガチになっているのではないだろうか。
自分がリアルに面白いと感じている事と提案の内容がリンクしていないという事以上に、面白い事が誰かに与えられすぎてしまっている社会なのだという気がしてきた。
自ら面白い事を妄想しなくても、テレビをつければ面白い番組が流れていて、面白さを与えてくれるゲームがすぐ手元にある。ただ待っていれば次から次へとやってくる面白さに慣れてしまって本当に自分が面白いと思えるものすら分からなくなってしまっているのではないだろうか。
与えられる以上に貪欲に面白い事を探して行くセンス。
それはこれから研究者になるにしても社会に出て実務者になるにしても必要な能力だと思う。
特にこれからますます加速してくる情報流通の中でサバイバルしていこうと言うならなおさらそうした嗅覚を養っておく必要がある。
本当に面白い事と感じるのは何か。それは何がリアルかを知る事でもある。
世間でまことしやかに言われている借り物の言葉を使うのではなく、面白いと思える自分の感覚と向き合い自分のボキャブラリーを暖めていくことの重要性をますます感じる。
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by innerscape | 2006-09-19 18:33 | コミュニケーションデザイン

ペタンクに挑戦

OSOTO』という雑誌の編集に関わっているが、今日はその一環で大阪の町を久しぶりに歩いた。
『ダヴィンチ』という雑誌が我々のOSOTOを特集してくれるということになり、東京からやってきた編集者の服部さんを案内しながら天満から大阪城公園付近をうろつく。最近、車で通勤するようになってからトンと町歩きをしなくなったが、やっぱり久しぶりにあるいてみると色んな発見があるものだ。他のスタッフは朝、難波宮を出発してうろついていたようだが、僕は大阪城公園で合流してそのまま天満の公園へ移動する。公園についた頃には先に行っていたスタッフが食事の用意を済ませていた。フランスパンに粒マスタードに種々のチーズ、ワイン、生ハムなど豪華なランチが用意されていて、外で食べる楽しみをいっそう引き立てている。

a0091712_1850533.jpg食事が一通り終わったとろで、ニュースポーツに挑戦ということで、“ペタンク”という競技にチャレンジしてみる。我々の方の雑誌でも次号以降の取材となるように、ペタンク協会の方々に来ていただいて解説を受けながら始める。
ペタンクという競技は1910年に南フランスで生まれた鉄球を投げるスポーツで、もともとはプロヴァンサルという競技がベースになっている。プロヴァンサルは15m〜20m離れた場所へステップを踏みながら鉄球を投げるゲームだが、このペタンクは両足をつけた状態で鉄球を放り投げて点数を競うゲームである。一説によると車いすの人が初めたともいう。

a0091712_18502497.jpg今日もフランス人のパスカルさんの指導のもとペタンクにチャレンジしてみたが、これがなかなか奥が深い。放り投げた鉄球を的にどれだけ近づけるかを競うのだが、微妙な地形が鉄球の進行に影響を与える。またゲートボールのように相手チームの鉄球が的の近くにあればこちらが投げた鉄球で弾き出すことも可能で、戦略的に点数を稼いで行くことが必要である。
毎週土曜日に天満橋付近の公園でペタンクをされているようなので、ご興味を持たれた方は是非。
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by innerscape | 2006-09-18 18:40 | ランドスケープデザイン

未完のダンスフロア

10月に行うイベントの打ち合わせで再び新北浜駅の地下に潜る。
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by innerscape | 2006-09-13 18:34 | 出来事の風景

アートの功罪

あまりにアートの力を信じすぎるのはいかがなものかと思う。
確かにアートは閉塞した社会の可能性を開くかのように見える。しかしそれは今の時代認識の中でもてはやされているだけであって、あたかもアーティストが万能なように捉えられるのは少々お門違いではなかろうか。
デザインとアートの違いについてはあちこちで話をしているが、今一度整理してみると、やはりデザインは問題を解決する行為でアートは問題を提起する行為だと思う。
別の言い方をすると、デザインには社会的なクライアントが居て、明確な目的があるのに対して、アートは個人のモチベーションから出発していて明確な目的が無い事が多い。
だからアートはデザインと違って個人の価値観に大きく依存するあまりに何の共有感も生み出さないこともよくある。個人の感覚を共有できる形へと導くのがアーティストの役割であるのに、それが出来ないアーティストは世にどれだけ多い事か。
アートは個人の鋭い感性で社会の可能性を開くものであって欲しい。しかし一方で「面白い」という理由だけで末梢神経の刺激のごとく消費されていくアートは見ていて虚しい。
アートの連中を見ていて宿命だと感じるのは、少数派の意見の方に着目しがちなことだ。
大多数の人が共有している事実を疑ってかかり、相対化するのは確かに昔から個人性を重要視してきたアートの役割ではあるが、それが逆に目を曇らせてしまっている事も多い。
目の前で起こっている事、共有されている事に目が向けれず、いつまでも本当の理由探しをする姿勢はアンチを唱える事でしか位置づけられないような態度に見えるときがある。
何事でもそうであるが、その例に漏れずアートにもメリットとデメリットがある。それを分かった上で戦略的にアートを唱えるのは良いが、アート至上主義に陥る事だけは避けたいものだ。
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by innerscape | 2006-09-07 18:35 | アート

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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