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死んだ弟は蜂になって会いに来た

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「聖なる場所の力」を巡る3日間のシンポジウム「山のシューレ」が本日で終了した。
植島啓司先生の基調講演、伊藤俊治先生と植島啓司先生とハナムラチカヒロによるオープニングシンポジウムで幕を開けた聖なる3日間の結び舞台は、本日の谷川俊太郎さんと谷川賢作さんによる舞台で、素晴らしいパフォーマンスの中、皆が幸せな気持ちの中で終えた。
期間中に知り合った全ての方々は、とても優秀で心の優しい人ばかりだったし、聖なる場所の力を一緒に思考する冒険に出た貴重な仲間のような気がしている。
個人的にはこの那須で弟の1回忌の命日を迎えることが出来たことは特別な意味を持っている。
丁度一年前に弟はトロントで亡くなった。
その訃報を聞いた夜に僕は泣き崩れる母を連れて遺体の確認のためにトロントに出向いた。
365日経ってまさか自分が那須の地に立ち、聖なる場所の力を語っていることになるとは想像もしていなかった。

実は今朝、3日間降り続いていた雨が一瞬止み、陽光が射している中で朝食を取っていた時に僕は不思議な体験をした。
それは一匹の蜂との出会いだった。
その蜂は僕が朝食を食べているテーブルにやってきて、最初はテーブルに置いていたルームキーに止まっていた。
しばらくして飛び立ち、僕の掌にとまった。
全く怖がる様子もなく僕の手の上でウロウロしていていた。
不思議と僕も怖い想いもなく、その蜂がおしりを振りながら触覚を僕の手に何度も押し付ける様子をしばらく見つめていた。
いつまでたっても僕の手を離れてくれないので、そのまま食事を続けているとどこかへ飛去ってしまった。
その時は何とも思わなかったのだが、食事を終えてしばらくするとその蜂はまた僕の掌に戻って来たのだ。
中指に止まった蜂は僕の掌の方へなつきながら近づいてくる姿を見て僕は何とも堪えきれなくなった。
僕はその時にこの蜂が自分の弟だと確信したのだ。
弟はきっと僕の側にいることを蜂の姿で告げていたのだと思う。
この三日間、聖なる場所の力について多くの方々と話し合ってきた。
聖性とは場所に帯びるだけでなく、どんな場所にでも帯びる瞬間があるのではないかと僕は風景異化を交えた自分の発表でこの3日間の最初に述べた。
弟はそれが正しいということを僕に伝えてくれたのだ。
兄として弟に教えてあげれたことよりも、弟から兄へ教えてもらったことの方が多いのは、彼が死してなお続いている。
生活の終わりは生命の終わりではないのだ。

今日の結び舞台で谷川俊太郎さんの詩の朗読にこんな一説があった。

身近な死者が増えてきた
彼らにしてやれたことよりも  
してやれななかったことのほうがずっと多い

僕は谷川俊太郎さんの少しくぐもったその朗読を聞きながら弟のことを思い浮かべざるを得なかった。
6月9日のこの弟の命日に那須で過ごしたこの記憶は僕は死ぬまで忘れることは無いだろう。
心からありがとう。
by innerscape | 2014-06-09 23:59 | 私的詩

「旅人と村祭り」

ある村にふらりと旅人がやってきた。
村から村へあてどもなく旅をする旅人は特にその村をめざしてやってきたわけではない。
どこか目的地があるわけでもなくたまたま立ち寄った村なのだが、旅の生活が長いのでひどく疲れている。
長い旅を終えて落ち着いて暮らせる場所を探しているようにも見えるがそれがどの村なのか旅人には分からない。
とにかく旅人はその村にやってきた。
村の人々にとって旅人は警戒すべき存在だ。
顔の見知った村の連中とは違って何を考えているのか分からない。
何かモノが盗まれやしないか、誰か傷つけられやしないか。
旅人が居る間、毎日村人は怯えながら暮らさねばならない。
出来れば早く出て行って欲しいがいつまでこの旅人は居るのだろう。
村人たちはそう考えていた。
旅人は村人と仲良くしたいと考えてはいるが、なかなか警戒心を解かない村人たちの反応にはもう慣れている。
どの村でもそうさ。
僕はよそ者で村人たちにとっては迷惑な存在なのだから。
旅人はここにも居場所はないということをいつも知っていた。
しかしただ一人、村長だけはそう考えなかった。
旅人は貴重な存在だ。
他の村の情報も教えてくれるし、村人では思いつかないような発想を持っている。
村人たちのように日々の仕事に追われる事もないから色々と役に立つだろう。
せっかくやってきた客なのだからもてなそうじゃないか。
村長はそうやって旅人に村はずれの丘にある風車小屋に寝泊まりする場所を与えた。

