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私的風景の電脳記録
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マンスリーアートカフェで講演します

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船場アートカフェが平野町ギャラリーに移り、月に一度のプログラムとしてマンスリーアートカフェを開催しています。
その第2回目でハナムラが講演します。

僕の講演を聴いた事が無い方は是非一度お越し頂けますと嬉しいです。
講演を聞く前と聞いた後とできっと風景の見方が変わるはずです。


第2回 マンスリーアートカフェ 「風景へのまなざしをデザインする」

2011年10月14日(金)
マスター:ハナムラチカヒロ(ランドスケープアーティスト/大阪府立大学准教授)
オープン:18:30  スタート:19:00  終了予定:21:00
開場: 辰野ひらのまちギャラリー(大阪市中央区平野町1-5-7 辰野平野町ビル地下1階)
参加無料
問い合わせ:art-cafe@ur-plaza.osaka-cu.ac.jpにお送り下さい。


普段見慣れているはずの場所がふとした瞬間にまるで違った風景に見えたことはありませんか?
風景とはその場所にどのようなまなざしを向けるかによって何度でもその顔を変えるのではないでしょうか。
ここでは「風景異化」という観点からこれまで取り組んで来た作品をもとに
風景のまなざしをデザインする方法をお伝えしたいと思います。
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# by innerscape | 2011-10-14 22:31 | インフォメーション

緑橋文化祭開催

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極東EX本部の♭がある緑橋で、緑橋文化祭が今週末開かれます。

様々なイベントが行われますが、♭では極東EX第11区工作活動の見学・参加及び、夜はキネスケープ研究会を行います。
ハナムラは出たり入ったりしていてつかまらないかもしれませんが是非お越し下さい。

http://midoribashibunka.gonna.jp/

緑橋文化祭ブログ



緑橋文化祭(みどりばしぶんかさい)とは、大阪市東成区緑橋にある「町家再生複合施設 燈ーあかりー」で開催するイベントです。

大正時代に建設され、戦火を免れた町家が2008年、「燈」として生まれ変わりました。
1階には緑橋の地場産業である帽子屋さんや、美味しいビールと珈琲のお店などが入っています。
緑橋文化祭はその町家「燈」で、毎年秋に開催します。ここが更に人々の交流の場となり、地域を活性化していくことを目的としています。

緑橋文化祭実行委員会事務局 三原美奈子


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# by innerscape | 2011-10-01 12:22 | インフォメーション

「街」と「温泉」と「恋愛」についてのトークに出ます

なぜか下記のようなテーマでトークッセッションに参加することになりました。
ご関心ある方は是非。


「ナレッジキャピタル木曜サロン~会話は人生の楽しみ~」

ホットな夏に、ランドスケープアーティストと温泉ソムリエが、
「街」と「温泉」と「恋愛」をキーワードにトークセッションを展開。

多くのみなさまのご参加をお待ち申し上げております。


■開催日時
2011年8月18日(木)19:00~20:30

■受付開始
受付18:30~

■開催場所
株式会社ナレッジ・キャピタル・マネジメント(KMO)
KMOサロンスペース
大阪市北区梅田1-12-39新阪急ビル9F
TEL:06-6342-8976

■会  費  
お一人様1,000円(ドリンク、おつまみ付)


サロンテーマ
「ランドスケープアーティストと温泉ソムリエとのコラボレーション」

日時 平成23年8月18日(木) 19時~21時
場所 KMOオフィス
http://www.kmo-jp.com/corporate/

プログラム
19時~ トークセッション
 花村周寛(俳優・ランドスケープアーティスト)
 山口貴史(温泉ソムリエ)

20時~
 立食形式の懇親会 会費 1000円
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# by innerscape | 2011-08-18 13:14 | インフォメーション

ユーモアと孤独

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先日出演した堺Twitterサミットの様子を関西ウォーカーTVでたまたま見てしまったが、自分のプレゼンがかなり雑だと反省。

当日のプレゼン映像とトークセッションの様子はこちら


やっぱり2時間の内容を20分で離すのはちょっと無理があったかもしれない。
話す内容は変わらないが、2時間ぐらいあればじっくりと観客の皆さんに話を解釈させる時間があげれるから理解度は少し進むのではないかと思っている。
関西ウォーカーの玉置編集長からは、この内容を3分にしてR1に出ればいいんじゃないかとのお言葉をいただいたが、非常に興味深い。
びっくりしたのは僕のプレゼンから「バカリズム」を読み取ったことだ。
僕自身はバカリズムの升野さんのファンで、その手法も前々から通じるものがあると勝手に思っていたのだが、僕の一回のプレゼンでそれを読み取るのはかなり深い洞察力と想像力があると舌を巻いた。

クリエイションの参考にすべきイメージや領域は離れているほどいいと考えている。
その方が一旦アイデアを抽象化することが出来るからだ。

ピン芸人とランドスケープデザインはおそらくほど遠いと思うがそこに共通性を見いだせるのはかなり高度な抽象性を備えた視点で、玉置編集長の感性には正直びっくりした。

僕自身は自分の風景異化の表現を考える上で実は笑いを参考にすることが多い。
質の高い「笑い」は芸術と同じく批判力を持っていると思うからだ。
消費的な「お笑い」ではなく「ユーモア」というのは何かを揺るがす。

質の高い笑いというのは、我々が共有している常識やコモンセンスから少し外れた状態を表現するもので、そのためには共有されている常識とは何かということをちゃんと分かった上で、それを一瞬で相対化し感じさせねばならないからだ。

実に高度なテクニックなのだが、「お笑い」というくくりにされてしまうことで消費的に扱われるのが残念だ。
北野武などももともと笑いから映画表現に入っているが、おそらく本人の感覚の中では表現の違いはあれどやっていることはほぼ同じ事なのだと思う。
様々な表現で同じ感覚を描こうするのは僕も同じなのでとても共感出来る。
表現したいものの抽象度を一つ上げれば表現媒体は実は自由になる。


ユーモアは人の根底に横たわる哀しみや孤独と闘うための武器だ。
シリアスな状況に対してシリアスに向き合うことだけが全てではなく、僕自身はユーモアを持って闘いたい。

ユーモアを表現するためには、根底に人間としての孤独や哀しみが横たわっているかどうかが重要だ。己の我欲を満たしてもその哀しみが消える事はなく、ますます募っていくだろう。人は誰かの為に生き、誰かと共に生きるほんの一瞬だけ、哀しみから開放されるのだから。

組織や官の論理はどうしてもそうした孤独や心の問題を隅に追いやりつつ、人間を単純化して扱わねば成り立たない。 僕はどうしても個人という所からしか出発出来ないので、組織や官の理屈とは時々相入れないことがある。それを子供の理屈だと言うのであれば、それでも構わない。

大人というのはなろうとしてなるものだ。それは社会的な演技によって得られるもので、それを剥ぎ取れば人はみな子供だと思う。しかし、大人を演じているうちに自分の子供の部分を見つめる事が怖くなってはいないだろうか。見たくないと隅に追いやった幼児性は抑圧されて歪な形で噴出しなければいいが。

子供である事を受け入れて大人を演じる。それは哀しみや孤独を知った上でそれでもポジティブに生きるという態度に通ずるのではないか。

社会は単なる個人の集合ではないし、個人という概念ですら本当に成立するのかどうか怪しいのはちゃんと理解している。しかしその上であえて個人的な孤独感や情念、感情の表出ということから考えてみる重要性については全ての作家と共に唱えて行かねばならない視点だ。

「景観」の問題は社会的な事だが、「風景」の問題は個人的なものだ。僕は景観ではなく風景から考えたいといつも言うのはその視点に立っているからだ。これは今までの官の理屈で進められてきた都市計画やまちづくりなどとはひょっとすると相入れないかも知れない。

恐怖や孤独を克服する為に人は集まり寄り添い生きている。しかし、一方で集まり、寄り添う事で新たに生まれる恐怖や孤独というのもあるのだと想う。その時には再び離れてみる距離が必要だ。風景異化とはそこまでのスケールを持って語られねば意味がないだろう。

人間が生まれてから死ぬまでの時間に精神的に経験できることは今も昔もそう変わりはしないだろう。
愛して、憎んで、喜んで、哀しんで。そしてようやく昔の人が既に行き着いた感覚や認識に辿り着く頃には人生が終盤を迎えているのかもしれない。
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# by innerscape | 2011-08-15 11:17 | 私的詩

表現と名実と

表現とは最終的にその人がどういう生き方をしているかという事に尽きるだろう。僕が工場に住みながら色んな人と場と時間をシェアし、助けてもらいながら知恵や価値を交換するのは生き方であり僕なりの表現なのだ。小手先の表現技術の問題ではない。生とどう向き合うかというアティチュードの問題だ。

事業化してもっと効率良く儲ける事も出来るのにと言う人も居る。美味しい目が見れるかもと期待をかけてくっついてきたが、いつまでたっても事業化しない事に愛想を尽かして離れた奴も居る。何が魅力の本質なのか見抜けず事業化しようとしても底は見えている。

生き方だ、表現だと何事も口で言うのは簡単だ。しかし本当にリスクを背負い、粘り強く耐えながらそれを実践していく事は困難だ。実践し行動し創造し続ける者の言葉にはリアリティが宿る。口先で理念ばかり唱えられがちな社会だからこそ体現することの重要性を噛み締める。

今のマスメディアは名実の価値を逆転させているように思える。実を行う者に光を当てることで名を得ていくプロセスが本当の道筋だ。しかし名を与える事でその者に実があるかのような錯覚を起こさせているのが現状ではないか。名には流行りや賞味期限があるが、実には地道な生き方が伴わねばならない。

プロデュースという言葉をはき違えてはいけない。 実に名を伴うようにするのがプロデュースであって、実がないものに名だけ与えることではないのだ。しかし、人は簡単に名があるものには実があると思ってしまう。ブランディングの逆転現象が起こっている。

今はこうして耐え忍びながら実を積み重ねていく。名は僕が作るものでは無いし、周りが価値を認めていないのであれば名など出来るはずは無い。今の自分に名が伴っていないのは、実が足りないか、価値を認める人が少ないということだと受け止めている。しかし、名の有無とはべつに実とは生き方だ。

名は業界というコミュニティから始まるのだが、一定間隔で旅をする自分はコミュニティの中で名が上がる事が無い。自分が実を行っていないとは思わないが、どの業界においても、誰も僕のしていることを知らないので評価のしようがないのは仕方ないだろう。

ただ名を伴なっていない今、自分の実を評価してくれている人間は貴重だ。名が伴なってから寄って来る人間には、実を見ている者も居るが、名だけを見ている者がほとんどだと思うからだ。そういう者は名の賞味期限が切れればすぐに離れて行く。「杜子春」の中にそういう者がたくさん描かれている。

自分だけの利益のために人を利用する者を悪人というのだ。 例えそのつもりはなくとも結果としてそうなってしまったとしてもそれは同じ事である。それを挽回するためには今度は相手の利益だけを考えてするぐらいの事をせねばならない。しかしそんな動機で動ける人間はなかなか居ないことを嘆く。
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# by innerscape | 2011-08-15 10:36 | 未来の自分との対話

