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私的風景の電脳記録
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地形とコミュニケーション

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今、イベントの会場構成デザインを二つしている。

一つはCSCDのオープニングイベントで、阪大の総長以下学内の教授が100人ばかり集まる儀礼的なイベント。もう一つは神戸で行われるエイズの国際会議と合わせて神戸アートビレッジセンターで行われるエイズについてのアートイベントだ。

これが、運の悪いことにほとんど同じ7月頭に集中していて、どちらもボリュームがありそうなイベントなのでどうしようかと連日頭を悩ませているが、なぜか大変な状況に巻き込まれている自分に少しワクワクしている。

それに加えて阪大のニュースレターの今回の特集がCSCDということで、執筆の方をお願いされていて、それも同じ時期ぐらいの締め切りになりそうだ。こちらも紙面ワークショップなどの変わった事をしようと思いついてしまったので、ほとんど忙しくなりたい病気のようなものだ

毎週木曜日はCSCDに教員が一同に介する日なのだが、今週は平田オリザ氏が久しぶりに来られた。
有名な劇作家・演出家の平田オリザ氏もこの4月にCSCDの教授に就任したのだが、オープニングイベントで彼の演劇ワークショップを行うプログラムを組んだので、それに必要な面積などを確認しに一緒に会場の方へ出向いた。

大学のオープニングイベントつまり固い言い方をすると開所式典は、通常は会場に権威的に椅子がズラっと並べられていて、主賓の祝辞や所長の挨拶などの堅苦しい式になりそうだが、それを少し崩してやろうかと思い、映像と音楽、ワークショップなどを盛り込んだプログラムやスタッフのドレスコード、変わった会場構成を組んでみようと考えている。
会場の方はホテルのホールなのだが、床面が15のパーツに分かれていて、そのパーツ一つ一つが20cmの単位で上下に動かすことができるので、会場の内部に『地形』を生み出してやろうと思いながら2日ほど前から模型で空間のスタディをしていた。

一つ一つの床パーツをバラバラのレベルに設定して、そのまとまり毎に椅子を配置することで、同じ床面レベルに座る人同士のコミュニケーションが発生すると同時に、床面レベルの異なった上下で会話やコミュニケーションが発生する。

また40cmや60cmの段差がある場所は行き来がしにくいので、20cm段差の場所を通って移動することになるが、その際にコミュニケーションが発生することを狙っている。

ステージと最低部のレベル差1mのスリバチ状の地形を設けて、内側を向いて見下ろすような会場構成で、ワークショップを行うときはその一番底のレベルが上へせりあがってきてステージの面積が2倍になるように演出することにした。

平田オリザ氏とも当日の動き方などを確認しながら、床を模型どおりに動かしていく作業はなかなか楽しかった。

通常の式典では前で話す人と座っている観客という単純なコミュニケーションしか発生しないが、こうしてレベルを様々に設定するだけで多様なコミュニケーションが発生する風景が生み出せるのではないかと思う。

コミュニケーションデザインセンターは、滞っているコミュニケーションのあり方に風穴を開けようと目論んでいるセンターである。
コミュニケーションの発生する会場構成や、映像を使ったセンター趣旨の紹介、ワークショップなどで実際に身体を動かし対話するようなプログラムなど、開所式典のあり方そのものも多様なコミュニケーションのあり方を示すメッセージに変えていけたらと思う。

まだコンテンツの無い我々が発することのできるメッセージはそういったシンプルな事から始められるべきかもしれない。
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# by innerscape | 2005-05-19 21:45 | ランドスケープデザイン

風景の問題

確かに風景は一つの場所の問題ではなく、スケールを広げて見ないといけない。

土地を持っている人が自分の好き勝手で建物を建てて開発を進めていくことで、隣の建物や後ろの山並みと違和感を持ったものになってしまうことは問題なのかもしれない。
そうした積みあがる開発が生み出す風景の問題に対して何か手を打たないといけないということは以前より命題としてあったのだが、この6月上旬に成立する予定の景観緑三法はその解決策と成り得るのだろうか。

14日に東京大学で開催中の造園学会ではこの景観緑三法についてのシンポジウムが行われた。
対象地としては滋賀県を取り上げていたが、近江八幡市の取り組み、滋賀県の取り組み、国土交通省の景観法に向けた取り組み、文化庁の取り組みがそれぞれ紹介される。
滋賀県のような場所は琵琶湖を介した対岸の風景まで視野に入ってくるため、市レベルの取り組みと県レベルの取り組みが結びついてうまく機能していないと、ちぐはぐな風景になってしまうこともよく理解できる。

話を聞いていると、景観法は景観保全のための基本法として政府が提出した景観法案と景観法施行関係整備法案、都市緑地保全法等改正案の「景観緑三法案」から成り立っているようだ。

景観行政団体になりますという意思表示をした地方自治体は、一定区域内で建築物の色彩やデザインを規制する権限を付与すると同時に、大規模開発の際には敷地面積の25%を上限に緑化を義務づけるということになっている。

今までの景観規制は自主的な条例等で、ある程度コントロールを図ろうとする取り組みが主に行われ、強制力は無かったため有効に機能していなかったのが現状である。しかし今回の法律化では違反者に罰則や着工が認められないなどの強制力があり、そうした観点でもうまく景観を育てていけるのではないかという期待が寄せられているようだ。

もう一つの特色に、政省令の制定に当たって地方自治体の自主的な取り組みを阻害しないように配慮することになっていて、地方自治体は景観法を条例レベルでカスタマイズすることが出来るということらしい。
さらに実際にそこに住んでいる人々の意見が適切に反映されるように、住民やNPOから「こんな街にしたい」と提案された計画に対して法律がバックアップできるように機能させるようである。
と、話を聞いているだけだと良いところばかりのように聞こえるが、本当に有効に機能するかどうかは疑問な所もたくさんある。

文化性や景観的にはそれほど優れていなくても、住民が大事にしているような場所を守っていける仕組みが有効に機能するのか。今まで登録文化財等に指定されるには、造られてから50年以上を経ないと申請できなかったが、昨日できたような新しい景観は文化的景観に含まれないのか。景観法が単なるノスタルジアに作用しないか。電線のある風景を共同溝に入れてしまうべき「悪い風景」としているが、本当にその価値観だけでいいのか。こうした住民同士の価値観のコンセンサスは取れるのか。そもそも行政内部で各省庁のコンセンサスが図れるのか。

景観は法律を作ったからといって、1年や2年で帰ってくるものではなく、最低でも10年から20年を経てその効果が分かるものだと思うので是非を問うことはまだできないのだが、具体的な内容や方策が見えてこない中で法律化だけが進むことに少し不安を抱いている。

こうした法律を受けて、実際の現場に携わる僕達は考えないといけない。どうすればその土地に住む人々が自分達の環境や景観に関心を持つのか。またその価値観や未来のイメージをどうすり合わせていくのか。誰がその景観を守り育てていくのか、また誰が改変していいと言えるのか。