ある夜、村長は考えていた。
もうすぐ村祭りの時期がやってくる。
村人達はとても忙しいが村祭りをしないわけにはいかない。
旅人はどうせあてもなくふらふらとしているのだから手伝わせればいいじゃないか。
村人の中でも力を持った者たちに村長は耳打ちをした。
次の日から村人たちの態度は変わった。
村祭りが終わるまではあの旅人に居てもらわないと困るのだ。
旅人に冷たくするのはよそう。
村人たちは旅人に近づき、村のことを色々と教え始める。
旅人はこれまで冷たかった村人たちがだんだん仲良くしてくれるのがとても嬉しかった。
村祭りが近い事もしっていたし、村長から村祭りの手伝いをお願いされた旅人は祭りの終わりまではこの村に留まることを決めた。
旅人は忙しい村人たちに代わって一生懸命に村祭りの準備をする。
社を掃除し、飾り付け、他の村で見て来た新しい村祭りの作り方も取り入れた。
そうやって毎年の村祭りとは違ってとても奇麗な村祭りの舞台が出来てきた。
村祭りが始まる時期になると村人たちも準備に加わった。
一緒に準備をしていく中で村人と旅人とはだんだん仲良くなり、心の距離もぐっと近づいた。
旅人はそれが嬉しくて、準備にもっと精を出し始めた。
最初はこの村祭りを手伝わすために旅人を利用しようと考えていた村人達も旅人の懸命な働きぶりにだんだんと心が変わって来た。
この旅人のおかげで今年はいつもと違った村祭りがこの村でも出来る。
なんてありがたいんだ。
村人がそう考えるようになったことに気づいた旅人はもっと村祭りの準備にはげみはじめた。
村長は村人たちが旅人と仲良くするようになっていく様子を微笑みながらみていた。
そして村祭りが始まった。
村人達はここぞとばかりにそれぞれの家から奇麗な服を持ち寄って奇麗に飾り付けられた舞台へやってきた。
飲めや歌えやの大騒ぎが繰り広げられて、いつもの村祭りよりも盛大に盛り上がった。
村人達も村長も大いに楽しみ大満足の宴だった。
しかし村人たちはあまりに楽しみすぎてしまいすっかりと旅人のことを忘れていた。
村祭りの最中に誰一人、旅人のことを思い出すことはなかったのだ。

その頃、旅人は寝泊まりしていた村はずれの丘にある風車小屋から、村祭りの火を見ながら考えていた。
僕は村祭りの準備を手伝うように村長からお願いされたけど、村祭りに参加してもいいとは言われていなかった。
それに誰も僕のことを呼びにこないじゃないか。
やっぱり僕はこの村にも居場所は無かったんだ。
旅人は独りそうつぶやくと荷物をまとめた。

村人たちは朝になってようやく旅人の姿が居ないことに気づいた。
どうしてあの旅人は村祭りに加わらなかったのだろう。
村人たちはみんな色々と考えた。
準備を手伝ったのだから祭りにくるのは当たり前だろう。
そうつぶやく者も居た。
準備までしたのに祭りにこないなんてやっぱりあいつは変わり者なんだ。
そうつぶやく者も居た。
準備までしてくれて呼びにいかなかった俺たちが悪かったんじゃないか?
そうつぶやく者も居た。
とにかく風車小屋まで見に行こう。
村長のその言葉に村人は全員で風車小屋まで出かけていった。

風車小屋についた村人たちはそこに旅人の姿も荷物も見つけることは出来なかった。
旅人は朝まで誰も迎えにこないので明け方に次の村へと出かけてしまっていたのだ。
村人たちはまた口々につぶやいた。
しまった、ああなんて悪い事をしたんだ。
そうつぶやく者も居た。
いや、こなかったあいつが悪いんだ。呼ばれなくても来たけりゃ来ればいいはずさ。
そうつぶやく者も居た。
どうせ旅人は旅人だ。俺たちが呼ぼうと呼ぶまいと勝手にしたはずさ。
そうつぶやく者も居た。
いずれにしても旅人は行ってしまったのだから、村へ戻って後片付けをして、また次の収穫の準備をしようじゃないか。
村長のその言葉に村人は全員でまた村へ戻っていった。
誰も旅人の後を追いかける事はなかった。