「ANIME GRAPH」プロデュース&デザイン

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極東EXプロジェクトの中に、ハナムラチカヒロとアニメーター吉田徹とのユニット「極東EX第七区」がある。その第七区として作った「ANIME GRAPH」がもうすぐ発売される。
吉田徹アニメーター30周年記念のいわゆる同人誌にあたるのだが、今回はハナムラがデザイン及びプロデュースをして第七区として世に出すことになる。
6月にハナムラの総合プロデュースで行なわれた「こうべイクメン大賞」でお披露目したミライスゴロクに続く第2弾のプロダクトなのだが、今回はちゃんと販売までする。

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手始めは8月13日から東京はお台場で始まるコミックマーケットにて。
僕はオタク業界の事はおろか、アニメもほとんど見た事がなかったので、各アニメーターさんたちから集まって来た原画を編集する中で色々と勉強させてもらったが、きっとマニアの方々には垂涎ものなのだろうなと思いながら、マニアのためだけにならないように全体のコンセプトとデザインを行った。

吉田さんが当時作画監督を務めた「ボトムズ」という作品に出てくるロボットを表紙にして全体をコロニアルなイメージの世界観に降ったのだが、なかなか良くできたと我ながら。
表紙にはガツンと活版印刷も施されている。
もちろん♭一階の印刷工場で刷っている。

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コミックマーケットでは予想を遥かに上回るかなりの部数が出回ってしまったので、品薄状態なのでがまだこちらに販売出来る数はあるので、もし欲しいという方が居られればこちらのフォームで是非申し込みを。

ANIME GRAPH
価格:2000円+送料
極東EX第7区プロデュース

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# by innerscape | 2011-08-14 14:26 | インフォメーション

インスタントな覚悟など要らない

本気とか覚悟とか、本当の感情とか。
関係性が出来ていない時にそういうのを強要するのはある種の暴力だろう。
誤解を恐れずに言うと人とは「社会的な演技」をしながら互いに歩み寄っていくものだと思う。
相手が自分を傷つけないか、自分は相手を傷つけないか。
またどの距離が一番適切か。
そういう事を図りながら徐々に歩み寄って行くのだ。
コミュニケーションのあり方もどんどん間接的になっている。
会って話すよりも電話で、電話で話すよりもメールで交わす方が生の相手と向き合わずにすむ。
すっかり恐がりになってしまった時代を生きる我々はそうやって何かを通して、時間をかけてコミュニケーションを取って行く。
そういう時間が待てずに「本気」だとか、「覚悟」だとか「迫力」だとか。
一足飛びに生のコミュニケーションを期待するのはかなりな時代遅れではないか。

大体そういうことを言うのは未成熟なまま偉くなってしまった大人たちだ。
「お前の本気を見せれば助けてやらんでもない。」とでも言いたげな態度で迫って来る。
ましてや偉くもなっていないのに、権威的に振る舞いながら「君の本当の感情を見せろ」等と言う者は何も自分を客観視出来ていない未成熟な態度を取っているとしか言いようがない。
迫真の演技を求める映画監督や演出家に多い態度だが、それを役者にダイレクトに要求するのは、演出としてほぼ自分が無能だと言っているようなものだ。

偉くなってしまった人に言いたいのは、誰かからの素直な感想や批判が直接耳に届くなんて期待しないで欲しいという事だ。 もしそういうのを期待するならば、相当リベラルな空気を出さないと難しいだろう。権威的に振舞っていて素直な意見が欲しいなんてとんでもない。

そうでなくてもあなたには様々な社会的な記号がそこに張り付いているのだ。
それが無言の権力を持っていることをちゃんと自覚しているのだろうか。
それを自覚しつつ乗り越えてこいとでも言っているのだろか。
我々はあなたたちが若い頃にそうであったような反骨精神がすっかり抜け落ちているのだよ。
あなたたちがこしらえた土俵の中で勝負しようとは思っていないのだよ。

若者が出ぬように叩いて潰して来たことを棚に上げて、「今の若い奴には覇気や迫力がない」などと言う態度を我々が冷ややかに見ていること。
それが分からぬぐらいあなたたちは愚かなのだろうか?

覚悟というのは誰かに押し付けられて生まれるのではない。
迫力は持とうと思って持つものではない。
本気とは意識して生じるのではない。

それは悩みながら自分を見つめる中で静かに生まれて来るものだと思う。

迫力があるかのように見えるパフォーマンスとして政治家は対抗する政党に覚悟を問う。
しかし、こんな複雑な時代の中で簡単に覚悟を決めて進めるはずもなかろう。
悩んでいて瞬時の決断など出来ませんと言うことも一つの誠意の現れではないか。
我々は生産性を上げるために事を急ぎすぎている。
インスタントに生まれる覚悟等いらない。
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# by innerscape | 2011-08-08 01:25 | 未来の自分との対話

ツイッターメモ

ツイッターが意外と思考整理に役立つが、消えて行ってしまうのでブログに整理する。

■「建築と都市計画と美術と造園の間に、そのどれでもない領域が見出せれは非常に有効なサジェスチョンになるだろう。」八束はじめ それがランドスケープという領域だと思いたい。以上、造園とランドスケープの違いを巡ってのメモ。 かなり今更な説明だが。


■しかし気をつけねばならないのは、こちらがリベラルな空気を出していることにつけ込んで、かなり失礼な態度を取ってくる者が居ることだ。権威や権力を使ってねじ伏せる態度は大嫌いだが、逆に権威が無いという所に付けこんで相手に敬意を持って接する態度が持てないのも同じ罠にはまっている。

■僕にとって詩を書くとは漂っている言葉をうまく捕まえるという行為のように思える。何かを捏造したり、何かを虚飾するような事とは違う感覚がある。

■権力で従う人の力よりも、誠意に打たれて動く人の力の方が尊いものだと思う。

■国会が演劇の舞台にしか見えない。 ゲームか何かをしているようで、リアルなやりとりに見えないのはなぜだろうか。

■キャナルシティ博多はジョーンジャーディのデザイン。六本木ヒルズ、なんばパークスと同じデザイナーで空間性もほとんど一緒なのだが、楽しげなのはやっぱり水がふんだんに使われているところかと。

■ジャーディ建築は周辺環境に対してほとんど関心がなく、中に設けられたラビーン(谷)によって自己完結的に空間演出されていることかと。いわばテーマパークの一種ではあるが、少しだけ違うのは土地のコンテクストは反映されていること。

■ヒルズは建築的にもアップダウンが設けられた丘(ヒル)になっているし、なんばパークスは大阪球場の跡地としてスタジアムの形状を踏襲する形になっている。キャナルシティは川縁にあることから水のイメージで繋がれている。外部環境への眺望や視覚的なつながりはあんまり持たないが文脈的連関がある。

■副首都の候補地として超党派議連から関西圏が上がっているが、当然議論の中に福岡はじめ北九州というのも挙げられているだろう。新幹線開通も含め、韓国やその他アジア諸国としてのゲートウェイ機能もある場所なので、ポテンシャルは高いはず。マルチリンガルも大阪より進んでいる気がする。

■博多ラーメンはもはや博多だけの文化ではなくなったな。長崎チャンポンが全国に広まったのと同じか。食のグローバリズム(というほどでもないが...)は嬉しい反面、その土地ならではのモノって感覚が薄くなっていく。博多にある屋台システムは空間装置として土地性が担保されている。


■問題に対してシリアスに向き合うのではなく、ユーモアを持って闘いたいと常々思う。

■ポストモダンの人工楽園。テーマパークとの違いは無料で自由にアクセス出来ること

■人工楽園にかかるメンテナンスコストは膨大だ。しかもそれで聖性が獲得されているとは思いにくい。楽園を支える公共性は協働ではなく資本という形で担保されている。

■どんな楽園もずっと居続けられるものではないように思える。楽園の選択性と回遊性が重要か。そのあたりが観光と結びつく部分。 http://instagr.am/p/IMzuU/


■表現の好みの問題をさも普遍的な理屈があるように語る口調はどうも好きになれない。建築家に多いような気がするが(偏見かも)全部説明しないと気が済まないというのは何かに怯えているようにも見えて可哀想に思えて来る。


■バスというメゾスケールのシステムは旅行者には使いづらい。鉄道、飛行機というマクロシステムとタクシーというミクロシステムの組み合わせで都市内であれば大体行ける。都市内バスは主に都市のヘビーユーザーのものなのだろうな。

■何だかんだ言ってもそろそろポストモダンを見直す時期に来ている気がするんだけどな。市内にこれだからね

■天神中央公園の特徴は三方を高い建物に囲まれていることか。アクロスの目の前に済生会病院があり格好の視点場に。でもここでは霧はれては出来ない。芝の管理がかなり行き届いている。ランドスケープは余計なこと考えずにこれだけで十分なんじゃ

■寝そべれるというアフォーダンスだけ提供すればいいんじゃないかとも思う。 http://instagr.am/p/IM9as/

■で中はこうなのね。外は自然で中は人工的。外見は羊で実は狼的な... http://instagr.am/p/IM-UI/

■ポストモダンの作家ってどうしてシマシマ好きなんだろう。建築もランドスケープも皆一様にシマシマ。多様なはずのポストモダンって実は一様なのかも。 http://instagr.am/p/IM-zl/
7月22日

■コミュニティ再生って騒ぎすぎだろうとも思う。強制的に再生させねばならないものでもないような気も一方でしている。 気負わずとも、もっと自然で緩やかに形成される方法はないのだろうか。

■セグウェイジャパンの大塚さんプレゼン。モビリティ社会の中で有効な乗り物になりそうだ。一回の充電で約40キロ走れる。日本では道路交通法の関係で走れない。全世界で日本とイギリスだけが走れない社会になっている。やはり問題多いな日本の道路交通法。

■世界ではポリス&セキュリティで最も利用されている。後は空港とテーマパークでの利用が多い。 セグウェイツアーとしてハウステンボス、十勝公園、中部空港などで活用。

■モビリティ社会の中で本当に車のようなパーソナル交通手段が最適かと いうとそうではないという問い。 自転車よりも面積を取らずその場でも回転出来るセグウェイは移動手段としての可能性は高い。

■今年、つくば市でモビリティ特区が取れ、道路に本格的にセグウェイが走れるようになる。確かにこれが普及すればパーソナルモビリティが変革するかも知れない。 乗り捨て出来るセグウェイシェアリングなども可能になる。

■一方で今オムロンとしようとしている「歩く文化」の再生はこのセグウェイのモビリティとは少し違った方向性か。 セグウェイが歩くという身体感覚に近づくほど、歩くことを放棄する社会になるのではないかという危機感もある。 自転車の代わりになるモビリティツールとしての代替が妥当な所か。

■医療現場、警備の現場のようにすぐに駆けつけねばならない状況で非常に有効な乗り物だろう。自転車では入れないようなエレベーターなどにも入れるのでアクセスタイムが早まる。

■モーダルミックスの一つのチョイスとして有効だと思う。 後は使用感が非常に心地よいのでエンターテインメントやスポーツ的に使用できるのも特徴の一つだ。
7月23

■日本ではやはり街乗りが法的に難しいのが一番の難点。 後は段差を乗り越えれる仕組みさえあれば爆発的に普及するのではないか。

■自動車はEVの流れもあって小型化の傾向にある一方でセグウェイを大型化するのは容易。上海万博では二人乗りセグウェイが導入されたが、考え方は体重移動で操縦という考え方はそのまま。

