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私的風景の電脳記録
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自己肯定

幼い頃に読んだはずだったサン=テグジュペリの「星の王子さま」を再び読み返してみると、長いこと自分が忘れてしまっていた気持ちをもう一度見つけることが出来たような気がした。特に王子とキツネとの会話の中には自分の存在価値について大切なことが書かれていた。
どうして自分はそれを忘れていたのだろうか。

敬虔なクリスチャンだった母に幼い頃から神の教えを聞かされ、それほど回数は多くなかったが時折訪れた教会でも「汝の隣人を愛せよ」、「神に常に感謝せよ」、「右のほほをぶたれたら左のほほを差し出せ」といった“愛と許しと犠牲的精神”が語られるにも関わらず、それを懸命に唱える信者同士の間でなぜ争いやいがみあいが起こるのかが理解出来ずに居たことを覚えている。そんな宗教に対して過剰な信頼感や不信感を持っている訳ではなくわりと冷静に見つめていたつもりだが、繰り返し触れてしまったことが無意識の領域で自分の精神形成に影響を及ぼしていたことは否めない。何よりもその教えは、人に親切にすること、誰にでも愛を持って接すること、人から受けた仕打ちを恨まず許す事、他人のために自分を犠牲にすることなど身をもって実践してきた母の思想でもあり、それにそぐわぬ生き方をする「息子」を夫を失った彼女に突きつけるには酷だという想いもあったのだろう。元来その教えは節度さえ見誤らなければ人としてより良く生きる方法ではあることは間違いないのだから、ものの考えかたや世界の捉え方に至るまでも母の思想とその元になる神の教えの重力下に置かれるのはある意味では自然な流れだったのかもしれない。それに平行してどれほど意識的だったかは分からないが民族的マイノリティに起因するであろう上昇志向、それも上昇を他人が認めやすい記号を獲得することによって評価されねばならないという強迫観念も必要以上の影響力を持っていたのかもしれない。これらによって得られたものが少なからず今の自分の人生を形成しているのは言うまでもないが、こうした精神が引き起こす行動のネガティブな側面だけを見つめると、自己肯定感を自らで生み出せず他人からの肯定を得ることに犠牲的精神が向けられるということである。他人から肯定の眼差しを得るために親切に心が傾けられ、心身穏やかならぬことに対しても事なかれで済ませるというスタンスが、かえって鑑識眼を持った人間からの肯定を遠ざけるというのは往々にして起こりうることであることは容易に洞察出来る事である。しかしさらに掘り下げた場所へと洞察の眼差しを向けてみると、そこは父の死の原因を己に求めたことも自己否定感の根本の形成に大きな役割を果たしており、自分の精神の奥底に存在否定と悲しみを横たえてしまったことが行動原理の基本を成している可能性も否めない。それと同時に理解されがたいことかもしれないが、常にとどまることを知らない世界、一瞬にして未来が今を通り過ぎて過去へと変わってしまうはかない世界、悲しみ色に包まれた世界、そんな世界に対して自分が関わる態度として今この瞬間に優しさを持って接することを大切にしたいというポジティブな想いも見つける事も出来る。この想いを偽善や虚飾の表現して受け取ることも可能ではあるが、ともあれ自分の行動が常に“他者への優しさ“へ向けられていることの理由がネガティブ、ポジティブのどちらに起因するかという白黒判定が重要なのではなく、またその優しさをことさら傲慢に強調する事も卑屈さを持って否定することも必要ない態度であると感じる。今の自分に大切なのは、自己肯定感を自ら生み出すことを獲得するために一度他者の眼差しを拒否して、一人で自分を見つめなおす時間が必要であり、ましてやいたずら半分で放たれる否定的な言葉に耳を傾ける必要も余裕も無いことを自覚すべきである。

「うん、そうだとも。おれの目から見ると、あんたは、まだ、いまじゃ、ほかの十万もの男の子と、べつに変わりない男の子なのさ。だから、おれは、あんたがいなくたっていいんだ。あんたもやっぱり、おれがいなくたっていいんだ。あんたの目から見ると、おれは十万ものキツネとおんなじなんだ。だけど、あんたが、おれを飼いならすと、おれたちは、もう、おたがいに、はなれちゃいられなくなるよ。あんたは、おれにとって、この世でたったひとりのひとになるし、おれは、あんたにとって、かけがえのないものになるんだよ...」とキツネがいいました。
(サン=テグジュペリ「星の王子さま」)

自分を肯定するための最もシンプルな答えがここにある。
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by innerscape | 2009-05-17 03:16 | 私的詩

ニテヒナルの検証イベントします

One Year After "THE FORTH NATURE"/「ニテヒナル、その後」

日時 2009年5月16日(土)14時~17時
場所 スペース天周辺
参加費無料・予約不要
詳しくはマルガサリのウェブサイトで。


2008年5月4日~11日にスペース天周辺で開催された「森のコモンズ」から1年。
インスタレーション作品「ニテヒナル/THE FORTH NATURE」の1年後を検証するイベントです。
土曜の午後、「スペース天」に集合し、いっしょに作品のその後を観に行きます。そのあとに天でお茶を飲みながら、1年前に撮影された作品の写真を観ましょう。

森の中で偽植物(FAKE PLANTS)を差し込んでから一年が経過します。
一年前のイベント「森のコモンズ」でさせていただいた時は、偽植物をあちこちに差し込むこで、そこにあるものがいのちかどうかを見分けながら森の中を歩き、自然をよく観察してもらうという狙いがありました。
イベント終了後、第二段階として森の中に偽植物がそのまま設置された状態で、どのような経過を辿ったのかを観察出来ればと考えております。
周りの自然がそのカタチを変化させて行くのを横目に、偽植物はそのまま同じ姿でたたずみ続けるのか、それとも朽ち果てて行くのか、あるいは周囲の自然が偽植物をも取り込み変化して行くか。
春夏秋冬を一度経る程度では結果は分からないかもしれませんが、その様子を皆さんと一緒に確かめたいと思います。

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by innerscape | 2009-05-16 15:34 | インフォメーション

次回「世界のテクノスケープ」

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5月15日に京阪なにわ橋駅アートエリアB1にてランドスケープカフェを行います。
第3回目となる次回は、岡田昌彰さんをお呼びして「世界のテクノスケープ」のお話をしてもらいます。
近年、アートや観光方面からも熱い眼差しを受ける工業風景や産業遺産そして廃墟...。
そんなテクノスケープの国際比較を試みてみようというトークイベントです。
金曜の晩に少し寄り道して産業が生み出した風景の世界に触れてみませんか?


ランドスケープカフェ「世界のテクノスケープ」

場所 京阪なにわ橋駅アートエリアB1
日時 5月15日[金]19:00−21:00
定員 40名(当日先着順・入退場自由)

ランドスケープカフェは様々な風景について語り合うカフェです。今回は岡田昌彰さんを招いて世界の工業風景をご紹介いただき、アートほか観光などでも近年注目を集めるテクノスケープの魅力について皆さんと語り合います。

ゲスト 岡田昌彰(近畿大学理工学部社会環境工学科准教授)
カフェマスター 花村周寛(大阪大学CSCD教員)
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by innerscape | 2009-05-15 21:50 | インフォメーション

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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