(旅人と村祭り 作:ハナムラチカヒロ)
by innerscape | 2012-06-22 22:27 | 私的詩

なぜ僕が講演の初めに自分のルーツを話すのか

誕生日と結婚式を迎える弟に会いに母が東京に行くようなので、講師料は全て母へ渡して旅行のたしにしてもらうことにした。最近忙しくて全然親孝行できていなかったので、せめてもの気持ちだ。
弟に結婚の祝儀を渡したが、それと同時に僕は母へ同じ額の祝儀を渡した。弟の結婚は母の一つの区切りであり、彼女への祝福でもあるからだ。
姉の結婚の時には僕に経済力がなく、十分なことは出来なかったのだ。

日本へ来てもう40年になる母は日本人になったのも最近で、今も年金すら無い暮らしだ。
朝鮮戦争の疎開の時に怪我し、ほぼ片腕状態で僕ら三人を大学まで出させてくれた母に僕は頭が上がらないのだ。だから彼女を何とか支えて生きるためにも金に興味ないなどとは言ってはいられない。
我々がまだ小さくこれから養わねばならない時に父を喪い、コネも地縁も無い中で己の根性と能力のみで生きていかねばならなかった母の人生を察すると、僕自身は甘えた事を言ってはいられないという気持ちにもなる。だからこうして講演が出来るようになるまで育ててくれた母に感謝の気持ちを表すのだ。

母には思い切り今を楽しんでもらいたい。
10年後はもう楽しめないような健康状態になっているかもしれない。将来への貯蓄など必要はなく、今を楽しみ消費するために必要なお金というのがある。だから僕は僕の能力で稼いだお金を今の母のために使う。今でないと意味が無いようなこともあるのだ。
己一人の私腹など、底が知れている。茶碗一杯でお腹いっぱいになるのだから。
そんなことよりも今の己を何が成り立たせて来たのかということへ感謝することや、これから出来るであろう己の子供が生きて行く上でどういう社会が良いのかを考えることの方が僕にとって余程意味のあることだ。

色んな人が色々と近づいて来て、己の能力で必死に生きる僕らから搾取しようとしてくる。頭から出てくるものは原価がかかっていないので当然のごとくタダのように扱う。
冗談ではない。
血のにじむような母の努力と生き様があったからこそ、今の僕のクリエイティビティがあるのだ。搾取されてたまるか。
僕はモノを動かして商売している訳ではない。己のクリエイティビティと情熱を武器に仕事をしているのだ。24時間そのことに熱意を傾け、人生を自分の資本にしているのだ。そんな僕を作るために母が僕にどれほど投資をしたのか。それを考えるとビジネスなんて言葉に搾取されている場合ではないのだ。

だから僕は講演のはじめに必ず自己紹介をする。その時に必ず自分のルーツの話をするのだ。なぜ今の僕があるのか。そのことを語らねば今の自分のクリエイティビティは無いと考えているからだ。インターナショナルでいいねと人がうらやむが、それは僕が自分の人生をポジティブに読みかえているからだ。
僕が母の血のにじむような努力をポジティブに評価しないと一体誰が評価してくるというのだ。語られずに埋もれてしまう彼女の歴史を声高に訴えるには僕という人間のありようが社会化することしかない。制度に守ってもらえなかった彼女が必死で守った僕の存在が彼女のプライドになるしかないではないか。

20年前に父が亡くなる時、長男の僕にだけ耳打ちした言葉がある。
でも家族の誰ひとりそれがどんな言葉であったかということは知らない。
僕と父との間でだけ交わされた約束事だ。

母は海外に居て、父の最後には立ち会えなかった。
姉もその時はアメリカにいて同じく父とは最後の言葉を交わしていない。
当時弟は7歳で記憶すらあいまいではないかと思う。
もうダメだと分かりロビーで泣きじゃくる僕に優しい言葉をかける弟が何も知らないのだなと考えると、さらに不憫に感じたのを今でも忘れてはいない。

もっと強くならねばならない。そしてもっと優しくならねばならない。そう静かに想う。
by innerscape | 2011-12-16 10:44 | 私的詩

ユーモアと孤独

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先日出演した堺Twitterサミットの様子を関西ウォーカーTVでたまたま見てしまったが、自分のプレゼンがかなり雑だと反省。

当日のプレゼン映像とトークセッションの様子はこちら


やっぱり2時間の内容を20分で離すのはちょっと無理があったかもしれない。
話す内容は変わらないが、2時間ぐらいあればじっくりと観客の皆さんに話を解釈させる時間があげれるから理解度は少し進むのではないかと思っている。
関西ウォーカーの玉置編集長からは、この内容を3分にしてR1に出ればいいんじゃないかとのお言葉をいただいたが、非常に興味深い。
びっくりしたのは僕のプレゼンから「バカリズム」を読み取ったことだ。
僕自身はバカリズムの升野さんのファンで、その手法も前々から通じるものがあると勝手に思っていたのだが、僕の一回のプレゼンでそれを読み取るのはかなり深い洞察力と想像力があると舌を巻いた。