景観法が成立するとはいえ、依然として景観・風景の問題は大きい。
そしてランドスケープに携わる職業が、以前よりも風景とどう向き合うのかはより突きつけられることになるだろう。
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# by innerscape | 2005-05-14 21:47 | 景観

13日の金曜日の都市計画話

午前中は、CSCDで環境アセスのスコーピングについての打ち合わせに出る。

環境省とNTTデータがここ2年ばかり行っていたのだが、今年はCSCDの協力も交えて進めていくことになった。地元千里のNPOの方も来られて話し合いをした。

環境アセスは開発の後押しのために行われることが多く、地域の意思がどこまで反映されるのかというところがいつも問われる。

こうした取り組みは開発があって始めて行うのではなく、常に地域の人々が自分の住む環境の事を意識して、それを何らかの形で表現しておく努力が必要だろう。

それをポテンシャルマップとして表現する方法をこれを機に考えればと思う。

会議後、伊丹空港より羽田へ飛び、東大で行われている造園学会へ出向く。
造園学会も80周年ということで、「ランドスケープの開発と保全」と銘打って開かれたシンポジウムには、日本の風土研究で有名なオギュスタン・ベルクも来ていた。
さすがに和辻哲郎などを研究するだけあって、日本語はとても堪能だった。

シンポジウム自体は、最後の1時間しか出席することが出来ず、内容はほとんど分からなかったが、会の終了後、3年ほど前に大阪の町を案内したことのあるMITの教授アン・スパーン女史を見つけたので、挨拶して少し話をした。

その後、シアトルから戻ってきていたランドスケープアーキテクトの小林氏を見つけたので、二人で市浦都市開発の事務所へ向かう。
市浦建築都市開発は市浦ハウジング&プランニングという名前に変更したようだが、個人的には変更前の固い名前の方が気に入っていたのだが。

事務所を後にして、本郷三丁目の交差点を歩いていると、以前中国の都市計画の仕事を一緒にしたことがある建築家・都市計画家の内藤氏に偶然出くわした。
どうやら内藤氏は大阪府立大学の加我先生と待ち合わせしていたようなので、そのままご一緒することにした。

その後、仕事を終えた市浦の方々が続々と合流してきて、都市計画話で大いに盛り上がる変な夜になった。
前々から聞いてみたかった彩都の開発や京阪奈の開発の是非について聞いてみた。

開発の計画を立てた当初ではリアリティのあったこれらの開発も、今の時代の必然性から言うとなかなか難しい事情があるようで、実務について開発を進めている彼らの中でも開発の是非については複雑な思いがあることを共有できた。
確かに、京阪奈で掲げられているように、日本の科学技術の発展のためには技術についての研究機関や企業、大学などの知が集積する必要があることに異論はない。
しかし、時代に応じた適正な規模があるのではないかと思う。
人口が減少の方向へ向かおうとする中、赤字を抱える財政の中、開発による環境破壊が叫ばれる中、コンパクトシティが唱えられる中、科学技術の集積という目的のために莫大な土地をさらに開発することに僕自身はそこまでリアリティが持てない。

環境アセスについて議論した朝から、大規模郊外開発の是非について議論した夜半まで13日の金曜日の都市計画話に程よく疲れながら過ごした一日だった。
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# by innerscape | 2005-05-13 21:50 | 景観

GPS携帯が普及すると孤独死するお年寄りは減少するか

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CSCDの臨床コミュニケーショングループの活動の表を見ながら考えていた。
そういえば今まで『医療や介護と風景』というテーマについて考えたことはあまりなかったように思える。

テーマを見てみる。

高齢者・障害者支援ネットワークデザイン
医療におけるメディエーション
多文化共生医療コミュニケーター養成プログラム
身体知とコミュニケーション
身体障害者と健常者をつなぐ演劇ワークショップ
老いの問題についての言語化
医療や看護における倫理やコミュニケーション

などである。

こうした医療の問題について風景という側面から何が出来るだろうか。
誰だって健康を望んでいるし、医療は全ての人にとって必要なサービスだ。

誰もが望んでいるようなことは既にパブリックな事柄である。
そうした時にどんな環境が、どんな風景像がそこに目指されるべきなのだろうか。
医療や看護の中で地域社会が出来ることは実は結構ある。
特定の障害を持った人々と、そうでない人々が交流を図れる場があれば、ケアや看護の面でも随分とやりやすくなるはずである。

屋外空間の設計などでよく問題にされるのはバリアフリーの問題である。スロープの勾配や段差、障害物の設置など色んな側面から配慮した設計が求められる。
それはそれで確かに必要な事である。
しかしそうした設計さえ守っていれば障害者や高齢者などがハッピーに過ごせるかというと決してそんな事はない。

例えば車椅子の方や足元がおぼつかないような高齢者が高低差のある場所を行き来したいときに、スロープがなくとも、段差があろうとも、周りに手を貸してくれる人が居るということで解消できることもある。
そうしたコミュニケーションのある風景像が目指されることがやはり大切な事なのだろう。

以前、ワークショップの一環で高齢者と子供が交流する風景を生み出せないかと思って『老人クエスト』という提案したことがある。これは一斉風靡したエニックスのゲーム「ドラゴンクエスト」にちなんでつけた名前で、子供がするゲームである。

結局アイデアとしては没になってしまったが、こうした臨床コミュニケーショングループの活動表を見ていると、再び考えてみてもいい可能性の一つではないかと思えてきた。

アイデアの元になったのは実際に東京の方で発売されているGPSを使ったゲームである。
そのゲームではプレイヤーは実際にGPS携帯を持って街を移動しながら、特定の場所にたどり着き、そこでヴァーチャルに設定されたアイテムをダウンロードしていくというゲームである。

ここではアイテムは特定の場所に設定されているのだが、それを地域に住む高齢者にしてみてはどうかというのが提案の内容である。
高齢者は宝物を守るガーディアンとして機能する。そして子供達は実際に街をウロウロしている高齢者たちに話しかけてアイテムをダウンロードさせてくれるように交渉しなければならない。
二つ返事でダウンロードさせてくれる人も居るだろうし、中には何か用事をしないとダウンロードさせてくれない頑固なおじいさんが居るかも知れない。
そこには高度なコミュニケーションが必要である。
もしこうしたゲームが普及するなら、子供達が高齢者を見る目つきが随分と変わりそうだ。
街ゆくおじいさんを発見すると子供達には宝物に見えるだろう。こぞっておじいさんによってたかってアイテムをお願いするかもしれない。
ひょんなことから地域のゲートボール大会などに出くわすと大変である。
あちらこちらで子供がおじいさん、おばあさんに集まりゲートボールどころではなくなるかもしれない。
中にはなかなかダウンロードさせてくれないことで伝説になるおじいさんなどが出てくるかも知れない。
コミュニケーションの経験値を積んでから再びチャレンジなんてこともあるかもしれない。