■ディシプリンから外れた人をキワモノとして扱うのは簡単だが、その質やレベルはちゃんと見極めた方がいいのだろう。 ただのキワモノか革新者かの判断を自分が正しくできているかどうかが問われる。

■同じ事をしていてもただ己の為にある業界を搾取しようとするのか、それともその業界の可能性を開こうとするのかというスタンスの違いがある。ビジネスと称して弱い立場の者から搾取しようとするヤツは何人も見てきた。

■きっちりと説明して伝え理解と共感を得るというコミュニケーションの重要性が唱えられる一方で、はっきり断定せず曖昧にほのめかすことでより多くを感じてもらうというコミュニケーションの重要性も言われる。答えを一つにするのではなく適材適所なんだろうな。

■トリイホールを後に♭へ。 鳥居さんのお話はなかなか含蓄が深かった。宗教と街の成り立ち信仰心の崩壊による街の乱れについては思うところが色々とある。都市の霊性があまりにも軽んじられていることへの警鐘とも受け取れるが、学生にはちんぷんかんぷんの空気が流れてた。それを埋めるのが僕の仕事。

■そりゃミナミ活性化とか期待して来た学生にいきなり霊とか神とか宗教とか言われると引くのも無理はないだろう。 でも実は芸能や文化とは切れない関係にあるのだよ。

■宗教とか言うと途端に胡散臭くなってしまう空気が既にデフォルトの社会なのでズレがあるのも当然。 それよりもズレを感じているならば感じているとちゃんと言うべきだし、言えない空気が対話の場にあることの方がよほど問題かと。

■そこをちゃんと相対化するのが僕の役目。他の人は歳取って偉くなりすぎているので、ある種神格化か無視の対象になる。 年齢や感覚の近さって重要だし、その感覚をちゃんと届く言葉にすることも重要だと感じる。

■ランドスケープデザイナーは現代のシャーマンを目指さねばならないのだなと改めて想う。 最近は建築家ですら自然を読んで建物を作るのに、自然を作るとか標榜している我々はより鋭い感性で深く自然を読むことが必要だと思う。

■ランドスケープデザイナーは現代のシャーマンを目指さねばならないのだなと改めて想う。 最近は建築家ですら自然を読んで建物を作るのに、自然を作るとか標榜している我々はより鋭い感性で深く自然を読むことが必要だと思う。

■勝ち馬に乗ろうと取り入る様子は見るに耐えない。なぜ自らが勝ち馬になろうと足掻かないのか。


■自分はまだまだ常識にとらわれすぎているのかと改めて反省。 常識とは従うものではなく、観察すべき対象なのだ。

■世の中には山ほど天才が居て、大体そういう人々は常識など疑ってかかっている。だからといって常識を知らないのではなく、それを観察する対象として捉えていると思う。
7月30日 お気に入り 返信 削除

■常識を疑うためにはたくさん常識を知らねばならない。まだまだ自分には知識が足りない。学問知も世間知も。

■学問知だけある者社会の中での人間関係の機微が分からないことが多い。世間知だけある者は世間の枠の中でしか捉えられないことが多い。 どちらもバランス良く伸ばしていくためには両方を同時に進めていく必要がある。

■若い者の方が発想が豊かだなんてとんでもない。若いヤツはものを知らないので発想が年寄りと違うだけで、本当に豊かな発想とはモノを知った上でそれを乗り越えられるかどうかだ。 若いか歳くっているかで判断するべきではないと若い頃から思っていた。

■僕が今まで見て来た学生で僕よりも発想が豊かだと感じたのは少なかった。だから年齢ではないのだろうなと感じる。 ただ豊かな発想だけが全てではない。

■しかし、若いヤツは年寄りを乗り越えねばならない。そうでないと文化や文明は進んで行かないからだ。 年寄りはすぐに潰そうとしてくるから、それを凌駕する力で向き合わねばならない。ただ単に若さを振りかざすのではなく、ちゃんと向き合う重要性を感じる。


■我々の抱く大阪のイメージがいかに東京のメディアによって作られているかが分かる。 それを笑ってすませる器量の大きさも良いが、反対に貶められてしまっている感もある。 タコ焼き、吉本、タイガースだけではないだろう。

■だからといって逆にお洒落になろうと無理する必死な大阪も違う気がする。その論理に絡め取られると東京とか他の都市と変わらないじゃないのか。

■アンチを唱えて突っ張るのも、無理して真似るのも両方同じ理屈だ。 そうではないやり方がたくさん沸き起こってくる必要がある。

■面白かったのは大阪出身の今の大学生の意識の中にも、根拠のない大阪人としての誇りが強くある事だ。 頼もしくも思うし、旅人としては羨ましくも思う。 しかし、問題は彼らに大阪の良さを説明できる材料が乏しい事だ。 それを提供する何かが必要だろう。まさにシビックプライド

■東京との差違として捉えられるためには東京に学んでいてはダメだろうと感じる。ソウルや釜山、シンガポール、上海、北京、クアラルンプールなど学ぶべき場所は山ほどあるはずだ。 東京にアンチなど唱えている場合ではないのではないだろうか。

■しかし、どうも大阪の動きを見ていると東京を意識しすぎか、売れればすぐに勝ち馬に乗って東京へ行ってしまう構図しかないように思える。

■ソウル人でも大阪人でも無い自分はかろうじて外なる視点を確保できているが、実は大阪人の方がその問題に目が向いていない気がする。

■昨夜のキネスケープは工藤栄一監督の1982年の作品「野獣刑事」。 出演、緒形拳、石田あゆみ、泉谷しげる。前回のガキ帝国同様、かなり殺伐とした話だったが、大阪の風景切り取り方が素晴らしい。 ランドマークもいくつか写っているのだが神崎川などの何気ない風景の撮り方が素晴らしい。

■和製カトリーヌドヌーブ、いしだあゆみさんが綺麗な上に役どころが可愛いく切ない。泉谷しげるさんもいい芝居で改めて工藤監督の役者との関係性の作り方の確かさを感じる。 あまり注目されていないがいい演技しているのが実は益岡徹さん。

■工藤監督の切り取りの構図は前衛写真家のようで楽しい。 津守という設定(実際は武庫川団地か?)で切り取った団地などはロシアか東欧風景のようでタルコフスキーみたいだという意見も。 反射を利用した構図や、窓の外からのロングとかも面白い。そのシーン長回しでやってしまうという?のもいくつか

■しかし、ガキ帝国との違いとしては、このシナリオは特別大阪でなくても成立するというように感じる事だ。ガキ帝国は韓国人との関係性など含めて大阪でする必然性があるが、野獣刑事はシナリオ上は大都市であればどこでも成立する。 いしだあゆみの大阪弁はかなり可愛いけど

■原稿ようやく出口が見えて来た....。単なる事実だけ述べても意味がなく、その事実を元に何を言うのかが重要だと感じる。言いたい事はリアルタイムとして全部ツイッターで呟いてしまっているのだが、活字にした時に急にリアリティが持てなくなることがあるから不思議だ。

■メディアのタイムラグについて再び想いを馳せる。ツイッターは感覚を伝えるのには良いメディアだが、何かの考えを深く伝えるのには向いていないかも知れない。反射的なつぶやきはその時にリアルな感覚だとしても、賞味期限がどこまであるのかが分からない。

■本日は維新派の稽古にて「第五福竜丸」を見る。 次回犬島公演での船の動きや波の表敬の参考に。

■「第五福竜丸」の後、松本雄吉さんが持ってきた「裸の島」を維新派と一緒に見る。 セリフは一切なしで、半分以上が水を運ぶシーンだったにも関わらず見入ってしまった。生きるとは何かという事を改めて考えさせられる。新藤兼人監督の凄さがここにも表現されている。

■この映画はほぼ農業映画と言ってもいい。実際にあの島に作物が育つかどうかをスタッフがかなりの年月をかけて実験したらしい。 当時は撮影技術もそれほど高くなかった時代に空撮なども綺麗に撮れている。無言劇もかなりの実験だったのではないか。

■維新派にも若い役者さんがたくさん居るがどう響いているか興味深い。 ハリウッド映画に慣れた若い人々にはかなり退屈な映画かも知れないが、無意味に見える時間の積み上げがあるからこそ最後のシーンに意味が出てくる。地と図の関係。
21時間前

■雄吉さんが伝えたかったのはあの船を漕ぐ動き。 手首のスナップ、腰の動き、大腿の踏ん張りなどは実際に櫂を漕ぐのを見ていなければリアルに身体を統合出来ない。マイムにも通ずるが、身体はそれに関わる環境によって形が決まる。舞台は虚構の環境なので、身体の動きでイメージさせねばならない。

■地頭の良さと偏差値はますます違うになってきたような気がする。
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# by innerscape | 2011-08-02 18:47 | 覚書

縄文人と弥生人についてのメモ

縄文人と弥生人とで風景の嗜好性に決定的な差が出来たのだろう。 旅人としての縄文人の持つ世界の見方と、定住者としての弥生人のそれとではあまりに違うはず。そのレベルから風景異化と観光を捉えると深みが出てくる。

ある目的も持つことやあるリテラシーを持つ事で風景の見方は随分と異なる。それはどういうコスモロジーを心に抱いているのかという事と深く関わっている。現代ではそのコスモロジーが壊れているか、うまく機能していないと思うのだが。

弥生人の延長としての日本人はたかだか数千年の歴史しか無い。世界的に見てもそれ以前の旅人としての歴史の方が長く、人が移動することの必然性は昨今の観光現象にも顕著だ。生産性を追い求めていなかった狩猟時代の方が人口の抑制も効いており、エコロジカルだったことは間違いない。

ここにも生産性への警鐘が潜んでいる。究極的に言うと、地球に優しくしようとすれば定住しては行けないのかも知れない。しかし、今の観光のあり方がエコロジカルかと言うと全くそうでは無いと思うが。 人口抑制をどう考えるか。現代は人口爆発と人口減少を同時に迎えているからだ。

だから交流人口という考え方が重要になる。それが観光研究の本質的な立脚点。僕の研究者としての使命はそれとランドスケープの問題とを芸術や宗教を用いて止揚することだと思う。実践家としての使命ともリンクしてくるのだが、カバーせねばならない領域が大きくて一人では無理だ。

だが、文化というのは定住することから生まれてくるというのもまた事実。定住しその場で自然現象と闘うからこそ、様々な生活の知恵や精神的な救いのための儀礼が生み出される。ストレスと闘うための娯楽も生み出される。ヒトが動物から人へと変わる証は定住にあるのだ。移動と定住の弁証法が必要だ。


恐怖と命と風景とについても想いを馳せる。 もっと勉強と黙考が必要だな。 講演する度にこちらの方が学ばせてもらっている。 毎回、何てありがたいんだと感謝。
バタイユ先生に色々と教えてもらわないといけない気がしてきた。ますます、今しなければならない勉強から外れていく...。 脳が四つぐらい欲しい。

まぁこの辺りは岩手の神楽支援の時に使える勉強だと割り切ろうか。 ♭で神楽のVJした時に来てくれた植島啓司先生とも話してみたいネタ。聖と風景。しかし、僕の方が膨大な勉強をしなければ対談にもならないので、今は実力をつける。