クリエイションの参考にすべきイメージや領域は離れているほどいいと考えている。
その方が一旦アイデアを抽象化することが出来るからだ。

ピン芸人とランドスケープデザインはおそらくほど遠いと思うがそこに共通性を見いだせるのはかなり高度な抽象性を備えた視点で、玉置編集長の感性には正直びっくりした。

僕自身は自分の風景異化の表現を考える上で実は笑いを参考にすることが多い。
質の高い「笑い」は芸術と同じく批判力を持っていると思うからだ。
消費的な「お笑い」ではなく「ユーモア」というのは何かを揺るがす。

質の高い笑いというのは、我々が共有している常識やコモンセンスから少し外れた状態を表現するもので、そのためには共有されている常識とは何かということをちゃんと分かった上で、それを一瞬で相対化し感じさせねばならないからだ。

実に高度なテクニックなのだが、「お笑い」というくくりにされてしまうことで消費的に扱われるのが残念だ。
北野武などももともと笑いから映画表現に入っているが、おそらく本人の感覚の中では表現の違いはあれどやっていることはほぼ同じ事なのだと思う。
様々な表現で同じ感覚を描こうするのは僕も同じなのでとても共感出来る。
表現したいものの抽象度を一つ上げれば表現媒体は実は自由になる。


ユーモアは人の根底に横たわる哀しみや孤独と闘うための武器だ。
シリアスな状況に対してシリアスに向き合うことだけが全てではなく、僕自身はユーモアを持って闘いたい。

ユーモアを表現するためには、根底に人間としての孤独や哀しみが横たわっているかどうかが重要だ。己の我欲を満たしてもその哀しみが消える事はなく、ますます募っていくだろう。人は誰かの為に生き、誰かと共に生きるほんの一瞬だけ、哀しみから開放されるのだから。

組織や官の論理はどうしてもそうした孤独や心の問題を隅に追いやりつつ、人間を単純化して扱わねば成り立たない。 僕はどうしても個人という所からしか出発出来ないので、組織や官の理屈とは時々相入れないことがある。それを子供の理屈だと言うのであれば、それでも構わない。

大人というのはなろうとしてなるものだ。それは社会的な演技によって得られるもので、それを剥ぎ取れば人はみな子供だと思う。しかし、大人を演じているうちに自分の子供の部分を見つめる事が怖くなってはいないだろうか。見たくないと隅に追いやった幼児性は抑圧されて歪な形で噴出しなければいいが。

子供である事を受け入れて大人を演じる。それは哀しみや孤独を知った上でそれでもポジティブに生きるという態度に通ずるのではないか。

社会は単なる個人の集合ではないし、個人という概念ですら本当に成立するのかどうか怪しいのはちゃんと理解している。しかしその上であえて個人的な孤独感や情念、感情の表出ということから考えてみる重要性については全ての作家と共に唱えて行かねばならない視点だ。

「景観」の問題は社会的な事だが、「風景」の問題は個人的なものだ。僕は景観ではなく風景から考えたいといつも言うのはその視点に立っているからだ。これは今までの官の理屈で進められてきた都市計画やまちづくりなどとはひょっとすると相入れないかも知れない。

恐怖や孤独を克服する為に人は集まり寄り添い生きている。しかし、一方で集まり、寄り添う事で新たに生まれる恐怖や孤独というのもあるのだと想う。その時には再び離れてみる距離が必要だ。風景異化とはそこまでのスケールを持って語られねば意味がないだろう。

人間が生まれてから死ぬまでの時間に精神的に経験できることは今も昔もそう変わりはしないだろう。
愛して、憎んで、喜んで、哀しんで。そしてようやく昔の人が既に行き着いた感覚や認識に辿り着く頃には人生が終盤を迎えているのかもしれない。
by innerscape | 2011-08-15 11:17 | 私的詩