そしてそうやって高齢者はこぞって街を歩くようになったり、子供とコミュニケーションを図ることを通じて新たな生きがいなどを見つけられないだろうか。
きっと高齢者が子供の人気者になっている風景が出来上がるだろう。

アイテムガーディアンとして設定されるのは障害者であってもかまわない。外国人であってもかまわない。もちろん誰であってもかまわない。目的はコミュニケーションのある風景を生み出すことなのである。

医療や介護に対してランドスケープデザイナーがアプローチできることの一つに、こうしたコミュニケーションのある風景を目指してゲームの提案をしてもいいはずだというように思っている。
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# by innerscape | 2005-05-11 21:52 | 装置と風景

貧困と豊かさの狭間の風景

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CSCDの共催プロジェクトの一つとして、7月26日から倉敷で国際フォーラム『芸術と福祉』を行う。
そのフォーラムでお話くださるパネラーの一人『わかくさ保育園』の園長小椋氏へ会いに行ってきた。

『わかくさ保育園』は日本でも有数のホームレスの集まる街、西成区の釜ヶ崎のど真ん中にある保育園である。
たどり着く道中にも、見かける公園は居住者の青テントであふれかえり、道端にはあきらかに道路交通法違反の屋台が立ち並ぶ光景があちらこちらにある。
ドヤ(安宿の意味)の看板を見てみると、一泊800円という値段が書いてあったり、店先で売っているものも通常の街で見かけるものよりも2~3割は安い価格がついている。
夕刻なので、日雇いを終えたホームレスの方々があちらこちらをウロウロしていて、店先や道端で車座になりながら安酒をひっかけていたり、ちょっとしたスペースを見つけて寝そべっていたり、大声で笑いながら屋台からはみだしていたり、自転車で空き缶を集めていたりするという凄まじい風景の中、僕達は保育園へ向かった。
こうした風景を見ていると、ソウルの鐘路のあたりや北京の裏通りの風景を思い出す。
北京やソウルでも特に低所得者層の住む住居内の快適性が低いが故に、結果として人々は皆屋外へ出てきて過ごしているので、街のあちこちに人が居る状態が出来上がっている。その人の居方とすごく似ているのである。少し違うのは居る人々が全て中年の男性という点である。北京やソウルでは女性も子供も多い。

普段は街歩きをしている中で、人々が場所を使いこなしている例があれば写真に収めて嬉々としているのだが、この場所ではそんな行為が馬鹿らしく思えるほど、これみよがしに屋外空間が使いこなされている風景がある。
人々の顔を眺めてみると、決して悲観的な様子は無いのだが、これを豊かな風景だと手放しで喜べるわけではなく、やはり経済的な事情から結果として屋外空間を使いこなさざるを得ない状況がそこでは浮き彫りにされている。
女性はとても歩けないような場所だし、衛生状態も決して良くは無い。
出来ることなら彼らも野宿ではなく屋内で過ごしたいと考えているはずである。
しかし極端な例とはいえ、ここには屋外空間を違った意味で豊かに使う可能性が提示されているような気がしながら保育園にたどり着いた。

園内は一変して、子供のオンパレードである。
まるで動物園のような奇声があちこちで聞こえてきて、そこらかしこを子供が走り回っている。
少し子供の相手をしていたのだが、さすがにエネルギーをすぐに奪われてしまった。

こんな釜ヶ崎あいりん地区に小椋園長は26年前にやってきたという。
『わかくさ保育園』は日本の福祉事業の先駆者石井十次の意思を受け継いだ大原孫三郎という当時の倉敷紡績の社長の手によって創立された社会福祉法人石井記念愛染園の施設の一つである。
保育園自体の定員は60名であるが、事情により住民票がなく手続きの出来ない家庭やオーバーステイした外国人、サラ金に追われているような家庭に居る児童達を受け入れる青空保育の人数も含めると90名近くの子供達を抱えていることになる。

ここでの試みで素晴らしいのは、ただ園内にいて子供が来るのを待っているのではなく、職員自らが街を巡回して、ドヤを尋ね、また木賃アパートを訪ねて子供を捜すことをしている点である。
子供の中には、親のネグレクトで2年以上も部屋から出たことが無いため、肌は真っ白で発育が遅れているような子も居る。
そうした子を『わかくさ保育園』では保育料フリーで入園させて、社会と接点を持たせるというセツルメント活動をずっと続けている。
保育は子供の面倒だけを見ていれば済む問題ではなく、親の問題や、地域の問題にまでつながる。
地域社会全体で子供を守っていく仕組みづくりを小椋園長は目指したいと言う。
あいりん子供連絡会というネットワークを母親を中心に広く行政や病院関係者なども含めて運営していて、情報誌を発行していたり、ホームページを運営したりと近年では特に活性化してきているようである。

この園内以外に子供達の居場所はあるのか聞いてみた。
街には生活保護を受けている高齢者達がたくさん居る。そうした高齢者は自ら何か生きがいを見つけたいとボランティア活動の一環で保育園の掃除や、紙芝居などを子供に見せに来たりしている。
そうした高齢者達のアパートや彼らが連れて行ってくれる公園が居場所になることもあるという。

もともとそうした高齢者もホームレスと同じ状態であった。多くの方が住んでいる場所はドヤである。
ドヤは宿泊施設のため、そこの住民は居住者としてはみなされない。
居住者でなければ生活保護を受けることが出来ず、いつまでも明日の食料の心配をしなくてはいけないのである。
そんな中、ドヤの経営者の中で心ある人がドヤをアパートに変えて申請することで、そこに住む人々は生活保護を受けれるように便宜を図ったという。
明日の食べ物に困らなくなった高齢者達は何か生きがいや社会に貢献できることが出来ればとわかくさ保育園を訪ねたという経緯である。

そうした人々に囲まれて育った子供達が大きくなってこの町に愛着を持って居つくのかどうかを聞いてみた。
やはり難しいらしい。
少し大きくなって、稼げるようになったり、生活が楽になったりすればやはり違う土地へ引越ししていくため街には常に貧困層しか残らない。
あいりん子供連絡会などの活動を通じて少しづつ西成のイメージは住む人々の中でも変わりつつあるようだが、やはり地域ぐるみで子供を育てて、そうした子供が街に愛着が持てるようになるには長い時間と非常に厳しい社会問題が横たわっている。

公園で高齢者と一緒になって芋を育ててそれの芋掘りを行うなどの活動もしていたという話が出たので、行政からの規制や指導などはなかったかと聞いてみた。
そこについては行政も問題なく認めてくれたという。
あちらこちらに道路交通法違反が見られ、公園には24時間居住者が居る中で、子供達と高齢者が公園に畑を作って楽しむことを咎めるのは不毛なのであろう。