人を取り巻いて避けられない困難として、自然現象からの恐怖、死からの恐怖、人口増加の恐怖の3つがある(吉村1997)。
一方で人口減少への恐怖というのが日本では起こり始めているのだろう。H氏の観光への期待と問題意識はまさにそこに起因しているが、Y氏の問題意識と重なるのかどうか。 おそらくベクトルは反対だろうな。


以上、思考整理のためのツイッターの呟きから。この140字をためていけば、本になるかも知れない。そのプロセスも公開するのは現代的かも。
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# by innerscape | 2011-08-02 18:45 | 覚書

「ガキ帝国」と暴力の閾値について

土曜日の極東EX第11区工作活動の後はキネスケープ研究会。
映画の中に切り取られた風景に学び、逆に風景を映画として切り取る事で実際の風景の見え方をデザイン出来ないかという試みで僕が始めた研究会だ。

土曜日は極東EXプロジェクトの工作部隊である第11区のメンバーが集まるので、そこからも半分ほど参加したが、みんなかなり刺激を受けていたようだった。
映画製作する人々と建築や経営の学生が会った事もないので、それだけでも刺激的。
うちのアトリエでしている様々な活動にちょっとした交錯点を設ける事で、世代を超えて対話が出来る場がだんだん醸成されて行きそうな予感がする。CSCDに居た時に出来なかったことを、自分のアトリエを通じて一つづつ実践していっている。パブリックセクターで出来ることとプライベートで出来る事の違いもある。


さて本日のキネスケープ研究会の上映作品は井筒さんの「ガキ帝国」。
1981年製作だが、1967年が舞台で、当時の大阪の一面を確実に描いているように思えた。
木下ほうかが出ていたようだ。どこに居たのか分からなかったが...。彼は実は僕の従兄弟で、撮影当時は確か隣に住んでいた時だったと思う。役者としても大先輩。


第11区の学生達は半分以上理解不能な感じだったが、そこに世代による温度差を感じる。彼らに取っては1967年の大阪の空気はどこか遠い外国で起こっている戦争のようなリアリティを欠いたものなのだろう。しかし、10年前の自分が見ていたとしても同じような感想を持っていたに違いない。

知識や経験を積み重ねて行く事で、その断片から想像出来る世界や時代のムードがある。直接的に経験していなくても、かすかな経験の残り香が開く感覚というのがある。理解出来ない事をシャットアウトするのではなく、そこに対して想像力を働かせることで学べることはあるのだ。

81年の大阪と67年の大阪では万博を挟んでいるはずなので、おそらく随分と風景が違っているだろうにそれがほとんど感じられなかったのはやはり切り取り方なのだと感じる。それというランドマークも道頓堀以外ほぼ写っていなかった。
もう一つは在日コミュニティとの関わりに対して井筒監督が持っているこだわりのようなものだ。僕にとっては人ごとではないのだが、万博推進の裏側で語られなかった歴史に光が当てられている作品のように感じた。

演技的にも非常に興味深いことがいくつか発見出来る。不良の演技はリアルとそうでないものとの区別がつきにくい。実際においても不良とは演じられるものであるという事がリアルさをコーティングしているからだ。後は不良の演じ方が板についているかどうかの勝負になるのかもしれない。

後、印象的だったのはケンカの描写。全然痛そうに見えないのと、ものすごく格好悪く立ち回る。実はこれがかなりのリアリティを出している。今の日本映画やハリウッドを見慣れた世代には随分と不親切だし、刺激が少ないのだろうなとは思うが、実はそれがシュミラクルなのだと改めて感じる。

前回見た「お父さんのバックドロップ」よりも全然大阪の一部の空気を描いているのは間違いない。もちろん描かれている時代背景が違うので空気感が違うのは仕方ないが、大阪という都市やそこでの人の気質についての捉え方の差が2作品見る事で見え隠れしているような気がした。

初回で見た「秋深き」については、そういう意味では全く大阪の空気を感じなかった。舞台となる場所は大阪だが、別に大阪でなくても構わないと言うような印象。しかし「ガキ帝国」は大阪でないと成立しないような気がする。物語先行型なのか、空気先行型なのかの違いかと思う。

今の大阪にはもちろん「ガキ帝国」のような空気は無い。表面的な暴力の規制の結果、暴力が見えなくなってしまったからだ。僕の子供の頃はまだその残り香があったが、今はどうだろうか。その蓄積されたヒストリーの違いが映画へリアリティを感じるかどうかを左右する。

リアルに喧嘩の仕方を知らなくなったというのを感じる。昔の喧嘩はある種スポ―ツみたいなもので、どこを殴れば致命的にならないか、どこで止めれば安全かを知っていたが、今はどうだろうか。街中で喧嘩も見かけなくなった。社会全体が表面上は大人化しているようにも見えるが、果たしてそうなのか。
一旦喧嘩が始まると死ぬまで殴り続けると言うのは、もはや喧嘩ではない。喧嘩がメディアの向こう側に行ってしまい非日常化してしまっているので、加減が分からないのだろう。喧嘩を抑圧することで、噴出した時に本当の暴力になってしまうことが怖い。

社会の中で暴力の閾値が下がっていることは問題かもしれない。
ちょっとした事を暴力と言って抑圧する事で、本当の暴力が見えなくなってしまう事が恐ろしい。今のクレーマーやモンスターペアレンツの話にも通じる。


再び「ガキ帝国」について。
登場人物の滑舌の悪さが非常に良い。何を言っているか分からない早口で滑舌の悪いことは日常的によくあることで(特に大阪では?)、世界観や空気感を表現するために全部の台詞がクリアに聞こえる必要は無いと思う。台詞は内容を伝えるためだけにあるわけではないのだ。

後、登場人物が全員格好悪いというのが素晴らしい。逆説的だがあの格好悪さの中に格好良さがあるというのがある種の大阪的な空気を作るのだが、それが理解出来ない感性が大阪でも主流になりつつあるような気もする。格好つけていないから格好いいし、格好付けようともがくのが格好いいという矛盾。

お洒落な事が逆に格好悪いという価値観がそこに流れている。
これはひょっとするとデザインの連中には分からないかも知れない感性で、他者を意識せずなりふり構わない事の格好良さは基本的に他者を意識するデザイン行為とは相容れないかもしれない。
格好悪いことが格好いいという一週回った格好良さというのがあるような気がする。
市民権は得にくいかもしれないが、前衛とはそういうものだろう。そのバランスが重要。
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# by innerscape | 2011-07-16 23:53 | キネスケープ

劇団維新派へ風景についての講演をする

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今日は劇団維新派の皆さんにプレゼン。
風景論と絡めて次回公演の「風景画」について語り合う。

維新派の次回公演は犬島の入江にて干潮時のみの上演。
今日の話が作品づくりに少しでも何かの刺激になればと思う。


普段は僕のアトリエ♭を稽古場として利用されているが、♭は稽古場としてもトークイベント会場としてもギャラリーとしても使える。いつもの稽古場の感じとは少し空気が違う感じ。

まずは雄吉さんから犬島の次の公演になる東京池袋の説明。同じ演目をビルの屋上でされるらしく屋上から見える風景がそのまま舞台となる。まさに風景画。
池袋での公演面白そう。犬島と同じ内容なのだが、背景が変わればおそらく風景が変わるはずだ。是非役者としても参加したかったが。
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維新派への講演終了後に祐吉さんや俳優たちを交えてかなり面白いディスカッションが出来た。
次回の「風景画」では稽古場で芝居を作る時間を重視されていて、その生産プロセスに自分が関わる事になるとは想像すらもしていなかったが、俳優陣にも刺激になったようで良かった。松本さんもかなり刺激を受けていたようで作品づくりに反映するかと。

終わってから俳優が集まって質問してきた内容からも作品づくりに主体的に関わる姿が見える。脚本があってそれを演じるのではなく、芝居の主体的な作り手になる意識があるからこそ、僕の今日の講演も響くのだろう。俳優とデザイナーとアーティストのクロスオーバーに居る自分としては本望な時間を持てた。


雄吉さんも俳優も今回公演のために風景について良く勉強しているようで、風景についての質問も飛んでくる。今日は物語をキーワードに宗教と芸術と風景の話へと膨らませた。特に演劇なので身体と風景については関心が深い。CSCDで志賀玲子さんと一緒にしていた身体と環境を巡るワークショップの話も少し触れながら話した。

今日の話を受けて、犬島の風景がどう異化されるのか。また池袋の街の風景がどう異化されるのか。僕は自分のプレゼンを通じて、俳優や演出家のまなざしを異化することで、間接的に風景をデザインしている。もはやランドスケープデザイナーの仕事では無いのかも知れないが、そんなこと構うまい。

松本雄吉さんも反応していたが、「現代アートの森」でやったインスタレーションの"ニテヒナル"が玄人受けが良い自分の作品。 森に造花を仕込んでいくという単純な発想の作品だが、実はメッセージとして深いものがあるのを読み取ってくれる。話のわかる人相手にはあれだけで一時間は話せる。

松本雄吉さんも言っていたが、やはり農学部出身の表現者は珍しいらしい。修士も農学生命科学科だし、昔から生命や命には並々ならぬ関心があったのは事実だが、最近までさほど意識したこともなく、むしろ逃れようとしていたのだが。
今は誇りに思っている。宮沢賢治にも感謝。

本日一番学んだのは、物語の外側を巡る議論の最中だ。 フラーの言葉を出して「環境」と「宇宙」の違いは"私"を含むかどうかの違いだと説明したが、その私が物語として風景を見て、物語として生きるという話をしていた時に気づいたことがたくさんある。もう少し整理が必要だが何か掴めそうだ。

雄吉さんの芝居を作るプロセスの話も興味深い。もはや芝居の中身よりも、作る手法論に創造性がシフトしつつあるのかも知れないとここでも感じた。問題はそれが実際の公演でどう表現されるか。そのプロセスに内部から関われるのはとても勉強になる。

風景異化の話を楽園論とセットで語ろうと思ったのは今日初めて試して見たこと。前回の研究会で得た事が少し効いている。もうちょっと勉強と消化が必要だ。うまく整理出来たら、来年の阪大の建築学科の講義で話そう。

少しだけ語ると、ある場所が聖性や楽園性を帯びることに通じているという視点。 あんまり考え込めていないことは小出しにするべきではないが、今やまとまってから本にするという時代でも無かろう。プロセスを見せる事の方が重要だと割り切る。

維新派の舞台で犬島は聖性を帯びるのかどうか。 今日のディスカッションでは「風景が私を愛する」というテーマについて考えれたのは自分にとって得た事。維新派は犬島の入江に関心があるかも知れないが、犬島の入江は維新派に関心が無い。そこを何が乗り越えさせるのかがポイントだ。
次回の犬島とその次の池袋の維新派の公演にご招待されたので是非、成果を見守りつつ、しかと見極めたい。

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本日の講演の元ネタになった風景論の数々。みんな興味深そうに手にとっていた。これも自分のアトリエでする講演だからできる技。
前回、松本祐吉さんにはイーフートゥアンの「空間の経験」をプレゼントした。
僕もかなり影響を受けている一冊。

いよいよ脳がパンクしそうになってきたが、旅と観光、風景異化、楽園と聖地、演劇と身体、映画とイメージ、場所愛、演技と公共、アートとデザイン、創造と都市...。これら全てを同時に処理せねばならない立位置になってきたことをどう受け止めるか。逃げるか踏みとどまるか。引き裂かれそうだ。