わたしの孤独の原因

わたしの孤独の原因は
わたしの血とこの地が異なるからだ

体内に流れる血は
それがおさまるべき大地を求めるのだろうか

国家や民族や言葉や習慣
それが孤独の理由になるほど
それほど大切なものなのだろうか

わたしの孤独の原因は
わたしの心とあなたの心が違うからだ

わたしが愛しているもの
わたしが憎んでいるもの

それはあなたと同じとは限らないからだ
それを理由にあなたが離れて行くこと
それを理由に口を閉ざすこと

わたしの孤独の原因は
わたしがこの世に生まれたからだ

この世に生まれる時に
人は母の胎内から引き裂かれる

今まで一つの身体で分かち合っていた
喜びや痛みは
引き裂かれて二つになってしまう

だから生まれてくる時に
人は泣きながら出てくるのだ
孤独にされたことを嘆きながら
by innerscape | 2010-09-27 08:46 | 私的詩

愛について

愛する喜びは
愛される喜びと
たとえ対になっていなくても
心に幸せをもたらす

愛されたいと思う人ばかりの中で
愛そうとする人がいることは
愛に乏しくなってしまったこの地球で
どれほど救いになるだろうか

人として生まれて来たからには
貪るように愛を欲する生き方よりも
誰かを愛する喜びを大切にする方が
人として生きる意味があるのだろう

愛を問うのに一方しか問わないならば
どこにも見つかるはずはない
愛は溢れているように見えるが
実は一つの愛を大切にすることから全ては始るのだ
by innerscape | 2010-09-11 04:18 | 私的詩

よく話すネコ

夢を見た。
なぜか自分はすり鉢状になった草原にいて狩りをしている。
一人ではなくトラと一緒に狩りをしているのだ。
方法は僕とトラとで獲物を対角線状に挟んでしとめる。
斜面の下から僕が追いつめ、上からトラが威嚇して捕まえるというやり方だ。
それで何度か捕まえたのだが、あるとき白いネコを一匹追いつめた。
そのネコを捕まえた瞬間になぜか僕はとてもかわいそうになり、哀しくなってしまった。
トラを追いやってネコを抱きかかえるとネコは話し始める。
高く可愛い声で話すのだが、その内容はなぜかとても理屈っぽい。
頭に上ったり、すりよってきたりすごく甘えて来て可愛いのだが、話す内容だけは何か理屈っぽい正論をかざすというギャップ。
夢は何かの暗示というが、それが何を示しているのかさっぱり分からないのだが。
by innerscape | 2010-07-08 21:09 | 私的詩

わたしはあなたの中へ帰ってゆく

わたしはこれでなくてはならないのに
あなたはこれでなくてもいいという

わたしはここでなくてはならないのに
あなたはここでなくてもいいという

わたしはいまでなくてはならないのに
あなたはいまでなくてもいいという

わたしはあなたでなくてはならないのに
あなたはわたしでなくてもいいという

これでなく、いまでなく、ここでなく、わたしでなく
命が大事だ、愛が大事だ、希望が大事だ、夢が大事だ

あなたは色々とつぶやくが
「あなたが大事だ」と言われることの方が

どれだけ大事なことなのだろうか
わたしはあなたの中へ帰ってゆく
by innerscape | 2010-06-26 00:00 | 私的詩

私は私の中へ帰ってゆく

私は私の中へ帰ってゆく
誰もいない
何処から来たのか?
私の生まれは限りない

私は光のように偏在したい
だがそれは不遜なねがいなのだ
私の愛はいつも歌のように捨てられる
小さな風になることさえかなわずに

生き続けていると
やがて愛に気づく
郷愁のように送り所のない愛に...

人はそれを費ってしまわなければならない
歌にして、汗にして
あるいはもっと違った形の愛にして

谷川俊太郎
by innerscape | 2010-06-25 23:59 | 私的詩

君に借りた金は返すよ

君に借りた金は返すよ
そう言ってその人はまた金を借りて行った

君に受けた恩は忘れないよ
そう言った人から連絡はこなかった

君は優しいのがいいところだよ
そう言った人は僕には優しくしてくれなかった

君には孤独が似合うよ
そういって人は僕に寂しさを押し付けた

君が望むならそうするよ
そう言って僕はそこを離れた

君が行くなら止めやしないよ
そうやって人は僕から離れた

僕を通過していく人々
僕が通過して行く人々

優しさを与えて
寂しさを受け取る

誠意を与えて
愛を喪う

僕は誰も恨んでなどいない
僕は何も望んでなどいない

僕はどこかへ行こうとしているのではない
僕はどこか帰る場所があるわけではない
by innerscape | 2010-06-15 23:13 | 私的詩

私“flw moon”が日々の生活の中で感じた事を見つめ直し記録します。
心のフィルターを通して見た日々のシーンをひとつづつ電脳に記憶させることで、果たしてどんな風景が見えてくるだろうか・・・?

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