こうした地域が抱える問題は、僕達が普段住んでいる街とは違ったレベル、基本的な居住性含めて解決すべき問題がある。
そしてそうした問題がとても大きいが故に、パブリックスペースのプライベート的な獲得に対して規制が緩くなっているのも事実である。
しかしホームレスが街にあふれかえっている今の現状を決して肯定するわけではないが、そうした風景の中に地域のポテンシャルと屋外が豊かに使われている事例や可能性が見え隠れしている事に目をつぶってはいけないと複雑な思いで感じていた。
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# by innerscape | 2005-05-09 21:53 | マゾヒスティックランドスケープ

廃墟礼賛

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かねてより行きたかった場所で、なかなか機会が無かったのだが、つい先日遂に友が島へ行ってきた。
友が島は瀬戸内海の紀淡海峡に浮かぶ4つの島を総称している。
明治初年より陸軍が国土防衛のために砲台を建設した場所で1889年に第一砲台を設置したのが始まりで、第二次世界大戦が終わるまで重要な軍事要塞として利用されていた。

戦後アメリカ軍が砲台を破壊して今ではすっかり廃墟となってしまった無人島だが、珍しい動植物や地層などもあって、来島者も少しは居るようだ。
僕が参加しているコラボ研という研究会の一環で行ってきたのだが、30人近い人数で廃墟をウロウロする光景はなんとも異様なものである。
なぜなら人の姿が居ないことが廃墟の特質の一つだと思うからである。
その証拠に、30人近く居た人々のほとんどが廃墟を撮影するときに人影を入れることを拒否していた。
廃墟は無人であって欲しいという想いがそこには働いているように見える。

廃墟は死のイメージがつきっている。そして廃墟には植物がつきものである。
人が居なくなった後の抜殻だけが残っている姿に対して、侵食してくる植物の異様な生命力が対照的に生々しく映る。
まるで廃墟は植物の生命力を確認するための施設であるかのようだ。
その植物の意味するところは人間の管理の手が入っていないことであり、それはすなわち人間によるコントロールの不在を意味する。
かつては人の息吹があった場所が、今ではすっかり消えてしまいその痕跡だけが残っている場所。それが廃墟なのだ。
そうした姿に人はどこか儚さを感じるのだろうか。廃墟を礼賛する人はそう少なくはないはずである。

こうした廃墟礼賛は今に始まったことではなく、ヨーロッパの文化を中心に幾度と無く廃墟がモチーフにされて作品が作られてきた歴史がある。
16世紀初頭のイタリアにおいてはすでに人工的に作ったニセ廃墟が(シャム・ルーイン)があったらしく、廃墟に対する渇望がこんな時代にもすでにあった。
17世紀には絵画の主要モチーフとして廃墟のイメージが何度も登場する。18世紀に入るとピラネージを初めとする芸術家にとって廃墟はインスピレーションの源泉になり、また主に英国を中心に庭園の添景物として廃墟が作られ始める。
結果としての廃墟ではなく目的として廃墟をつくることに貴族達が興じていた事実は面白いが、人口廃墟というのは果たしてリアリティを持ちえるのか疑問である。
遺跡とは使われている姿だが、廃墟とは使われていない状態を指すのではないか。打ち捨てられているから廃墟なのである。
廃墟は積極的な意味や機能を持ってはいけない。意味や機能が抜け落ちた後の状態が廃墟だからである。
面白いのは友が島の第三砲台などを見ていると、全く意匠的な意味合いを感じないところだ。
かつては機能と意味しかなかった空間だったのだろうが、それが今では全く反転してしまっている。
そのことも施設の死=廃墟を語っているような気がする。

しかし不思議なことに現代においてなぜか廃墟的に発見されるものに工場がある。
それも現在も稼動中の工場は意味と機能に満ちあふれているはずなのに、工場地帯には廃墟的な雰囲気を感じるのはなぜだろうか。
工場もやはり人が住んでいないということから生活感が欠如しているからだろうか。
それとも工場の持つ異様なスケール感は僕達の生活実感とかけ離れているからなのだろうか。
工場の内部や外部にある装置が僕達の理解を超えているからなのかもしれない。
いずれにしても何か理解できない感覚、どこかコントロールし切れていない感覚が廃墟にも工場にもつきまとうような気がする。
解体されてしまった香港の九龍城砦やアメリカのプルーイット・アイゴー団地などは、人が住んでいるにも関わらず生きながらにして廃墟的なイメージを帯びていったのは、やはりアウトオブコントロールな状態があったからであろう。

そのコントロールし切れていないイメージとしての廃墟観が作品の中で引用されることも多い。
大友克弘のアニメーション『AKIRA』における「ネオ東京」や映画『ブレードランナー』での廃墟観、漫画『北斗の拳』での廃墟観など挙げればまだまだ出てくるだろう。

廃墟礼賛については今後も色んな断面から考えていきたいテーマである。
廃墟は僕を考えさせる存在である。
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# by innerscape | 2005-04-29 19:33 | 崩壊のロジック

科学技術と風景

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毎週木曜日はCSCDの全体ミーティングが行われる。

しかし、前回もその前もそうだったのだが、その場に居られる方々のお互いの専門や経歴、問題意識や取り組んでいることなど具体的な事が何一つ明らかになっていない中ミーティングが進められるので、いささか迷走気味な空気が流れている。
コミュニケーションデザイン・センターなのに、スタッフ同士のコミュニケーション不全の状態が続くのはいかがなものかという問題意識は共有できているようで、今日からはスタッフそれぞれが今までどんな事をしてきて、どんな事をしようとしているのかということを共有するために毎週、人を代えてプレゼンテーションを行うことにした。

今日のプレゼンテーターは副センター長の小林傅司さんで科学哲学を専門にしている先生である。
僕自身は科学哲学という分野自体については全く知識をもっていなくて、アインシュタインの相対性理論とプラトンのイデア論とブッダの色即是空の類似性を語っているような分野なのだろうかと思っていたのだが、そうではなく科学者が持っておくべき倫理観や哲学、知識やコミュニケーション能力についてどんなことをしてきたのかというプレゼンテーションでとても面白かった。

小林さんは理学部出身なのだが、そこから科学史の方へ進まれた人である。
理系の科学者が人文系の知識についてまるで知らないこと、その逆に人文系学者のテクノフォビア、そして学術とは無縁のところで生活する市民が広い知識を持ち合わせていないという知識不全、コミュニケーション不全に大きな問題意識を感じている。
そうした問題意識の中、科学技術者と専門的知識を持ち合わせていない市民を同じ場で議論させるコンセンサス会議を初めて日本に持ち込んだ人である。

コンセンサス会議というのは1980年代にデンマークで生まれたテクノロジーアセスメントの1つの手法なのだが、これが画期的だったのは専門家同士の合意ではなく一般市民(この一般市民という言葉も誰を指すのかということがCSCDでは議論になっているのだが・・・)を含めて行われたところにある。

委員会はあるテーマを設定して、公募によって選ばれた市民パネル及びその分野を含む様々な分野の専門家を呼んで質疑応答などのプロセスを交えながらテーマについての議論を行う。
ここで面白いのは色んな考え方の専門家を呼ぶところである。

