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私的風景の電脳記録
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クローバーフィールド私論

※まだクローバーフィールドをご覧になられていない方はこの記事を読み進めることをご遠慮ください。


誰もが予想できたはずだった。
兆しはあったはずである。
キアロスタミの作品や「ブレアウィッチ」に始まり、一連の「ジェイソンボーン」の作品、アルフォンソキュアロンの「トゥモローワールド」、加熱するドキュメンタリー映画、何よりyou tubeの存在がそれを示唆していたのだが。
クローバーフィールドはそれをただ素直になぞらえただけの作品である。

僕たちが画面の中で見る出来事は、必ずそのカメラの背後に見つめる眼差しがあることを僕たちは「体感的に」知ってしまっている。
それは映像記録や撮影という行為が、ここまで僕たちにとって日常化し、撮る事が身体化してしまったからこそ可能になったリアリティとも言える。
そのリアリティが与えるインパクトの兆しは、もうずっと前からそこにあったのだが、エンターテイメントの映画監督達はそんなことよりも物語や視覚効果に夢中でその兆しが見えなかったのかも知れない。

物語を伝える上で、撮影者の存在はむしろ邪魔なものとして扱われてきた。
カメラの手前に陰を潜める撮影者の存在よりも、カメラの向こうで行われる出来事の方が観客にとっては大きな関心ごとで、そのためには撮影という行為そのものを透明化する必要がある。
人々がカメラを簡単に手にする事が出来ない時代では、撮影される出来事のリアリティの方に重きが置かれのも無理はないだろう。
だが、僕たちはすでに撮影という事を体験してしまっている。その時代の中で選択しうるリアリティへ物語は突入しようとしているかもしれない。

かくしてクローバーフィールドは生まれるべくして生まれた。
内容は怪獣映画のセオリー通りであり、何も目新しい事はそこでは行われていない。
ハリウッドのパニック映画特有のお決まりの展開と演出方法。
そして涙ぐましい男女の愛の物語。

僕たちが幾度となく映像の中で体験してきたことのデジャビュでしかない。

しかし。
それが撮影者の存在を明らかにし、一人称的に語られる事でなんとリアルに映る事だろうか...。
僕たちが体験した頭の中のデジャビュはついに身体にまで這いよってきたかのようだ。
これは映画ではなく、新しいタイプのアトラクションであるという売り文句の通り、視覚ではなく触覚と平衡感覚へ迫る「体験画」であるといえる。
そしてその体験画はまさに、リアルタイムでしか感じ得ないものである。
その証拠に映画館を出て、一日もすればその恐怖は薄れてしまっている。
脳の中で2重に映像化されてしまうことで、そのリアリティは奪い去られるのだ。あたかもテーマパークのアトラクションのようである。

とはいえ、僕たちが素人の撮影者として慣れ親しむ撮影文法をうまく使って、ありえないような出来事を描くことで、新たなリアリティの地平を開く事にクローバーフィールドは成功したのだ。
しかしそれまでにはこの撮影文法が僕たちの身体へとけ込むまで長い時間を待たなければならなかった。

このリアリティを突きつけられた僕たちを前に、映画はどんな方向へ向かうのだろうか。
三人称から一人称の映像へ。
視覚から触覚の映像へ。
時間の反復から一回性の映像へ。

映像の文法の見直しをクルーバーフィールドは僕たちに要求する。
ただそれだけのためにこの世に生まれてきた素晴らしい作品なのである。
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by innerscape | 2008-04-16 01:08 | 映画と演劇

集積の小屋

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西成高校という府立高校がある。
ここは普通科の高校なのだが、不思議な事に2000㎡ほどの農場を持っていて、それを活用して地域の人々と高校との交流を図りたいという相談を半年ほど前に受けた。
ランドスケープデザイナーとして、また大学のアウトリーチ活動の一環として、ここのデザイン監修とクリエイティブディレクションの依頼を受けることにしたが、なにせ20年ほど前に作られた農場は小さなプレハブ小屋が一つあるだけで、後はボランティアでこられている人が農作物を作っている程度である。
高校生はおろか、先生ですら一度も足を運んだ事がないという感じの見捨てられたかのような場所だった。

だからこの場所には活用法と同時に新しいイメージによるインパクトが必要だと思ったので、農場の新しい活用法とデザインについての公開コンペを開いた。
最終審査を経て選出した案に対して、提案者とのディスカッションとデザインディレクションを行いプランを進めてきたが、この3月に第一期となるプレハブの工事がひとまず終わった。