今日の講演も本当は松本雄吉さんと僕との対談にして、USTREAMで流せば良かった。風景と演劇と表現を巡ってかなり面白い議論になっていたのに。こんな時に♭に技術的に手伝ってくれる人が居ればと感じる。
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# by innerscape | 2011-07-14 18:17 | 映画と演劇

劇団維新派の「風景画」

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うちのアトリエで7月から稽古されている劇団維新派さんの次回公演の案内です。
実は主宰の松本雄吉さんはご近所さんで、共通の知人も非常に多い。

次回公演は瀬戸内海の犬島で、何と干潮時の入江でするということなので非常に興味深い。
タイトルも「風景画」という事なので、僕も維新派の皆さんに自作と風景についての講義を少しすることになった。

「大阪の東、世界の極東」の緑橋周辺もなかなか盛り上がってきそうだ。


『風景画-岡山・犬島』 公演
維新派は、今年2011年から「風景画」シリーズを開始いたします。
維新派はこれまで、野外に仮設の劇場を建て、膨大な量の美術装置を使い公演してきましたが、「風景画」では、大がかりな劇場や装置は作らず、俳優の身体のみで深く風景にかかわることをテーマにします。
「風景画」の最初の舞台となるのは、犬島の、現在は使われることのなくなった入り江です。潮が引いた干潮時にのみ姿を現す、泥状の海底を舞台とし、昼間の自然光のもとで行います。


【日程】
2011年9月23日(金祝)12:09 開演
       24日(土)13:19 開演
       25日(日)14:16 開演
開場=開演の60分前

【会場】
犬島・中の谷入江(岡山市東区犬島/犬島港から徒歩3分)

【料金】 (各日指定/全席自由/前売当日共通/税込)
一般3,000円 高校生以下1,000円
※各日定数に達し次第、販売を締め切ります。
※高校生以下は当日受付にて学生証の提示が必要です。
※未就学児のご入場はご遠慮ください。
※雨天決行(台風など荒天の場合は中止)ですので、雨合羽などを準備の上ご来場ください。

【チケット発売】 7月9日(土)
【チケット取扱い】
・ぎんざや=TEL086-222-3244
・岡山シンフォニーホールチケットセンター=TEL086-234-2010
・犬島 海の劇場 岡山事務局(NPO法人アートファーム)=http://www.artfarm.or.jp/25th/

チケットの販売は、発売日以降に上記のプレイガイドで直接ご購入いただくか、岡山事務局のウェブサイトよりご予約ください。
折り返し、郵便振替用紙(通常払込・文書振替)でのチケット購入手続について、ご案内させていただきます。
維新派ではチケットの取り扱いはございません

【交通アクセス】
<陸上交通>
JR岡山駅と宝伝を結ぶ無料シャトルバスを運行します。
 往路=林原モータープール発9:00(集合8:45)⇒ 宝伝着9:45
 復路= 9月23日宝伝発16:45 ⇒ 林原モータープール着17:30
     9月24日宝伝発17:45 ⇒ 林原モータープール着18:30
     9月25日宝伝発17:45 ⇒ 林原モータープール着18:30
※乗車の際には公演チケットをご提示ください。本券で無料シャトルバスにご乗車いただけます。

公共交通機関をご利用の方は、こちらをご覧ください。
http://www.artfarm.or.jp/25th/detail/ishinha.html

<海上交通>
定期連絡船 : 宝伝港と犬島港を結ぶ連絡船・あけぼの丸が運航します。所要時間約10分
   往路=10:00、11:00、13:00、13:45
   復路=14:00、15:35、16:15、17:15
   ※宝伝港⇔犬島港は乗船料(片路300円)が必要となります。

【犬島マナー】
◇自分の出したゴミは、必ず持ち帰ろう。
◇民家の庭先に入らない。雑木林に立ち入るのも危険。
◇島の人々と笑顔のあいさつ。忘れないで。
◇船便に限りあり。乗船時間を事前に要チェック。

主催=財団法人福武教育文化振興財団、特定非営利活動法人アートファーム、維新派
共催=財団法人直島福武美術館財団
助成=平成23年度文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)
後援=岡山県、岡山県教育委員会、岡山市、岡山市教育委員会、山陽新聞社、朝日新聞岡山総局
読売新聞岡山支局、毎日新聞岡山支局、産経新聞岡山支局、日本経済新聞社岡山支局
岡山日日新聞新社、NHK岡山放送局、RSK山陽放送、OHK岡山放送、TSCテレビせとうち
RNC西日本放送、KSB瀬戸内海放送、oniビジョン、エフエム岡山、レディオモモ(順不同)

【お問い合わせ】
犬島 海の劇場 岡山事務局
NPO法人アートファーム内
〒700-0823 岡山市北区丸の内1-1-5 栗山ビル404
TEL=086-233-5175 FAX=086-239-5895
URL= http://www.artfarm.or.jp/25th/
E-mail = info@artfarm.or.jp
維新派ではチケットの取り扱いはございません
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# by innerscape | 2011-07-12 10:30 | インフォメーション

「こうべイクメン学級会」のコミュニケーションデザイン

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総合プロデューサーで関わらせていただいた「こうべイクメン学級会」が終了した。
その前日が堺ツイッターサミットで、こちらも何やらプレゼンが盛況だったようなので、気を良くして会場入りをした。

昨年度は藤井実行委員長のリードのもと三宮センター街で展示と認定式をした。
ハナムラはロゴデザインやTシャツ展示などの全体のコンセプトメイキングとアートディレクションを担当したが、本年度は実行委員を外れて総合プロデューサーとして外から応援をした。

まぁ僕自身は神戸住民でも子供が居るわけでも無い旅人なので、実行委員メンバーに居るのは何となく違うと感じていたが、今回はちゃんと位置づけていただいたので、堂々と関わる事が可能になった。

今回は3つのプログラムを行った。

一つは昨年と同じ、イクメンのエピソード展示と認定式。
今年は子供用のチビTシャツにエピソードを入れて100枚展示した。

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二つ目は子供たちによる給食作り。
大人達が会話に興じている間に、いつもはご飯を作ってもらっている子供からイクメンやお母さんたちへカレーを振る舞うという逆転企画。

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三つ目が、僕が考案及びデザインした「ミライスゴロク」のワークショップ。
これがメインだが、実は2007年に中越復興市民会議で行った「フッコウスゴロク」が元になっている。
あの時に考案したのは、もうちょっとシンプルな形だったが、今回は本格的なコミュニケーションデザインツールとしてリ・デザインし直した。
全体デザインや構図はハナムラが担当し、作画は吉田徹が。
我々のユニット「極東EX第7区」の作品。

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それで、僕の場合はいつもフレームやコンセプトの構築と同時、コンテンツやデザインなどの中身セットで作る事にしているので、スゴロクを用いたコミュニケーションデザインワークショップのファシリテーターとしても前に出て行った。

しかし普通にしても面白くないと思ってしまいいつものごとく、しなくても良いようなことを思いついてしまった。
それは「無言ファシリテーション」。

2時間半に渡るワークショップを一切言葉を発せずに行うと言う無謀なチャレンジを行った。

自分の役者文脈として前々から言葉を使わない身体表現の可能性を試してみたいと思って居たのだが、ここで試す格好のチャンス。
しかし思いついたのは2日前なので、いつものごとくあわてふためきながら準備をする。

無声劇風やマイム風に進めたいと考えていたので、そうなれば衣装は当然これだろうということで、燕尾服にシルクハットに手袋。
イメージとしては「チャーリーとチョコレート工場」のウィリー・ウォンカーとチャップリン。
注意を喚起するのにベルを鳴らして、プロジェクターで文字として会話する。

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各テーブルのファシリテーターが居てくれるので出来る技。
皆さんに感謝。

さて肝心のワークショップの中身は、イクメンとして「ふさわしい行動」と「ふさわしくない行動」を考えてコマにしてもらい、それを最後は女性に点数として評価してもらうという内容。
実はこの「ミライスゴロク」は結構考えていて、イクメン以外でも様々なコミュニケーションに使える。
例えばまちづくりや、会社の経営などで色んな意見を引き出すのに使う事が出来るのだ。
CSCDに居る時に考案したこのメソッド、ここで役に立ててやった。

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会場は終止笑いに包まれた中、進んで行ったがそこに無言ファシリテーションが利いていたように思える。
こちらが無言で接すると、実は相手も無言で身振り手振りでコミニケーションを取ろうとしてくるのが非常に面白い。
言葉を交わすからといってコミュニケーションが起こるのではなく、むしろ言葉を奪う事で違った形のコミュニケーションが生まれるのは風景異化の考え方に近い。
最後は発表してもらい、大団円として終了した。
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いくつかテレビ局や新聞が来ていたが最後はケーブルテレビのインタビュー。
かなり異様な風景になっているような....。
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参加者や主催者はじめ色んな方がレポートしておられる。
参加者のブログ
http://ameblo.jp/babyrun/entry-10934578326.html#main

主催者のブログ
http://kobe-ikumen.seesaa.net/


しかし、同世代の建築家やデザイナーなどに比べて、何と節操のない事をしているのかと自分でも感じるのだが.....。
しかしオリジナリティはあるかもと言い聞かせて慰める事にしている。
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# by innerscape | 2011-06-19 19:25 | コミュニケーションデザイン

こうべイクメン学級会開催まであと少し

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僕が総合プロデューサーを務めるこうべイクメン大賞2011「こうべイクメン学級会」の開催まであと少しになりました。
今年の6月19日父の日は三宮センター街を飛び出して神戸長田区の二葉小学校でやります。
昭和に建てられた旧い小学校で、育児について考える日に出来ればと思います。

昨年と同じ、100人のイクメンエピソード展示に加えて、今年はイクメンって一体なんだろうと言うことを考えるワークショップを行います。

題して「ミライスゴロク こうべイクメン版」

これは僕が2007年に中越復興市民会議の時に開発したコミュニケーションデザインツール「フッコウスゴロク」が元になっていて、さらにそれを押し進めた形でデザインしたものです。
イクメンについてディスカッションのみならず、あらゆる局面での会議ツールとして使えるものを目指して開発しました。
ミライスゴロクはハナムラチカヒロとアニメーターの吉田徹がコラボしているユニット「極東EX 第7区」がデザインしたものです。
そのキャラクターの一部をここで公開します。

未来での職業と子どもとの関わりをイメージしてデザインしました。

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神戸はユネスコデザイン都市に選ばれていることもあり、これからデザインに力を入れて行こうとしている都市。
しかし本当の意味でのデザインは色や形の話だけではなく、いかにして次の社会や未来やコミュニケーションをデザインしていけるのかという本質的なところにまで立ち入ってゆかねばならないと思っています。
そういったことを一緒に考える時間を持てれば幸いです。
イクメン学級会の参加にはまだ余裕がありますので、是非ご参加いただければと思います。


『こうべイクメン学級会』

■日時
2011年6月19日(日)10:00~14:00(9:30より受付)