例えば原子力テクノロジーについての討論であれば原子力に賛成派も反対派も呼んで討論を行い、そのことで、様々な角度からの意見があることを共有し安易な予定調和に至らずに議論が深まったり、あるいは市民がそのことについて考え始めたりすることに意味があるという。
選ばれた市民だけが議論に参加できるというのは、サイレントマジョリティの問題を解決していないとはいえ、単純に1つの価値観が共有されなくなっている時代にこうした会議を行うことや、規模は違えど朝まで生テレビのような番組で議論するプロセスを公開していくというのは、市民意識を変えていくことに大きな意味を持っているように思える。

もうひとつ面白かったのは日本人が持っている自然の征服と幸福についての価値観の変遷グラフである。1960年代までは『人間が幸福になるためには自然を征服してゆかなければならない』という意見に賛同する人が『人間が幸福になるには自然に従わなければならない』という意見よりも圧倒的に多かったことに対して、1968年から1973年の間にその関係は一気に反転するという結果をデータで見せてもらった。
確かにこの68年から73年の間は68年パリの五月革命を初めとする世界各地で起こる学生運動、69年のアポロ11号の月面着陸、70年の大阪万博、73年のオイルショックなどなど、様々な局面でパラダイムがぐっと振られていく時代だったのだろうということが意識調査に現れているのが非常に興味深い。
万博にモダニズムのアンチとしての自然の象徴、『太陽の塔』を建てたことが本当の反博だと言う岡本太郎の引用も冴えている。
小林先生が今科学技術業界を含めて行われている議論はこの70年代に提起された問題の延長であると言っていたコメントも興味深く、まさに国民の多くが食糧生産従事者から企業人へとシフトしていった70年代は、ライフスタイルの変遷を通じて社会風景のあり方が変化した時代だったのである。

プレゼンテーションの最後の方では、72年に科学と政策の接点であるトランスサイエンスを提唱していたワインバーグの話を引用しながら、今の時代性について考察をされていて、ある科学技術の是非や採択は科学者達だけの問題でも政策側だけの問題でもなくその重なる部分になってきているため、何を採択するかはパブリックに開いた上でその意思決定が共有されるプロセスが重要であるとしていた。

科学技術の問題もそうであるが、ある領域の問題だと考えられていたことを様々な分野を俯瞰してメタな補助線を一本引くと関係性が見えてくるという考え方は、風景(ランドスケープ)が持っている統合された視点からの読み解きと同じ眼差しである。

しかし、総合的な社会環境に取り組むはずのランドスケープが今しているデザインが、農作物の遺伝子操作の問題や原子力発電の問題などと、どう関係づくのかはあまり見えてこないのではないだろうか。

風景デザインなどと言って大風呂敷を広げているが僕達が背負える責任の範疇というのは実はちっぽけなもので、大きな社会問題についてひょっとすると何も出来ないのかも知れない。
とはいえそうした科学技術や社会問題への意識を持った人々がどんなライフスタイルを選ぶのかということはすぐにも風景の問題と関係づいていて、その時に僕達がどんな環境像を提示できるのかということは少なくとも責任の範疇にあるはずである。

そのことについては常に考えておかなければならない問題で、風景を考える職能としてはCSCDで他分野の方々とのセッションを通じて広く模索していきたいと感じた会議だった。
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# by innerscape | 2005-04-14 20:24 | コミュニケーションデザイン

強く美しく誇らしく

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以前からずっと会いたいと思っていた、エリカ・バドゥに遂に会ってきた。
5年前に一度来日した際には彼女に会うことが出来なかったので今度こそは彼女の歌声を堪能しようと楽しみにしていたのだが、突然鳴り響く雷に激しい雨、4月だというのにやけに冷たい風。
何だか不吉な天気だなと思っていたら案の定、彼女のコンディションが悪いことが知らされた。
先日の愛知万博でMISIAと一緒におこなった野外ライブの際に風邪をひいてしまったらしい。
予定より一時間ほど遅れてスタートしたライブアクトにもなかなか彼女の姿は現れず、少しオーディエンスがいらつきはじめた中、ようやく彼女がステージに姿を現した・・・。

エリカ・バドゥは1997年にアルバム『BADUIZM』でデビューした黒人のシンガーである。
80年代の黒人音楽が電子楽器に偏っていたことへの反動から、90年代の初頭あたりに生楽器のグルーブが再評価され広がったアシッドジャズ/レアグルーブの流れ。そして同時に台頭してきたヒップホップ、クラブカルチャーへの流れが見事に融合し始めたのが90年代半ばのネオクラシックソウル、あるいはオーガニックソウルと呼ばれる音楽である。
そうしたムーブメントの中、アルバム『BROWN SUGAR』で華々しいデビューを果たした天才ディアンジェロと並んで登場したのがこのエリカ・バドゥだった。
ソウルな歌声、ジャズのメロディ、ヒップホップのグルーブを持った彼女の音楽を今では継承するアーティストは多くいるものの、彼女のセンシティブでエキゾチックな表現に今でも僕は魅了されている。

皆が不安気に見守る中、彼女はノドを痛めかすれた声で歌い出した。
エンターテイナーはステージに立つ以上、寸分の甘えも許されない悲哀を抱えている。
ベストではないコンディション。
多くの観客の期待のまなざし。
このライブのために動いた数多くの人と巨額の資本。
これらを全て一人で受け止めなければならない。
そうしたプレッシャーを跳ね除けて輝くことが出来るのが真のプロフェッショナルだということを彼女は今夜教えてくれた。

ノドをかばいながらうたう痛々しい彼女の姿も感動的だったが、途中涙を流しながら"I can't stand my throat pain..."というフレーズを歌の中に織り込む演出や、自分が出せなくなってしまったハイノートのフレーズを観客に求める機転の速さは見事で、彼女の魅力は決して歌声というところだけにあるわけではないことを改めて知った。
決してベストな状態で行われた演奏ではなかったが、素晴らしいステージだったと思う。

ライブとは決して音楽を聴くだけではないのだ。
そのアーティストの表情や息づかい、眼差しや動き、パワー、空気感を共有する場なのである。
僕達はエリカ・バドゥの“歌”を聴きに来たはずだったのだが、エリカ・バドゥという“人”の強さと美しさを感じて帰ってきた。

すさまじいプレッシャーの中、強く美しく誇らしく輝く彼女。
しかしその背後に並々ならぬ覚悟と勇気と器量を持つことがその輝きを支えているということの意味を、教えられた夜だった。
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# by innerscape | 2005-04-03 14:48 | 音楽

美しく年を重ねること

以前よりお願いされていた『ビューティーエイジング』という健康食品のパッケージデザインの打ち合わせのため四ツ橋へ出かけた。
この健康食品は40代の女性をターゲットにしたサプリメントで、更年期障害などが出始める年頃の女性に年とともに美しく健康的な生活を送ってほしいという願いから開発を進めている商品だそうだ。