プレハブ小屋のリニューアルも含め農場全体を「集積する」ということをコンセプトにし、小さなものを集積させて大きなものを作り上げていくプロセス自体を重視したプランは建築のデザインも足場板を集積させて作った家具と建築の中間のようなデザインに仕上がっている。
足場板を隙間無く積み上げて密閉した部屋と、足場板をスリット上にしてその隙間に板を差し込む事で棚にも机にもベンチにもなるような交流スペースを設け学生や地域の方々が自由に入れる場所となっている。

街の様々な場所に人々が交流できる場が増えればいいと考えて、中之島の地下鉄工事現場でカフェやファッションショーをしたこともあるが、今度は農場ということで、一周回って専門に帰ってきた気がする。

今後はこの場所で環境教育を中心にしたプログラムや農作物を使った交流プログラムなどを仕組んで行ければと思う。


デザイン及び施工:和想デザイン
ディレクション:花村周寛
撮影:傳野 貴敏

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by innerscape | 2008-04-12 20:07 | ランドスケープデザイン

もう一つのエコロジー

大阪府現代美術センターとCSCDが共同で発行しているフリーペーパー「PLUG」にコラムを連載してます。

11号目になるこの号では「もう一つのエコロジー」というタイトルで、工場風景と熱帯雨林のデジャビュについて勝手に述べたコラムを書きましたので、皆さん手に取ってご覧ください。
過去のバックナンバーも含めてPDFでもダウンロードできます。
(ちなみに私は002/008/009/010/011でコラムを書いてます。)

大阪府の財政問題も関係し、この号でPLUGは一旦休刊に入りますが、バックナンバー含めてまだまだありますので、欲しい方は私までご連絡ください。

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vol.011号特集「アーティストの仕事、その裏側。」
アートが多様化し、人々のアートへの関わり方も様々です。そんなアートの世界の最新情報を独自の視点から紹介する文化情報誌『plug (プラグ)』を季刊にて発行しています。

毎号ごとの特集記事に加え、アート・コラムや府立現代美術センターの催事案内などを掲載。あなたの毎日にちょっとアートな視点をプラグ・インするマガジンです。

現代美術センターの他、大阪府内文化・教育関係機関、全国美術館、ギャラリー、一部鉄道駅構内等で無料配布中。ぜひ一度手に取ってご覧ください!
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by innerscape | 2008-04-10 16:27 | インフォメーション

演出家の嘘、役者の嘘

久しぶりにCSCDの授業で平田オリザ さんとご一緒した。
昨夜ベルギーで公演を終えて戻ってきたようで、今日またワークショップとは何ともタフな人だといつも感服する。

彼の演出論は実に分かりやすい。
裏にきっちりと理論があり、言葉を持っていることからくる余裕が見られる。
演出家と役者の間にありがちな権力構造を振りかざし、語気を荒げて力でねじ伏せる的な演出は皆無だ。
(くれぐれも誤解の無いように言うが、僕の知っている演出家はそんな事はしない...(笑)。)


演劇で大事なのは「イメージの共有」である。
それは観客と役者との間でのイメージの共有が最終的な目的であるが、それを達成させるためにはいくつかの条件が必要である。
彼は戯曲を書くときにはイメージの共有しやすいものから入って、イメージの共有しにくいものへとだんだんレベルアップを図る。
そしてその時の共有の仕方として、イメージは遠くから入る。
砂漠と言われても砂だらけなのか、岩だらけなのかサボテンが生えているのかは人によって違うから、いきなり「ここは砂漠だ」などというセリフからは入らず、「砂が目に入った...」などという具体的な言葉からだんだんとイメージを抽象的な方向へ導く。


イメージというのは実は共有しやすいものと共有しにくいものがある。


共有しやすいものは例えば縄跳びなどだ。
縄を持っていなくても縄跳びの演技をすることはそれほど難しくはないし、見ている方もすぐに理解できる。
特に二人で端を持ってすると容易にイメージが共有できてしまう。
一人ではなく二人でイメージを共有するからだ。
ここが演劇が集団で行う芸術であるポイントでもある。
集団で共有されているイメージは観客にも伝わる。
逆に言うと役者間のイメージが共有されていないと観客にはさっぱりと伝わらないという事だ。
しかし、共有されやすいものばかりを見せられても観客は困るし、そんな事に金を出して見に来るというのは馬鹿げている。

観客が見たいのは、最も共有されにくいもの
それは人の心である。
愛とか憎しみとか、見えない心の中のもの。
それを観客に感じさせることが出来れば演劇は成功なのである。