■場所
神戸市立地域人材支援センター(長田 旧二葉小学校) 下記の地図をご参照ください
■対象者
子育てに関わるすべての男性(=イクメン)やお母さんとお子さん
■募集内容
子育てにかかわる50人のおとなたちが『イクメンスゴロク』をつくりながら、『イクメンが当たり前の社会』について語り合います。その間、こどもたちは給食づくりを通して調理体験をしていただきます。できあがった給食は会場でご家族で一緒に食べていただきます。調理は、現役の給食調理師が指導します。
●主催者あいさつのあと学級会と給食づくりにわかれます(10分)
●総合プロデューサー 花村周寛氏によるイクメンスゴロクの説明(20分)
●【おとな向けワークショップ】講堂でイクメンスゴロクづくり。(120分)
●【こども向け調理体験】調理室で給食づくり(120分)
●食事(60分)
●こうべイクメン大賞 認定式(20分)
■参加費
大人1人こども1人で¥1,000-(追加の参加は大人¥300-、こども¥200-)
※大人のみの参加 1人 ¥800-(食事代込み)
※参加費の一部は東日本大震災の義援金として寄付します
当日こうべイクメン学級会に参加いただいた方には王子動物園無料入園券付の参加証証を差し上げます
無料入園期間:2011年6月19日から2011年6月26日まで
※入園時に参加証を提示してください。無料入園は期間中1回限りです
しめきり
5月8日から先着順 学級会参加者が50名に達し次第しめきります
■応募方法
http://www.kobeikumen.com/event.html

■受付発表
随時受付完了をお知らせします

※ここに掲載されているイラストは「極東EX第7区」の著作です。無断で転載や使用されないように堅くお願い申し上げます。
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# by innerscape | 2011-06-19 18:35 | コミュニケーションデザイン

世界のミナミをどう読みかえるか

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プロジェクトメンバ−募集

大学コンソーシアム大阪で行われているプロジェクト型インターンシップという課外プログラムがある。
大学のキャリア教育活動の一環で行われているのだが、大阪の3つの地域―キタ/ミナミ/アベノの活性化を学生が提案するというPBL(problem based learning)である。

これのミナミの活性化についてお手伝いする事になった。
テーマはミナミが育んだ「上方文化と上方芸能」。

僕が入る前からテーマは決まっていたので、それを僕としてはどう捉えるかという事なのだが、役者をやっている関係上、上方芸能には少なからず関心があるし、今回は上方芸能の研究者である大阪樟蔭女子大学の森西先生が代表コーディネーターをされているということもあり、色々と勉強出来そうだ。

後は、トリイホールの鳥居社長なども法善寺横町のあたりのまちの活性化を考えておられていて、ご挨拶したが想いをかなり強く持っておられる方だ。

さぁ、ここで一体何をするか。
もちろん僕がコーディネーターで入るからには普通の事はしたくはないと考えているが、やってくる学生がどういうモチベーションかによる。

むろん上方文化や上方芸能を伝統的なものだけで捉えるつもりは毛頭ない。
文化と言うのは一つの時代で止められたものではなく、連綿と今も続き、そして今のリアリティの中で提案されたものが次の時代の文化を作って行くと思うからだ。
だから今、僕たちが面白いと思うものの中に次の答えがあると信じている。
そんなことをしていきたい。

エクソダスも含めて色々と自分の手持ちの作品や技が増えて来たので、それらを活用しても面白いコトが出来そうだ。

大学コンソーシアム大阪に所属している学生から優先的にこのプログラムを取る事が出来るが、もし集まらなければ他大学の学生も参加することが出来るようだ。
キタは大阪大学の参加が多いようだが、もちろんミナミ参加してくれたも構わない。

詳しくはウェブサイトに掲載されているので是非、僕と一緒に面白いコトをミナミで提案したいという学生は参加していただければと思う。
締め切りは平成23年6月24日(金)。

http://www.consortium-osaka.gr.jp/univ/project3.html

【募集要項】
対象者:
大学コンソーシアム大阪加盟45大学在籍学生・全学年(院生も可)及び母国語の他に日本語ができる留学生。
※但し、募集定員割れになった場合、会員大学以外からの出願も受付します。
定員:10〜20名程度 ※出願学生が10名に満たない場合は中止になる可能性があります。
参加費:無料 
※但し、プロジェクト参加時の交通費及び食事代等は基本的に自己負担。
また、パソコン等の機器の貸出はできませんので、個別でご用意ください。
申込方法:
出願票に必要事項を記入し、在籍大学のインターンシップ担当窓口まで提出してください。
出願締切:平成23年6月24日(金)
※但し、大学によっては独自の締切日を設けている場合がありますので、必ず、在籍大学のインターンシップ担当窓口に確認してください。
面接:
【日時】平成23年7月9日(土)18:00〜20:00 
【場所】キャンパスポート大阪(大阪駅前第2ビル4階 西側)
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# by innerscape | 2011-06-18 23:55 | インフォメーション

堺Twitterサミット

今週末に堺ツイッタ―サミットとかいうイベントにパネラーで登壇します。
関西ウォーカーとのコラボ企画のようです。
堺は少なからずご縁のあるところなので、何か面白い話へとつなげられればと。

場所も面白いところのようなので、ご興味お持ちの方は是非お越し下さい。
本日まで申し込みやってます!


堺市Twitterサミット

日時2011年06月18日(17:30開場、18:00スタート)
開催場所ホテル リバティプラザ 10Fプラチナルーム(大阪府堺市堺区翁橋1-1-17)

参加費1,000円(税込)
定員100人(先着順)
申し込み開始2011年05月28日 10時00分から
申し込み終了2011年06月15日 18時00分まで
主催
堺市ウォーカー編集部(角川マーケティング・関西ウォーカー編集部)、デリートエンターテイメント


堺の最新情報盛りだくさんの地元情報誌の第4弾となる「堺市ウォーカー2011」の発売を記念して、地元堺を舞台に、堺市の魅力あるコンテンツをどう世界へ発信していくかを語り合うトークイベントを6/18(土)に開催します!
メインMCに植村茂浩さんを迎え、豪華パネラー陣が堺の魅力を語り、幕間にはお笑いライブも開催されるなど、堺市盛りだくさんの3時間です!

★第一部は、6月17日に発売される「堺市ウォーカー2011」とも連動した企画「堺市の魅力再発見!」。
バラエティ豊かなパネラー陣によるトークで、新しい堺の魅力に出会えます。

①ラーメンと鉄道を愛する鉄道アーティスト小倉沙耶さん(ブログ「小倉沙耶のやわやわ日和」http://kokurasaya.blog111.fc2.com/)による「祝・開通100周年!阪堺電車の現在・過去・未来」

②講談師旭堂南陽さん(公式ウェブサイトhttp://kyokudounanyou.zouri.jp/)による「堺で観られる寄席」トーク

③カリスマ工場写真家小林哲郎さん(ブログ「工場ディスカバリー」http://blog.livedoor.jp/kobateck/archives/cat_50025915.html)による「堺の工場夜景の魅力」

④サッカージャーナリスト永田惇さん(http://ameblo.jp/j-nagata/)による「『J-GREEN』開設1周年~堺とサッカー幸せな関係」

★第二部は、堺市の魅力をソーシャルネットワークを活用していかに内外に発信していくかを語り合う「ソーシャルネットワーク社会が開く堺の未来を語ろう」。
第一部のパネラー陣に加え、映画監督・細川博司さん、ホテルリバティプラザ代表取締役・西尾佳三さん、関西ウォーカー編集長・玉置泰紀ほか、堺の現状やソーシャルネットワークに精通した豪華メンバーによりトークが繰り広げられます。

★幕間では、エンターテイメント企画「堺Twitterサミットお笑いライブ」も。
お笑いライブのMCは旭陽南陽さんが担当し、R-1グランプリの準決勝進出者の森プロジェクトら多彩な芸人がコントや漫才を披露。

【出演者(予定)】
MC:植村茂浩(ピン芸人・松竹芸能)
小倉沙耶(鉄道アーティスト)
小林哲朗(フォトグラファー)
旭堂南陽(講談師)
永田惇(サッカージャーナリスト)
細川博司(劇団主宰者、映画監督)
ハナムラチカヒロ(アーティスト/俳優/大阪府立大学21世紀科学研究機構)
西尾佳三(ホテルリバティプラザ代表取締役社長)

森プロジェクト
ぎんがてつどう
福人
コテンパン
大フェスティボーン
霜降り明星
ハイブリッド

玉置泰紀(関西ウォーカー編集長)
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# by innerscape | 2011-06-18 09:43 | インフォメーション

先進技術とビジネス研究会にて講演をしました

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「先進技術とビジネス研究会」というところで講演をしてきた。
京都大学の関係で出来た研究会のようだが、企業の方々が半分、大学の方々が半分は行って半年に一度ほど行われている研究会のようで、これまでに10回ほど行われているようだ。

主に先進技術を持ちいたイノベーション系の方々がこられるのだが、なぜかこういところに呼ばれて講演することになるのは不思議だ。

風景異化のような事をしていると、きっと行き詰まったことに対して違った角度から考えるので、参考になるのだろうか。

とにかく終了後たくさんの方々が来られてお褒めの言葉をいただいた。

僕としては京都工芸繊維大学の佐藤先生の色彩の話が面白かったのと、会場の関西セミナーハウス横の曼殊院の建物/仏像/庭園が素晴らしく良く出来ていたので大満足。

これでしばらく講演は無いかと思っていたら、今度は7月に大学コンソーシアム大阪で話をせねばならない。

しばらくは今のメディアランドスケープデザインの話をするが、もう少し考えを進めて風景異化学の話へとスケールを上げたい。

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# by innerscape | 2011-06-03 02:21 | ランドスケープデザイン

「先進技術とビジネス研究会」で講演します。

今週金曜日は京都の曼殊院というところで行われる「先進技術とビジネス研究会」というところで講演します。

僕以外には京都工芸繊維大学の佐藤教授という方が「色空間の科学」というお話をされるようです。
その後には討論会もあり、今から楽しみ。

風景異化学とかしていると、最近はこういったイノベーション関連の方々からお声がけ頂けることが多く感謝の日々です。
日常を違った視点から捉えることについて少しでも評価の声が消えると勇気をもらえます。

もしご興味をお持ちの方は是非ご参加下さい。


先進技術とビジネス 研究会 スケジュール
(研究会) 受付(関西セミナーハウス、大会議室前)
受付 13:00~13:30
曼殊院見学 13:30~14:10
代表挨拶14:20~14:30
講演&討論1 14:30~15:30
メディアランドスケープデザイン ~風景をずらすことで起る変革~
アーティスト/ランドスケープデザイナー 花村 周寛 氏


講演&討論II15:40~16:40
色空間の科学 ~自然・(ヒト/モノ/トキ)・世界の色彩~
京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 教授 佐藤 哲也 氏 3総合討論16:40~17:10

(懇親会) 関西セミナーハウス(アゴラホール)17:20~19:00
**********************お茶会など、希望者のみ別途実施********************
(お茶会&昼食・・・希望者のみ)
1.茶室にてお茶会(1,000 円)11:30~12:10 2.昼食(1,200 円)12:00~13:00
*セミナーハウス内にてお茶会を実施致します。 希望者は 高田まで(090-8755-1504 or E-mail)にてご連絡ください。
*関西セミナーにてお食事を希望される方は同じくご連絡ください。(通常は休業です) 尚、セミナー内に軽食などのお持ち込みも可能です。飲料は比叡山からのお水をどうぞ。