夕刻からクライアントの小柳社長、御所薬舗の瓜阪氏と共にトルコ料理を食べながら色々と打ち合わせをしていたが、薬品業界というのは今まで触れる機会がなかったので新鮮に感じたと同時に、繊細な業界だけになかなか制約が多く大変そうである。

他の業界の事情は良く分からないが、エイジングの美しさという考え方はランドスケープの業界でクリシェになっている。
ゆっくりと時を経て変化していくデザインや、時間を経て豊かになっていくデザインを求められることの多いランドスケープデザイナーが、『年とともに美しく』を標榜するサプリメントのパッケージデザインをすることははなかなか勇気のいることなのかもしれない。

丁度良い機会なので、時間が経てば豊かになっていくものは何があるのだろうかと考えてみる。
時間が経つことで獲得していく魅力・・・。
ベタなところを想像してみると樹木がすぐに思い浮かぶだろう。
確かに樹木は若木のときは葉も少なく、幹も枝ぶりも貧弱な様相をしているが、時を重ねるたびに年輪が増え力強さと豊かさを増していくように見える。
『成長』することで獲得する魅力である。
上流から流れてくる間に角が取れて丸く磨かれた川石はどうか。
これは成長という概念ではないが、色んな紆余曲折を経てカタチが『洗練』されていくという魅力だろう。
長い年月風雨にさらされて色に渋みがついたレンガの壁。
これも同様に時間を経る中で色んな紆余曲折を経て魅力を獲得していくのだが、壁はただ攻められるだけで川石のように何も動かずシェイプを変えることも無い。『蓄積』によって獲得した魅力といえるのか。

考えてみれば、ピカピカで新しいものだけが美しいとする価値観は一義的でつまらないようにも思えてくる。
それは人間にとっても同じことが言えて、一時の熟女ブームではないが若い娘の中にしか美がないというのはつまらなくて、『老』を積極的に肯定することで見えてくる美しさがあるのではないかという想いになる。
同じような視点では、作家で芸術家の赤瀬川原平が年を取っていくことで身についていく能力の事を『老人力』といって積極的に肯定している。
忘れるということや力を抜くということが年を重ねることで身についていく能力だという視点はとても興味深い。

ただの直感に過ぎないのだろうが、僕達が美しいと感じるその根底には生命感の表現のようなものがあるような気がする。
小さい子供や若さの中に美しさを感じるのは、生命感をがあふれ出る表現形なのだからだろう。
逆に年を重ねた中で見えてくるのは、生命感が丁寧にコントロールされた美しさなのではないか。
健康な状態を身体にまかせて外に発するのではなく、中に溜め込み丁寧に生命の発露を制御し積み上げていく振る舞いが年を重ねた中で見えてくる知的な美しさのように感じられる。
そのためにはやはり健康でなくてはならない。
単純な答えだが、美しく年を重ねるということはやはり生命を回し続けることだ。
その生命を回し続けることこそが美しさで、変化していく表現形態に本質はない。
戦争と平和を書いたロシアの小説家レフ・トルストイは、植物の発芽を例にとって言う。
穀粒の胚の中にあるように見られた生命が発芽すると芽に移り、それが成長して花が咲くとそこに移っていく。そして花が落ちて胚が出来る。
では一体生命はどこにあるのか。
生命とは生き物の誕生の時から死に至るまでに、その中で生起するところのものであると彼は言う。
生きているプロセスの中で生命の表現をすることが美しさの秘密なのではないかと思う。

さて美しさの秘密について一通り納得したところだがしかし、やはりランドスケープデザイナーは樹木が好きなのだろうか。
やはり堂々と生えている樹木の美しさについて気になる。
植物と動物の違いを考えてみると面白くて、動物細胞は死ぬと消滅していくのに対して、植物細胞は死ぬことによって積み重なって構造体をつくっていく。
時間が身体に封じ込められるというわけである。
使われた後の抜け殻が積み重なって風景を作っていくようなパッケージは、一体どんな形をしているのだろうか・・・。
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# by innerscape | 2005-04-02 14:50 | プロダクトデザイン

世界のかけらを集める旅

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4月1日に大阪大学コミュニケーションデザインセンター(CSCD)が開所した。
CSCDは70年の大阪万博の記念公園の中にあり、当時の面影を色濃く残す万博記念協会ビルの真っ赤に塗られた空間を抜け、3階の一角にあるセンターへ向かった。
急に決まった人事なので、当日まで何も情報がない状態で不安気に向かったが、どうやら僕の席はちゃんとあるようで少し安心した。
思い返せばすでに来ている他の方々も、あまり詳しい事情を知らなかったようで、僕と同じようにどこか不安気な面持ちだったような気がする。

鷲田清一先生を始め、続々と集まってくる先生方の顔ぶれは蒼々たるものがあった。
医学、看護学、ネットワーク工学、社会学、人類学、科学哲学、アート、美学、防災マネージメント学、臨床哲学、グラフィックデザイン、文学、演劇などなどの専門家が文理の領域を超えて集まるこのセンターはいわゆる大学の研究機関というよりは現場での実践や市民を含めたワークショップが求められている。
こうした顔ぶれの中、僕はこの中でただ一人、空間デザインを扱うアーキテクトとして関わることになる。

まだ顔を合わせたばかりなので、お互いの専門が何で、今までどんな経緯を経てここへやってきたのかは全くわからないが、こうした場に来て見ると今まで自分が関わってきた世界がいかに狭いかということを思い知らされる。

僕の携わるランドスケープデザインが担おうとしているのは風景のデザインである。
風景は数々のエレメントが関係づいている状態の総合的な像であって、その個別のエレメントを成り立たせている構造がそれぞれの背後にあることを知らなければならない。
そしてそうした個別のエレメントの構造は社会の成り立ちと深く関係していて、それが表象の風景としてどのように現れるかをデザインするということは生半可な知識や理解では到底及ばないということも同時に理解するべきである。
このCSCDにはこうした個別のエレメントの構造を深く知るそれぞれのプロフェッショナルが集まっている。
そしてそれぞれの分野は様々な問題を抱えており、程度や時間の差こそあるが風景の問題に還元されていくだろう。
そのときにこうした問題の解決に対して、ランドスケープという専門職がどのように関わっていけるのかが僕自身を通して問われることになることを感じている。
今までのように造園学や建築学という数少ない世界のかけらしか持っていない中で『風景をデザインする』、『社会をデザインする』などと言っていると、風景の問題を解決するどころか、風景について考えることも到底及ばない。
この5年、ここに集まる方々が持つ世界のかけらを1つでも多く拾い集めていく旅の中で、総合的な風景のあり方を点描していくことが、すなわち自分の職能を問うことにもつながるのではないかという気持ちでいっぱいである。
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# by innerscape | 2005-04-01 14:55 | コミュニケーションデザイン