それは容易には共有されない。
役者の間だってそうである。
それぞれが今まで生きてきた生き方が違うので、愛という言葉が持つ意味が違うのも当たり前だし、違うからこそ演劇はやる意味もあり、面白くもあるのだ。
「笑う」という一つの動作にしても、はにかんで笑うのか、嘲笑なのか、つい吹き出してしまう笑いなのか。またその人の人生においてそれがどのようなシチュエーションで表現されてきたのかは千差万別だ。
そんなように、役者によってそれぞれ違う表現を丁寧にすり合わせていく作業が必要である。
そうしたコンテクストの調整が演出家の役割なのだと思う。
役者の表現を、脚本や舞台の世界観と会うようにチューニングしていってすり合わせていく。
もちろん役者にはその演技の再現性が求められるし、そうしたコンテクストの幅と再現性が広い役者ほど経験と実力のある役者なのだと思う。

平田オリザを興味深く思うのはその演出方法を単に役者の技術と心理の問題として片付けないことである。
ここに役者ではない人々のコミュニケーションへの視座が見え隠れしている。

「どうしてこのセリフがうまく言えないんだ!」と怒る演出家がよくいるらしい。しかしそれは役者が悪いのではない場合がある。
役者の中にそのコンテクストが無い、もしくは理解していない事から発生する演技のつたなさであり、それを根性論や精神論でごまかすのは演出家の嘘である。

チェーホフの戯曲に「銀のサモワールでお茶が飲みたいわ」というセリフがあるが、日本の役者がそれをうまく言えないのは当たり前である。
なぜなら銀のサモワールでお茶など飲んだ事がないし、それがどういうシチュエーションで飲まれるかというコンテクストを理解していないからだ。

だから演出家がそこで必要なことは、役者が持っているコンテクストにすり合わせてイメージさせることである。
そのためには例えを出してみるとか、違うシチュエーションを与えてみるとか、違う身体の状態を作ってみるとか色々と手を尽くす。ついつい役者がそうしてしまうようなシチュエーションを作れると成功だ。
そこが演出家の忍耐と腕の見せ所で、尊敬を集める優れた演出家かそうでないかの分かれ道なのだ。
役者のコンテクストを自分のイメージするコンテクストに合わせるための引き出しがたくさんある演出家は優れている。


デザイナーもそれを日常の中でしかも言葉を介さずに行うべきである。
言われなくてもつい座ってしまうような椅子とか、気がつけば使ってしまっているようなモノをデザインできれば、デザインの持っている作家性などは問題ではなくなるのだと思うのだが...。



演技をそうとらえるとやっぱり難しいのは、僕たちが想像するけどコンテクストとして持っていないような演技である。
例えば人を殺すとか銃を撃つという演技だ。
僕たちは銃を撃った事がないし、人を殺した事がない。
だから銃を撃つということがどういう事なのかをリアルに感じる事が出来ないのだ。
演出側としてはそれがどうすればリアルに想像され表現に結びつくのかということを、役者に届く言葉を用意する必要がある。

そしてもちろん役者側の努力として、それをリアルに想像してみるという努力と能力が必要である。その想像が中途半端なイメージしか持ち得ていないのであれば、それは役者の嘘ということになるし、そこで役者が持ち得ていないイメージは決して観客には伝わらないだろう。

演出家はその役者の嘘を見抜いて、それを嘘でなくすための言葉と解決法を嘘無く用意しなければならない。
そして役者は演出家の嘘を見抜いて、その言葉が的確かどうかを自分の感覚と頭で考える必要がある。演出家の言う事をそのまま鵜呑みにするだけでは必ず失敗するだろう。
そうした無数のやりとりを稽古場で繰り広げながら、僕らは舞台で大きな嘘をつくのだ。
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by innerscape | 2008-04-08 02:56 | 映画と演劇

21世紀懐徳堂オープン

大阪大学の中に「21世紀懐徳堂」がオープンしました。
今までCSCDの知デリや中之島コミュニケーションカフェなどで大学と社会をつなぐようなイベントを行ってきましたが、そんな社学連携事業の窓口になるような施設という事で現鷲田総長のもと構想されたのが21世紀懐徳堂です。

豊中キャンパスのイ号館の一階にあり、演劇やパフォーミングアーツなどが行えるスタジオ(キャパ80名程度)と、大学の情報コンシェルジュ機能を持ったコミュニケーションギャラリーがあり、どなたでも訪れることが出来ます。

そちらのインテリアデザインと家具のデザインなどを僕が手がけましたので、是非豊中キャンパスへお立ち寄りの際は覗いて下さい。


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by innerscape | 2008-04-01 09:27 | プロダクトデザイン

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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