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# by innerscape | 2011-06-03 00:06 | インフォメーション

極東EX工作活動レポート01「緑化工作」

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フラットを本部に進めている極東EXでは毎週末土曜日に工作員達によって工作活動を進めている。
大阪府立大学の学生を始めボランティアの学生によってシェアビルドの試みをしながら、生活空間についてのリテラシーを上げていく教育としても機能すればいいと考えている。

さて、5月の梅雨前にしておかなければいけないこと。
それは雨漏り対策と緑化。

今回は植物についてはなみなみ成らぬ関心を寄せるロイター少佐の指導のもと、緑化活動が行われた。
レギュラー工作員たちに加えてこの日は東京農大から大阪へやってきた学生も加わり、土作りからスタート。

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フラットの壁面は鉄の波板で出来ているため、夏場は半端無く熱を吸収する。
それを少しでも緩和するべくツタを這わす作戦。

今回はアイビーやアサガオに加えて、注目の飛び道具“アイラトビカズラ”を導入した。
この植物は天然記念物にも指定されているのだが、アイビーの7〜8倍の成長を誇る植物で、ぐんぐん伸びるようだ。

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今から成長が楽しみ。
とりあえずネットを壁面に取り付けて、その下へポットを置き、植え付けを行う。

いつかフラットがツタで覆われる日がくるのだろうか。

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# by innerscape | 2011-05-21 01:59 | 極東EX

減災絵本「いのちをまもる智恵」を作るにあたり

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2007年、まだ僕が大阪大学コミュニケーションデザイン・センターに居た頃、減災のチームと一緒に本を作った。
いのちをまもる智恵」という減災の本だ。

過去このブログでも紹介している

「防災」と言わずに「減災」。
災害は発生するもので、それを無理に防ぐと言うことではなく、普段から少しでも減らす生き方や努力をするというメッセージが込められている。

災害やそこからの復興に際して、これまで人々が時間をかけて培ってきた様々な智恵を、全国各地30カ所から集めて来て本にしたのだが、このプロジェクトにお誘いを受けた時、僕はただグラフィックデザインとして奇麗に本をまとめてほしいと言うことしか期待されていなかった。

軽い気持ちで引き受けたのだが、関係者から話を聞いているとそこで語られている智恵とは人の生き方そのものであり、それをちゃんとメッセージとして届けコミュニケーションにしていくためには、単に視覚的に奇麗にまとめるというレベルでは済まされないと感じた。
人の温度や思想や哲学がその智恵には詰まっていて、それが客観的な報告書という形で脱臭されることに違和感を覚えたのだ。いくらそれがビジュアル的に奇麗であろうといかほどの意味があるのか。

だから、報告書をもとに30個の物語を書くことを自ら決めて本にした。

僕自身はランドスケープデザイナーだったので、もちろん災害対策や減災のことなど知っているはずも無かった。
報告書とともに膨大な量の資料を読みあさり、そこから物語を紡ぎ出して行く。
幸い役者経験があり、脚本を読む事は多かったので何とか出来ると思った。

フィクションかノンフィクションかはあまり関係なく、使えそうな物語はどんどん使って、売れない作家のように毎晩書きあさった。

見開き一つのページに割ける文字数は、読みやすさを考えると800字前後。
その中でいかにメッセージを伝えるのかということに苦労した。
登場人物は2人か3人。多くても4人以内におさめないと分からなくなる。
そしてシーンとしてはワンシチュエーションが限界だったので、日常や非日常の1シーンを切り取るように努力した。

書き出しに一番インパクトのあるフレーズを置き、読みやすくなるように工夫した。

キャッチコピーも全て一人で考えた。
その智恵で語られている中で最もメッセージとして重要だと自分が思える言葉を詩的に聞こえるようにした。
そしてそのコピーはどこか特定の地域でなくても使えるように普遍的な言葉にした。
古くからの言い伝えの中にやはり智恵が潜んでいる事と、それを将来へ受け継いでいかねばならないことを踏まえて、全体のストーリーの順番を決めた。

今回の東日本大震災で被害を受けた地域も物語にした場所だ。
津波をいかにして防ごうと努力して来たかという地域の人々の歩みを物語として切り取った。
だから僕にとっては今回の震災は人ごとでは無かった。

この絵本に登場する人も被災されたのを新聞を読んで知った。
第26話の「津波てんでんこ」に出てきた方で誰よりも津波の恐ろしさを知っている人が津波に襲われたのだ。

災害と言うのは必ずやってくる。
しかし我々はそれがいつやってくるかを知らされていない。
だから普段から災いを少しでも減らす生き方が必要なのだ。

この本にはそういうメッセージが込められている。
決して手前みそで言っているのではない。
是非、この絵本をお読みいただきたい。

僕はただの代弁者で、そこにはその地域で災害と闘って来た「人間」の智恵は描かれている。


「いのちを守る智恵 〜減災に挑む30の風景〜」

編著:花村周寛
絵:中村妙
解説:吉椿雅道
発行:レスキューストックヤード


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# by innerscape | 2011-05-20 19:44 | 日常

大阪人に載りました

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5月16日発売の「大阪人」。
装いも新たにいい感じになりましたが、そこに♭を載せていただきました。
「あなたの知らない24区」というコーナーの東成区です。
今までは僕の個人的なアトリエとしてとりあえずやってるから、そりゃ知らないはずです。
おととしの「住み開きシンポジウム」と昨年のスペースオープン及び日韓合同企画展の時でようやく色んな方々に来ていただいたのですが、より「住み開いて」いくことを考えてます。

今年からは「極東EX」というプロジェクトとして、「大阪の東、世界の極東」を合い言葉に色んな人を巻き込みながらしていこうと考えていますが、まだまだ協力してくれる人が必要です。
これまでもシェアビルドとして進めてきた♭の空間を、極東EX工作員となる学生達と一緒に週末ごとに作って行くこともこれから始めます。
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# by innerscape | 2011-05-17 13:28 | 極東EX

こうべイクメン学級会のご案内

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6月19日の父の日、神戸市長田区にある旧二葉小学校にて第2回目のこうべイクメン大賞として「こうべイクメン学級会」を行います。
私自身は昨年は実行委員会の内部からロゴデザインやエピソード展示などのアートディレクションで関わらせていただきましたが、本年は神戸地元の方々がより主体的にメッセージを発信出来るように外部から総合プロデューサーとして応援することになりました。

昨年のこうべイクメン大賞では全国各地から140をこえるイクメンエピソードが集まり、三宮センター街での展示とともに、当日の表彰式にも大勢の方々に訪れていただきました。しかし「訪れた方々がより積極的に参加出来る仕組みがあれば良かった」との声も実行委員会から上がったこともあり、今年はそのような反省点も踏まえて訪れた方も交えもっと積極的にイクメンを考えるような時間を持てればとの想いでいます。
本年度は昨年の反省を踏まえて50人が参加出来るワークショップを行います。
また、お父さんや男性の方だけでなくお母さんや女性の方も参加出来るように3歳未満のお子さんを預けられる託児所を設け、3歳以上の子どもは大人達へ給食を作るというワークショップも同時にすることで家族全員で参加出来るイベントにしたいと思います。
またイクメンエピソードの展示も同時に行い、こちらは無料で鑑賞できるようにします。
ワークショップ参加者にはもれなく無料で王子動物園に入れるチケットが付いてきます。

我々が考えるイクメンが当たり前の社会とは、父親だけではなく子どもを持たない男性や育児を終えた男性なども含めて育児へ参加することがより日常的になる状況です。それは何も自分の子どもを育てるというだけではなく、街全体、社会全体で育児に対して向き合う風景をデザインする事だと思います。

育児への向き合い方や育児に対して見えている風景というのは人によって実はずいぶんと違います。
自分では「これは育児に貢献しているだろう」と考える事でも、実は他の人や女性の方々から見ると全然そうではないという認識やコミュニケーションのギャップもたくさんあると思います。
そのようなギャップも感じながら、男性が育児に参加するということについて、色んな考え方を楽しく話し合える場を持つためのコミュニケーションデザインとして、以前に中越の震災復興時に開発したワークショップにさらに改良を加えた「ミライスゴロク こうべイクメン版」を今年は行います。

きっと楽しい学級会になると思いますので、是非男性だけではなく女性の皆さんも含め幅広い層の方々に参加していただければと思います。


※チラシデザインは、緑橋のアトリエを中心に進めている極東EXプロジェクトの第7区が担当しました。
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# by innerscape | 2011-05-15 01:35 | コミュニケーションデザイン

イクメンエピソード募集

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僕が総合プロデューサーをすることになった「こうべイクメン大賞」ですが、今年も父の日にやります。
今年はワークショップがメインですが、昨年と同じように会場にエピソードの展示をします。
イクメンとは「育児にかかわる全ての男性」のことで、特に父親だけを指すのではなく、孫を見るおじいさんや、親戚のこどもを見るお兄さん、近所の子どもを見るおじさんなど少しでも育児に関わったり関心を持ったりする人を指します。
自薦、他薦問いませんので、我こそはイクメン、あるいは彼こそはイクメンという方がおられましたら、面白いエピソード、感動するエピソード、イクメンに伝えたいメッセージなどお寄せいただければありがたいです。
もれなくミニTシャツにエピソードをプリントして認定証と一緒にプレゼント致します。

是非たくさんのご応募をお待ちしております。
http://www.kobeikumen.com/entry.html
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# by innerscape | 2011-05-13 11:09 | コミュニケーションデザイン

原子力発電について勅使河原博士の見解

「原子力発電所の建設に関して、これを推進すべきか、それとも。その反対か……、勅使河原博士のご意見をいただきたいのですが…..」
「意見はありません」勅使河原潤はそっけなく答えた。「一般的なイエス・ノーを答える事は不可能です。それは、時と場合によって、また、話す相手によっても異なります」
「あるときは賛成されて、あるときは反対される、という意味でしょうか?」
「そのとおりです」
「どうして、原子力発電所の建設に関して、節操が必要なのですか?いつでもどんなときでも正しい事ってあるのでしょうか? それから、世間から批判されるって、何ですか? それが何か僕に関係するような事態なんでしょうか?」
「いえ…..、その…….、どうか、お気を悪くなさらないで下さい」
「気を悪くなどしていません。そんなに評価していません。 よろしいですか。簡単に、客観的な事実だけを述べましょう。 原子力発電は、もし、それがうまく機能していれば、火力発電のように大気を汚さないし、水力発電のように自然破壊をしない、とても理想的な発電方法です。 現在の技術ではこれ以上のものは望めません。このクリーンな発電システムを、長期にわたって維持・管理することができれば、たとえば、自動車を全部、電気駆動にしたり、太陽電池を大量に作って利用することもできる。 小型エンジンによる排気ガスもかなり減らすことができるでしょう。電気自動車を動かす電気、太陽電池を清算する電気を、火力発電で賄っていては、大気が汚れる事には変わりがない。 意味がないのです。 地熱発電とか、風力発電とか、波浪発電とかは、まったく問題外です。 さて、しかし、一方では、原子力が、まだ完全に制御できない危険性を有していることも否定出来ません。 短い歴史の中で既に幾つもの失敗があり、事故が起こりました。 安全な管理と保守、廃棄物の隔離などが、どこまで完璧に行えるものなのか、まだよく把握されていない。 これが現状です。 見切り発車している、と言う人もいれば、実験をしなくては、技術的な進歩も望めない、と言う人もいるでしょう。 原子力発電所に反対する人だって、大量の電気を使っていますし、電気で作られる製品を使って生きている。 地球の自然を守ろう、と叫んでいる一方で、クーラーの利いた部屋で暮らしている。医療にも、社会福祉にも、エネルギィが必要なのです。 もし、それらの電気を得るのに原子力を使わないのなら、今の倍以上の火力発電によって、大気を汚染し、環境を破壊しなくてはなりません。 もちろん、その燃料でさえ、いつかは枯渇するでしょう。 これが、現状なのです。 これらすべてののことを考えに入れても、僕には、イエスかノーかの判断はできません。 たとえ、絶対安全な原子力の管理方法が確立しても、それが五十年後にも完璧に機能している、という保証はない。 僕の生きているうちは大丈夫でも、五十年後、百年後には、極めて致命的な問題となって、そのときの、あるいは、さらに未来の人たちの生活を脅かすかもしれないのです。 それをですよ…..、どうして、僕が、今、少ない情報だけで、簡単に賛成だ、反対だと言えるでしょうか。 それが正しいことなのか、間違っていることなのか、誰が知っているでしょう? 何年も何年も、大勢の研究者が、その問題に取り組んでいるのです。新しい方法が見つかれば、新しい問題が発覚する。 世界中で、繰り返し議論されている。 いいですか? とても重要な問題なのです。 貴方がもし、この重要性を認識しているのなら、メニューを選ぶように、簡単に、イエスかノーかなどと人にきいたりはしないでしょう。もしご関心があるのでしたら、どうか、お願いですから、答を出さないで下さい。」