得する空間

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ランドスケープエクスプローラーで今進めているワークショップ『アーキフォーラム』の第5回目を26日の土曜日に行った。
第5回目はユニット派建築家『みかんぐみ』の曽我部さんをお招きして色々とお話を伺う。
曽我部さんはとても気さくな人で、語り口がとても軽快だったのでつい時間が経つのを忘れてしまうほどだった。
『建築家に何が可能か?』というテーマを掲げて、建築以外のことを建築家はしてもいいんじゃないかという論点で進めていくプレゼンテーションは、目に見えるものは何でもデザインの対象であると詠うランドスケープアーキテクトが学ばなければならないことに満ち溢れていた。
下がプレゼンテーションされた内容。

■十日町×十日町
十日町の街づくりのワークショップでは、街を徹底的に調査して、面白い場所やモノを100個選んで紹介する箸袋のデザインを行った。
そこがどういう街なのか調べつくすところからモノをつくっていく姿勢がそこにはある。

■音の森
岡山ベネッセスクエアの教育について考える展覧会で会場構成をみかんぐみが担当した。発泡スチロールを使って壁と床がシームレスな空間を作り、ヘッドホンと指向性マイクを使って、一歩歩くごとに変化する音によって空間を把握できるようにする。壁とか床とかではない空間認知の可能性を模索している。

■マナイタハウス+チラシブース
・古い銀行をリノベしたカフェのプロジェクト。マナ板(ポリプロピレン)の持つ質感が面白いので、それを空間にするためにマナ板700枚を100円ショップで購入し、壁にひっかけて空間を作る。架けられたマナ板を手軽にはずしてお客さんが調理や給仕にも参加出来る空間を目指していて、そのことで店側とお客さんが渾然一体となった活気を生み出そうとしている。
その横のブースにチラシやフライヤーを入れることで完成する透明ビニールのパーティションを作る。ビジュアル的な表面と情報の詰まった裏面の両面が見え、それが空間的に分かれているので表と裏とで行動に違いが見られる。

■音符の畑+ハンガートンネル
横浜の馬車道のプロジェクト。展覧会場までのアプローチ部に楽譜にしたがって舗装に穴をあけ、そこに木を植えて一本を一人づつが管理していく。ここにも参加と愛着が生み出す風景をつくろうとする姿勢が見える。
同じ場所に結束線を使ってハンガーをまとめて組んでいくことで展覧会場までのトンネルを作る。これも簡単な工法を使って、参加しながら作っていける空間を目指す。

■リハピネス
・六本木ヒルズ『ハピネス展』の後のクロッシング展の会場構成。その前に行われていたハピネス展のセットをリサイクルして会場構成を考える。90人の学生を動員して作る。

■キュービックポット
・みあげ物屋の空間構成。目的がないが何かをしたくなるような物を作る。6面全部に穴があいたキューブ上の陶器をつくりその後色んな使い方を実践してもらう。ここでは使い方がすぐにわかるものよりも、使い方を考えさせるものの方が使い手の愛着をより喚起させやすいのではないかという問いかけがある。

■岡山のキャンプ場
・樹木の幹を囲むだけで、顔のように見えてくるアートや、山頂と麓の部分では異なる色をした土を顕在化させるインスタレーションを行う。普段見慣れているはずのものに情報を与えることで何かを発見させる。

といった感じのプレゼンテーションがされた。
曽我部氏いわく、こうした内容のプロジェクトと解決方法は建築家が担ってもいいという。
そして曽我部氏が普段写真を撮ってホームページにアップするような街の面白いネタからデザインが進んでいくという。
彼自身は愛着を持って『使い倒される』空間や場所を目指していて、これらを展開しているが、こうしたプロジェクトと曽我部氏の発言を注意深く観察すると彼のアプローチには大きく三つの手法が見え隠れしている。

カタチのデザイン
これはカタチによって使うことや愛着を喚起するやり方で、ただ単純に美しいことだけを狙ってはいない。
しかし、最初から使い方を想定してデザインをするとどこかつまらなく広がりのないものに陥り不毛なデザインになると彼は言う。
では何で成功を図るかというと、その後の使われ方の可能性がいかに広がったかということであり、そのためにはアフォーダンスの反応性やきっかけの密度を変えるデザインが優れている。
何の役に立つのか分からないものほど読み取りが深まるため、使い方を想定するのではなく美学や面白いと思えるかどうかという個人的な部分で最終的なカタチを決定していく。
しかしただ単に感性で奇抜なカタチを作る人との違いは、完成度を緩く作っているかどうかという点が我々が唱えるマゾヒスティックランドスケープの手法とほぼ同じ意見である。

情報のデザイン
情報を与える、見方・視点を与えることで使うことや愛着を喚起するやり方で、『使い倒せる』気持ちにさせる情報を与えていく。
ちょっとした使い方のきっかけや見方の変化でモノが持つ性質が変化する所に着目して、情報の与え方を一義的にせず、完結した小さな情報を与え続ける。
これにも一方的ではなく情報をインタラクティブに与える方が緩いつくりかたであるという点がマゾヒスティックな要素をはらんでいる。

参加のデザイン
建設のプロセスに参加することで使うことや愛着を喚起するやり方で、建設のプロセスに使い手が参加することで簡単に改変できる気持ちにさせることにポイントがある。『八代の保育園』などでも、保母さんが工作したくなるようなディテールにすることで改変していく事を目指した。
この手法も、ある場所の初期設定だけを決めて、後は新しい使い方を見つけながら場所を作って(使って)いくという、我々が共有している考え方
とほぼ同意見である。

この三つの手法を見ているとほぼ同じ考え方で、やはり同時代なのだという感覚を覚える。
そこで目指されているものは、映画や美術や絵画のような一方的に飛び込む情報を享受するような空間ではない。
ウェブのような、自分と場所とのインターアクションで成り立っていく空間が面白いと共有され始めているのである。
色んな意味で社会が豊かになってきて、一方で与えられるだけのつまらなさを感じてきた僕達は、きっと色んな事が出来る方が『お得感』がある空間だと思うようになっているのだろう。
使い方を想定されて作られたものに僕達はリアリティを感じない。実感を得ながら自分で掴み取っていくものこそ自分達が獲得しえるものになると感じている僕達は、何と贅沢な事を言うのかと思うこともある。
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# by innerscape | 2005-03-26 23:07 | マゾヒスティックランドスケープ

最終回

今日でオフィスを去ることになった。
僕とこのオフィスの物語は今日で最終回を迎えたことになる。
これを機に1つの区切りをつけたいと、前のブログからこちらへ移ってきた。

この3年間のオフィスでの経験を思い返せば、業務内容がとても個性的だったため普通ではない様々な経験をしたと思う。
広大な荒地のごとき埋立地を大地へとリノベーションするために走り回ったこともある。
北京のシンガポール大使館で寝泊りしながらパーティガーデンの岩組みもした。
マンションの前庭の設計のため何度も現場を訪れて空間スケールの把握もした。
ヤンゴンの中心部のカンドジレイクパークのスタディのため作った大きな模型。
舗装の目地割で四苦八苦した経験もある・・・。

理不尽な事も、そしてその反対に充実した気持ちも味わったオフィスでの様々な思い出を胸にして去っていくのは複雑な気分だ。
次の職場はこの4月に新しく開設される大阪大学コミュニケーションデザインセンターといって、今までの僕がしてきたランドスケープのハードの設計とは違って、ワークショップなどのソフトデザインを実践する場である。
これからの5年ほどは『風景』というキーワードを中心に据えて、今までのものづくりによって場所を作る方法とは異なった視点で、場所をどう使っていくのか、そして風景をどう発見していくのかということを考えることができればと思う。

ところで巷では最終回がブームだそうだ。
ドラマや連載でも最終回ばかりを集めた本が売れるほど、人々は最終回に飢えているらしい。
このブームの裏側には、『終わりなき日常』なんて言われる淡々と流れる日々に、ある区切りをつけたいという現代人の欲求から生み出されているという見方も出来る。
今日は僕にとって1つの最終回を迎えるわけだが、しかしそれがいまひとつ実感がわいてこない。
おそらく僕達のようにプロジェクトをこなしていく職業は、プロジェクトごとに数多くの最終回を迎えているからかもしれない。

今回はとても大きな最終回なので実感が無いのは困ったところであるが、しかし最終回というのは案外そんなものなのかも知れない。

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# by innerscape | 2005-03-25 23:43 | 日常

悲しみの音

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ロキナンテと今進めている“音の旅”のミーティングを日曜の昼下がりに行う。彼は前のミーティングから2週間で3つのトラックを作っていた。
このトラックはこれから制作される、とある映画に向けて進めているのだが、僕たちはこうした音の旅の中で映像をリードする音楽が生み出せないかというチャレンジをしている。
ミニマルな音を重ねて作る彼のイメージは不思議な静寂感がベースになっていることが多く、映像が浮かんでくるような音楽である。
前に向かって飛び出す音ではなく、包み込むような浮遊感のある音で構成したトラックに僕の声を載せながら二人でイメージを共有していく作業にしばし没頭した。

映画のテーマが殺し屋の話しだそうなので、改めてちゃんとその事について話したことはないが、ふと彼の音楽の根底には悲しみが横たわっているのではないだろうかと感じる。
確か坂本龍一も同じようなテーマを掲げていたような気がするが、悲しみを共有する媒体の一つとして、人は昔から音楽を選んできたのではないだろうか。
最後に人を送り出すときの鎮魂歌や、奴隷として連れてこられた黒人の悲しみをうたうブルース、多くの民謡や島歌、インディアンのうたにも悲しみを共有する音が垣間見える。

必ずしもポジティブなものだけに人間の気持ちが支えられるわけではなく、ネガティブな気持ちの動きが時に強く人に響くことがある。
幸せの延長線上に幸せがやってくるのではなく、不幸があるからこそ、その向こう側にある幸せが実感できるという感覚は、僕たちもリアルに思い当たることはあるだろう。

そうこうしながら日が傾いてきて、部屋に最後の陽光が斜めに挿し込んでくる。
黄昏の郷愁を味わいながら、僕たちが紡ぎだす悲しみの音は共有されるのだろうかと考えていた。
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# by innerscape | 2005-03-21 23:43 | 音楽

作ること使うこと

4月からお世話になる大阪大学コミュニケーションデザインセンターCSCD)の藤田先生のお誘いで、月曜日に『コミュニティ・アート』のシンポジウムに行ってきた。

セッション1はパフォーマンスとコミュニティという事で、大阪工業大学の椋平先生と、劇企画パララン翠光団の務川氏の活動報告、セッション2はアウトサイダーアートの現在という事で兵庫県立美術館の学芸員服部氏と大阪大学教授の奥平先生から報告がある。
僕自身不勉強のため、両方ともあまり詳しくはなかったのだが、場所をどう使うかそしてどう見るかという視点で非常に参考になる話しだったので興奮して聞き込んでしまった。
前段は、演劇家を中心にアートの人々に公的資金が投入されたことでどのように活動が変化したのかという変遷が分かりやすく報告され、とても理解しやすかった。

80年代から90年代初めにかけて企業メセナが活発化し、バブル以降にハードからソフトの方へ投資が移行していく中、90年に芸術振興基金というのが設けられ、竹下内閣の手によって全国全ての市町村へくまなく1億円の支援が出るようになったのが、公的資金が芸術に対して支援される動きの発端になっている。
そうした中で演劇家含めたアート側の人間は活動に公的資金が導入されるわけだから、今までのように個人の自己実現のためにやっているだけではなく、社会的な意義を考えざるを得なくなったという。
そんな中95年に阪神大震災が起こる。
それを契機に被災者達に対して演劇に何が可能かを考え始めて色んな形の演劇ワークショップが生まれていくことになったという経緯がある。

そうした活動の一つとして、務川氏は夏市夢座という活動を94年から毎年続けている。

これは、毎年京都で地蔵盆の頃にお化け屋敷をつくるというワークショップで、廃校になった小学校や、震災で閉館になった映画館、お寺の駐車場などで、ほぼ毎年継続して行っており、最初は劇団の人々で作っていたスタイルから最近ではおばけやしきを作るところから子供を参加させるワークショップの形式を取っている。

話しを聞いているととても楽しそうで、子供達が自分で考えたおばけを実際に作っていく様子や、どうやって驚かすのかを相談するプロセス、震災で壊れた建物なども壊しながら場所を作っていくプロセスに参加した体験は、街の施設を非日常的に暫定利用させることを通じて忘れられない記憶を育くんでいくのではないかと思う。

特に壊しながら作ると言う行為は、普段意図的にしないことなので、結構刺激的な体験を生むことが多く、僕も必然性のある場所でそんなワークショップをいつかやってやろうと思ったりもする。
ここで勉強になったポイントとしては、子供が問題を起こしたときの取り扱いである。
子供が何か問題を起こしたときに、一過性のものとして扱うことでうまくいくということを務川氏は述べていた。そのことを周りが問題視しないことで、お化け屋敷を作る目標に向かって乗り越えていけるという。

まだまだアートや演劇の世界は自分達の自己実現の範囲に留まっている現状はあるが、こうした活動のように、演じ手と観客を分け隔てずに渾然一体となった状況がもっと出てくると街はとても楽しくなるような気がする。

僕たちが進めているランドスケープエクスプローラーでの活動も同じような視点を持っているのだが、どこまでが作り手でどこからが使い手なのかということをあまり明確にしないようなやり方は、色んなシーンで見られるようになってきている。

こうした現場ではプロかアマか、仕事か趣味かという区別は難しい状況が生まれてきていると務川氏も述べている現状の中、モノを作ることに責任を置くというプロフェッショナルと、人と活動とプログラムをマネージメントしていくプロフェッショナルは全く違う職能として発展していくべきなのか、一つの職能にセットで持つべきものなのかを僕たちもしっかりと考えておかないといけない。
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# by innerscape | 2005-03-16 23:45 | コミュニケーションデザイン

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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