(「そして二人だけになった」/森博嗣/1999年)
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# by innerscape | 2011-05-06 19:29 | 崩壊のロジック

目的と旅人

目標や目的を持って生きることの重要性はよく理解しているつもりだ。
何かを行う時には目標があって、それに向かって計画を立てて事を進めて行くというのは、ごく当たり前の事で大抵何かの仕事はそうやって行われている。
何かを行う時に目標も目的も持たずに飛び込むのはある種愚かな行為だとされることは理解しているし、そうすることで無意味な時間を過ごしてしまうということもある意味正しいとも思う。
しかし、心のどこかでそういった考え方に虚しさを覚える時がある。

もちろん時と場合にはよるのだが、何かのゴールを立ててその達成以外を無意味だとすることで多くの豊かな出来事や感情に意味を見出せないことはある意味20世紀的な目的主義の病理のような気もしているのだ。

AからBへいかに合理的に、無駄がなく最小限の努力で進むのか。
近代はそうやって進んで来たし、それで得られる達成感は大きな意義もあり気持ち良いものなのだと思う。
しかしAから出てBまで最短で合理的にいけることが分かってしまった今、まずAを出て進むプロセスを迷いながら結果到達する所がBなのかCなのかをその中で見出して行く姿勢の中にひょっとすると豊かさがあるのではないかというのは僕だけが持つおかしな感覚なのだろうか。

もちろん目標や目的が明確な時があるのは間違いないし、それを全て否定するつもりは毛頭ないが、合目的化というある種の罠に自分からはまって生きてしまっている時があることも否めない。

ちなみに目標と目的の違いもよく言われる事としては、前者は行為の達成点や物理的な到達点に対して、後者はそれがもたらす意味や意義というのが含まれている。
そう考えると、目標を持たない行為の中にでも意味や意義を見出せればそれは行為そのものが目的化しているとも言える。
例えば遊びやコミュニケーションや信仰に代表される行為がそういうものだと思うのだが、それは人が生きて行く上で精神的に欠かせないものなのではないかと思う。

僕自身はおそらく目標の無い旅人なのだと思うが、何かの目標を持った旅行者との違いがそこにあるような気もしている。かといってそこに目的がないわけではなく旅人は旅人になるという目的がそこにちゃんと存在するし、そこに社会的な意義があると信じている。

しかしその旅にはあんまり多くの人を巻き込む訳にはいかないので、いつも一人でこっそりと出かけるのだ。ある種それは仲間を見つけて定着し社会化していくこととは無縁のことかもしれない。
しかし、それを一緒に楽しめる感覚のある人とは旅団として行けるかもしれないなとも思い始めている。
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# by innerscape | 2011-05-01 01:19 | 未来の自分との対話

メディカルデザインアワードにて

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昨年、大阪市立大学付属病院で行なった「霧はれて光きたる春」という作品がメディカルデザインアワードの特集記事として取り上げられました。

http://mda.medithink.co.jp/feature/hanamura_chikahiro.html

本当は賞が取れれば良かったのだけれど、このアワードはまだ実現していないものに対してしか賞は出ないようなので今回は特集記事という形での掲載になったようです。

この手のインスタレーションを評価してくれる賞がなかなかないのが現状。
取り組み自体は素晴らしいし面白いけれど、うちはこういうのには出していないんで....というパターンが結構ある。

美術館で何か展覧会をしたとか、インスタレーションにしてもビエンナーレ的なアートプロジェクトでしたとか言うのでなければ、芸術の枠組みでは評価出来ないというのが現状なんだろうなと思う。
ではこうした芸術を用いた一種の社会活動はどういうところが評価するのかというのはもうちょっと真剣に考えても良い問題だと実感している。
どこにも評価される仕組みが無いから、誰もこうしたフィールドでしないという事に繋がりかねないし、事実そういう部分はあるのではないかと思う。

病院に限らないが、もともと芸術などの枠組みがないところにこうした取り組みをするのは美術館以上に様々な制約がある。
かつて工事現場でも作品を作った事があったが、やはり交渉も大変だった。
数年前にアーティストの西野達さんとも話したが、公共の場でこそインスタレーションは力を持つと思うし、それを芸術の枠組みとしてどう評価出来るのか、あるいは芸術以外の社会活動としてどう評価出来るのかが無いと参入してくるアーティストも居なくなると思う。

このプロジェクト自体は芸術という枠組みで評価されないにせよ、意義深い取り組みだった。
これを評価出来るところは一体どこなのだろうか。


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# by innerscape | 2011-04-14 21:17 | インフォメーション

迷いの力

強き姿勢を持って何かに臨む姿を「見せる」事が力を持たなくなって来ているのではないかと最近特に感じる。
醒めた眼で見ている訳ではないが、どうもただのパフォーマンスに見えてしまうのだ。
政治家が街で熱弁を振るう姿はただの雑音として耳に響きそれに心を打たれた事も無いし、確固たる自分を持って発言や行動をしなさい的な強要もバカバカしく思えてしまう自分が居る。
どうも自分の周りを観察していると50代ぐらいの人を中心にそれを若い者へ強要するフシが見えて仕方ない。

熱意や信念が大切なことは言うまでもないし、そのことを否定するつもりは毛頭ない。
しかしそれをむき出しにして何かを訴えることしか表現手段がないという感性が窮屈だし残念に思える。

熱意や信念は心に抱くものである。
それを意識しむき出しにして行動に反映させなくても、自然とにじみ出てくる強さが本物であると思うし、パフォーマティブに演出するのであれば見抜かれないようにもっと上手に演技するべきだと思う。
人に何かを信じてもらう、そして想いを伝えるというのはもっと複雑な力学で動いているのだ。

僕自身は「迷い」をしっかり「迷い」として表現することの方がよほど豊かでリアルではないだろうかと思えてならない。

強さとは迷いを放棄した状態から立ち上がる。
それはある種何かの思考に囚われることから出発する力であり、それが通用する時代もあっただろう。
しかし、今の世相を見渡した時に必ずしもそうでは無いのではないかと思えて仕方ない。

迷うことは優柔不断な態度なのではない。
様々な物事の意味をより深く見つめ、思考し哲学する態度なのだ。
そして迷いの果てに得られたものこそがちゃんと力となるのではないか。
そんな風に思う。

様々な局面で強きリーダーシップを求める気持ちは分かる。
しかしその英雄像しかもてないのは少々無責任で想像力が貧困ではないだろうかと思うのだが。
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# by innerscape | 2011-04-05 21:23 | 未来の自分との対話

川上教授と対談します

明日、京都大学の川上浩司教授と公開で対談します。
新阪急ビルで、16時からです。
ご興味ある方は是非。
北ヤードの開発を巡る対談で、前回スカイビルで講演した「メディアランドスケープデザイン」の内容を再度話してそれを肴に議論をスタートという感じになりそうだ。

一度お会いした川上先生は薬剤疫学のご専門だが、アメリカ生活も長くとっても頭が柔らかい方。
http://www.med.kyoto-u.ac.jp/J/grad_school/introduction/1707/

楽しみだけど、議論反射神経が問われる。
常に感覚をシャープにしておかないとね。

そして対談を終えたその脚でシンガポールへ発ちます。
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# by innerscape | 2011-03-24 23:47 | ランドスケープデザイン

マルセリーノ撮影中

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週末は映画撮影スタジオに変わる♭。
先週末にクランクインした短編映画「マルセリーノ」の撮影が続く。

本日キャストの1人が舞台公演の本番のため、2人のシーンを中心に香盤表を組んで撮影が行われる。
カット数が多いので、朝11時からスタートして当日中に終了予定が、結局翌朝の6時までかかってしまった。

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吉田監督は金曜日に放送のアニメの原画があるため、撮影終了後一睡もせずにそのままスタジオへ。
実写はセッティングに時間がかかるが、出来てしまえば後は撮るだけになるが、アニメは別々のものが同時進行しているので大変なようだ。

キャストのまさゆきさんも、照明の森川さんも撮影監督松浦さん率いる撮影班も、制作兼助監督の佐藤さんもメイクの足立さんも、制作の大垣さんもみんな朝までお疲れさまでした。

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# by innerscape | 2011-03-05 19:35 | 映画と演劇

こうべイクメン2011

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昨年度は実行委員として関わった「こうべイクメン大賞」だが、今年は実行委員を外れて外から応援する事に。
昨年度メディア露出が非常に多く話題になったので、今年からは神戸市も共催で入る事になり、共に男性の育児参加について考えていくことになるようだ。

それで、本日神戸市にてメディアランドスケープデザインのプレゼンをして、正式に今年のこうべイクメン大賞のプロデューサーとして雇われることになった。
確かに僕自身の立ち位置から言えば、神戸出身でもないし子供が居る訳でもない。
だから実行委員は実際にそうした現状に対して意見やモチベーションを持っておられる方々がするべきで、僕は実行委員の中に居るのはふさわしくはないのではないかと昨年も感じていた。

だから今回は外からプロデューサーとして応援することの方が素直に受け入れられる。
やはり村の事は村人が主体となってするべきで、旅人はそれを外から応援する方がいいのだ。

メディアランドスケープデザインの考え方はそのままコミュニケーションデザインの考え方に使える。
こうした多くの人が関わるコミュニケーションデザインについては2007年に新潟で僕が考案したワークショップのバージョンアップを図りたいとも考えていたので、神戸からそれを発信するのは悪くないと思う。

神戸新聞にも掲載され、今年もいよいよ始まるという感じがするが、その分責任も重大。
頑張ろう。

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# by innerscape | 2011-03-02 19:45 | コミュニケーションデザイン

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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